Collaboration TalkInterview
2021.10.20

ライフサイエンスの街が生んだ異色のコラボ、脳波×ヨガから見える豊かな未来。

ライフサイエンスの街が生んだ異色のコラボ、脳波×ヨガから見える豊かな未来。

“脳波”と聞いてどんな印象を受けるでしょうか?大学や企業のラボで研究に使われているイメージが一般的かもしれませんが、日本橋で行われている取組みは少々違います。脳波を人々の生活を豊かにするために活かそうと行われているのが、ヨガ・瞑想の分野とコラボレーションする試み。今回は、脳波をはじめとした生体情報のセンシング技術を扱う株式会社ニューロスカイの小山裕昭さんと、東日本橋にヨガスタジオを構え、ヨガの専門誌「Yogini」を発行する株式会社Lotus8の大嶋朋子さんに、両社の取り組みについて伺いました。

「もっと身近なものにしたい」という両社の共通点

―まずはニューロスカイの事業内容を教えていただけますでしょうか。

小山:ニューロスカイはもともと米国のベンチャーで、2004年にシリコンバレーで創業しています。創業当時から、医療分野ではなく「脳波でラジコンカーを動かしたい」という一般の方にも身近な脳波活用を目指してきました。そのため技術面でも“脳波を誰でもどこでも簡単に取れる”ことを重視して開発しています。2009年には映画「スターウォーズ」とのコラボで、脳波と計測して集中するとボールが浮いてくるという玩具を発売し、アメリカでヒットしました。

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米ニューロスカイが手がけた「THE FORCE TRAINER」

―小山さんはどんな経緯でニューロスカイに入ったのですか?

小山:当時日本の大手電気機器メーカーの駐在でシリコンバレーに勤務しており、オフィスの向かいにニューロスカイがあったんですよ。たまたま機会があってニューロスカイの方と雑談したら面白くてどんどん引き込まれ、そのまま駐在中に転職するという思い切った決断をしてしまいました。もちろん勤めていたメーカーからは怒られましたが・・・(笑)。その後東京オフィスを立ち上げ、我々の技術は大学や企業の生体情報研究に多く使われてきました。

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ニューロスカイの小山さん。明治大学出身のラガーマンで、ラグビーに関する活動も精力的に行う

―ニューロスカイと言えば、最近第二世代が発売された「necomimi」が有名ですが、あの商品が生まれた経緯も教えてください。

小山:necomimi」は装着したユーザーの脳波によって猫耳が動くカチューシャ型デバイスですが、もともとは電通のコミュニケーション・デザイン・センターの「五感以外で自分の気持ちを伝える手段を作る」というテーマから脳波が着目され、弊社に声がかかったものです。2012年に発表した初号機は世界で17万台売れて、大きな反響がありましたね。これをきっかけに日本国内での引き合いや脳波に関する共同研究が多くなってきたので、2018年に株式会社ニューロスカイとして独立しました。
またこの頃から、共同研究も続ける一方で、生活者目線で日常的に役立つ“ボトムアップ”の取り組みも重視していこうと考え、さまざまな分野の方とお話しながら新たな脳波のアウトプット方法を探るようになりました。今回の大嶋さんとの取り組みも、その流れの中で着想したものです。

ネコミミモデル

「necomimi」は計測した脳波によって集中・リラックス・ゾーンの状態がわかり、猫耳が垂れ下がったりパタパタと動いたりする。2021年発売の第二世代では、より手軽に使えるようにアップデートされたほか、リアルな猫の効果音が加わった(画像提供:ニューロスカイ)

―一方の大嶋さんは、東日本橋でヨガスタジオの運営に関わりながら、ヨガの情報誌「Yogini」の編集デスクでもいらっしゃるのですよね?

大嶋:「Studio+Lotus8」は実は出版事業から生まれたヨガスタジオなんです。私はもともとエイ出版に所属していて、当時唯一の女性編集長でした。2003年頃のことでしたが、アメリカでヨガが流行していてマドンナら著名人にも人気があったので、これは日本でもゆくゆくブームになるだろうと、ヨガのムック本の編集担当に指名されました。そしてもう一人同じチームの橋村伸也(現株式会社Lotus8代表取締役)に声をかけて一緒に作りはじめたのが最初の一冊です。
ただ、当時日本ではヨガ=オウム真理教のイメージが強くて、普通に訴求すると敬遠される恐れがありました。なのでヨガ=ビューティーと捉え、アメリカから来たおしゃれなメソッドという切り口でファッション誌風に編集することに。結果「ヨガでシンプル・ビューティ・ライフ」というムック本となり、これがかなり好評でした。

