Interview
2022.04.06

理想は個人店の在り方。 兜町に誕生したカフェ「KNAG」に込めた“居場所”への想いとは。

理想は個人店の在り方。 兜町に誕生したカフェ「KNAG」に込めた“居場所”への想いとは。

2021年12月、日本橋兜町に新たなランドマーク「KABUTO ONE」が誕生しました。平和不動産が取り組む「兜町・茅場町再活性化プロジェクト」の第1弾プロジェクトとして話題の同施設にオープンしたのが、株式会社WATが手がけるコミュニティカフェ「KNAG(ナグ)」。モーニングからディナーまで楽しめる開放的で居心地の良い店内は、平日・休日を問わず常に多くのお客さんで賑わっています。WATの代表である石渡康嗣さんは、過去に「Blue Bottle Coffee」や「Dandelion Chocolate」といった人気ブランドの日本上陸にも携わった人物。近年は墨田区・本所のグローサリーショップ「Marked(マークト)」を立ち上げるなど、カフェや食を通して街づくり/コミュニティづくりに貢献されています。兜町への出店経緯をはじめ、カフェと街の関係性、そして石渡さんが設立当初から大切にしている“居場所”への想いを語っていただきました。

街に対しての「適正」を考えたカフェづくり

―これまでに数多くの飲食店/空間を手がけてきた石渡さんですが、今回「KABUTO ONE」に出店した経緯を教えていただけますか。

少し遡りますが、会社を立ち上げて間もない2015年に、品川区・大崎の再開発プロジェクトに参加したんです。これからの街は「施設をつくって終わりじゃなくて、その場が育っていくことが大切だよね」というコンセプトのもと、カフェレストラン兼コミュニティスペースとして使ってもらえる「CAFE&HALL ours(カフェアンドホール アワーズ)」を立ち上げました。当時はまだ珍しい業態だったこともあり評判も良かったんですけど、その仕事をきっかけに平和不動産の担当者さんが僕たちの活動に興味を持ってくださったみたいで。「兜町にもあのような場所が必要だと思っている。ぜひ石渡さんの力を貸してくれませんか?」とお声がけいただいたのが、そもそもの始まりでしたね。

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株式会社「WAT」の代表取締役を務める石渡康嗣さん

―日本橋兜町にはどんな印象を持たれていましたか?

空間としての東京証券取引所の役割が変わったこともあり、以前ほど活気を感じない金融街というイメージでした。でも、何度も平和不動産とミーティングを重ねる上で、「投資と成長」をコンセプトにした新たな街づくりの動きがあることを知りまして。それは、将来的に兜町、日本橋、大手町などを巻き込んだ「国際金融都市・東京」を誕生させようというものです。個人的にもこの街がどう変化し、復活を遂げていくのか興味が湧きましたし、「KABUTO ONE」の設計段階から関われるという点も面白いなと。WATは団地や倉庫といった古い建物をリノベーションして利活用する仕事が多く、「既にあるもの」からの引き算をすることが多かったのですが、「KNAG」の場合は完全にゼロからのスタートだったので、街にとって「何が適正か?」をイチから考えられる仕事だと思いました。

―その適正において、こだわったのはどんな点でしょう。

この場所を通して、兜町をもっと開かれたものにするということです。兜町で働くビジネスマンや近隣住民、海外からの旅行者、あらゆる世代や業種を超えてコミュニケーションが交わされる場……。そのためにも、無機質で居心地の悪い空間にはしたくなかった。そこで担当者さんにお願いしたのは「やるとしたら角地」「天井高はとにかく高く」といった空間的な要望でした。僕がカフェをつくる上でいちばん大事にしているのが、店内にたっぷりと自然光が入ってくること。角地に位置することで二面から光が差し込んでくる。風水的な思想かもしれないですが、商いをする上で「角を取る」って大原則な気がするんですよ(笑)。

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「KABUTO ONE」1Fの角に位置する「KNAG」の外観。二面採光の店内は開放感たっぷり

―「Marked」の食材を使ったフード、「Coffee Wrights」のコーヒー、「Dandelion Chocolate」のチョコを使ったドリンクなど、石渡さんが手がけてきたお店のエッセンスが散りばめられているのも興味深いです。

結局、自社の食材が身近なもので一番扱いやすく、品質が高いと思っているので、それを使わない手はないかなと思っています。メニューはもちろんプロの目線が必要なので、「Marked」、「Coffee Wrights」、「Dandelion Chocolate」などそれぞれの専門チームと連携しつつ、僕もしっかりディレクションしています。メニュー開発はプロ領域の仕事なので、プロチームで進めつつ、逆にお店のスタッフには、しっかりとお店でお客様とのコミュニケーションに時間を割いてもらうようにしています。

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デンマーク語で「市場」を意味するちいさな食料品店「Marked」では、自社でつくるパン、デリ、アイスクリーム、さらに生鮮食品や生活雑貨などを販売

日本橋は、10年・20年先を見据えて商売をやれる街

―石渡さんは清澄白河に「Blue Bottle Coffee」を誘致し、「サードウェーブコーヒー」のムーブメントにも貢献されてきたと思います。 “カフェと街の関係性”をどうやって築かれてきたのか教えてください。

よくそう言っていただくのですが、「Blue Bottle Coffee」が日本に来ようが来まいが、ムーブメントとしてはもう水際まで来ていたので、ひとつのきっかけに過ぎなかったと思いますよ。蔵前にも、清澄白河にも、もともと質のいいものをつくる個人の作り手は沢山いましたが、「サードウェーブ」や「クラフト」という言葉がきっかけで可視化が進んだように思います。チョコレートの「Bean to Bar(ビーントゥバー※)」という言葉も同じです。「Dandelion Chocolate」が世界初ということではなく、世の中に広めるきっかけをつくった。またもう一つの側面として、清澄白河のような東京の東側の街に「Blue Bottle Coffee」のようなインパクトのある場ができたことで街の回遊性が上がり、結果としてさらに多くのクラフトな人やクリエイターが東側に出店するきっかけづくりにはなったように思います。
※カカオ豆からチョコレートバーになるまで一貫して製造を行うこと

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台東区・蔵前の「Dandelion Chocolate」日本1号店。1階はチョコレートファクトリーとスタンド、2階はカフェとワークショップスペースを併設する

―その流れもあって、清澄白河がポートランド、蔵前がブルックリンなんて呼ばれた時期もありましたね。古き良き食文化や問屋街が今も残る日本橋にはどんな可能性を感じてらっしゃいますか。

ブルックリンもポートランドも、実際は全然違う街ですけどね(笑)。でも、そういう言葉で表現され街自体が注目されたことは良かったのではないかと思います。日本橋は古い建物が沢山残っていることもあって、景観や文化を意識しながら再開発がじっくり時間をかけて進んでいるイメージがありますね。建物のサイズ的にも小ぶりで使い勝手が良さそうで、10年・20年先を見据えて商売をやるのであれば、トレンドに敏感な繁華街よりもやりやすい街ではないでしょうか?老舗や個人店が残っていることにも理由があり、そういった空気を愛するお客様に恵まれている、いい街だと思います。「KNAG」を通して日本橋に関われるようになったのは、とても喜ばしいことです。

―日本橋周辺で気になっている企業やお店、コラボレーションしてみたい人はいますか?

もともと自分から「こういうのをやりたい!」って表明し、人を巻き込んでいくタイプではないんですが…。「SOIL Nihonbashi(ソイル日本橋、築38年のオフィスビルを一棟リノベーションした複合施設)」は楽しそうですよね。すぐ隣に堀留児童公園があるっていうロケーションもズルい。カフェベーカリーの「Parklet(パークレット)」も美味しそうで、羨ましい限りです(笑)。

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居心地の良さに定評のある「KNAG」の店内。仕事の息抜きに、雑談に、取材当日も多くのお客さんで賑わっていた

「個人店」のような形を目指すことで、街づくりに貢献できる

―WATのサイトには“カフェを通じて地域にコミュニティをつくる会社”と書かれていますが、コミュニティとしてのカフェにおいては何が大切だと思われますか?

「飲食」という生業をしている以上、おいしいものを提供することは大前提ですが、さらに「おいしいって何だ?」と考えると、個人の嗜好性の話になるので、正解はない。けれど、飲食店が提供するものは味覚情報だけではないと考えていて、そのひとつが「居場所」だと考えています。人が居場所を感じるとき、例えばコンセントがあるみたいな利便性も大事ですが、もっと大事なのは出迎えてもらえることや、誰かとの会話が成立していること、自分がいていいと感じてもらうこと。それって、飲食店が街で長く営業を続けるためにもっとも必要な要素じゃないかと思いますね。

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ファンも多いという焼き菓子は、京都・銀閣寺の「Small Food」から取り寄せている

―先日「Marked」にも足を運んだのですが、スタッフの方がすごくフレンドリーに話しかけてくれました。今おっしゃったような「居場所」への想いについては、社員の皆さんにも伝えているんですか?

たしかに「Marked」の接客はよく褒めていただくことが多いですね。ただ、そう感じていただけたのは「たまたま」かもしれません(笑)。たとえばお店の混雑状況や、スタッフとの相性によっては違う感想を抱かれるお客様もいるでしょう。「再現性」がないことがこの仕事の醍醐味ですし、なかなかノウハウ化もできない難しいところです。そういう意味で個人店にはいつも店主が現場にいて、その方がいる限りは店主のユニークで等身大な接客が味わえますよね。複数店舗を運営している僕たちが「個人店を目指す」というのは大きな矛盾を孕みますが、せめてそういった接客スタイルだけでも、組織の中で再現できたらとは考えています。

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―WATが関わってきたお店はどれもお洒落で居心地が良いものばかりですけど、実はその裏で「居場所」づくりのための細やかなソフト設計やお客さんに向けた配慮をされているんですね。

正直、お洒落なだけのお店で良ければデザイナーさんに発注すればできてしまいますが、WATがコミットしているのはお洒落であることではなく、「街やコミュニティへの貢献」です。洗練された空間やおいしい料理は、そのために外せない要素のひとつでもあります。平和不動産さんには色んなワガママを聞いていただいたので、彼らが目指している街づくりに、僕たちも「KNAG」を通して貢献できれば嬉しいですね。

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ドーミーインPREMIUM東京小伝馬町

僕は京都在住なんですが、東京出張の定宿は小伝馬町の「ドーミーイン」です。合理性の極まった空間もそうですし、サービスの手の内がわかっているからこその安心感があるというか。真剣勝負の仕事を終えてあの空間に帰ると、なんだかホッとするんです。

取材・文 : 上野功平(Konel) 撮影 : 岡村大輔

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