―そのムック本がのちに「Yogini」となり、Lotus8としての独立につながったんですね。

大嶋:そうです。2005年に橋村とともに独立して、その4ヶ月後に東日本橋で最初のヨガスタジオをスタート。その後雑誌の発行も年4回から6回に増えて、スタジオは東日本橋のほか神戸と小浜島(沖縄)も加わりました。その間に日本でヨガの大ブームが起き、徐々に身近なライフスタイルの一つとして定着してきて現在に至ります。「日本のヨガは本からカルチャーが作られた」と言われることもあり、国内のヨガ界への貢献は大きいのかなと自負しています。

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Lotus8の大嶋朋子さん。学生時代は週一で秩父宮を訪れるほどのラグビーファンだったとか

“データで可視化”がコラボレーションの旗印に

―脳波とヨガという異分野で活動されている両社ですが、そもそもどうやって出会ったのですか?

小山:最初のきっかけは、「Yogini」誌面にも登場しているミナクシみよこさんというヨガの先生の存在でした。音声配信SNSのClubhouseのヨガに関するルームの中で、私が「(ヨガの構成要素のひとつである)瞑想状態のときの脳波がどうなっているのか、見える化したら面白いのではないか?」という提案をしたところミナクシさんが興味を持ってくださり、話を進めるうちに“脳波×ヨガ”という切り口のコラボレーションをしようということになりました。それでご紹介いただいたのが大嶋さん。どんな方なのかな?とSNSを見てみたら、オフィスが歩いていける距離にあり、ラグビー好きという共通点があることもわかり、これはアプローチしやすいぞと思いましたね(笑)。

―大嶋さんはコラボレーションのお話を聞いていかがでしたか?

大嶋:二つ返事で「ぜひやりましょう!」と。というのも、ヨガは瞑想・フィットネス・精神論など幅広い領域につながるがゆえに、端的に“ヨガとはつまり何なのか?”と説明しづらいことに課題を感じていたんです。だからそれを誰にでもわかるデータで見える化したいという思いはずっとありました。ただ、瞑想中の脳波を取ったり深部体温が心電図が・・・となるとどうしても大掛かりな話になってしまって、大学の研究室などに声をかけてもなかなか相手にしてもらえない、というのが現状で。だからこそ、ニューロスカイさんとの実験という形で組めることは大歓迎でした。

―ヨガにはスピリチュアルなイメージもあったので「データが欲しい」というのは少し意外に感じました。実験ではどんなデータが取れたのでしょうか?

小山:ミナクシさん含め3名のヨガ経験者に瞑想をしていただき、それぞれの脳波から集中度とリラックス度を測りました。三者三様の瞑想方法だったのですが、皆さん瞑想状態に入ると副交感神経が優位に働き、見事にリラックス度のグラフが上昇しました。目を開けたままの瞑想方法でも瞑想状態に入れる方がいたり、アロマによってα波が優位になったりと、いろいろと興味深い実験でした。

誌面

「Yogini」9月号での掲載ページ。瞑想中の脳波の変化がわかりやすくまとまっている(編集部撮影)

大嶋:ヨガはたしかにスピリチュアルなものですが、スピリチュアルなままだと“怖さ”を感じる人もいるんですよね。でも自分が体感していることを今回のデータのように「こういうことがあなたの体の中に起こっているんですよ」と科学的に説明されると、怖さも払拭され納得して受け入れられるんじゃないかと思います。

小山:「瞑想状態では副交感神経が働いて、平常心をもたらすセロトニンが分泌されて・・・」と説明した方が現代人は安心するんでしょうね。理屈が欲しいから。

大嶋:そうですね。最近は「ビジネス瞑想」という形で男性にも徐々に広がってきていますが、あれはまさに科学的な説明→体験→効果を実感というサイクルがあるから抵抗が薄れたのだと思います。とはいえ「ああ今セロトニンが出てるなぁ」なんて考えてしまうと瞑想しにくくなってはしまいますが(笑)

日本橋は1.5歩先を行く人が集まる街

―続いて両社の日本橋との関わりについても教えてください。ニューロスカイは蛎殻町、Lotus8は東日本橋に拠点がありますが、この街を選んだ理由は何かあるのでしょうか?

小山:東京オフィス設立当時、米国本社の社長がシリコンバレーと東京を頻繁に行き来していたのもあり、成田空港に直結するバスが出るT-CAT(水天宮前)周辺でオフィスを探していて、見つけたのが今の場所でした。前職でも日本橋に10年勤務していたので日本橋には愛着がありましたし、製薬会社等の医療系メーカーが多いライフサイエンスの街なのでニューロスカイにも親和性が高いと考え、蛎殻町に決めました。

実際に日本橋のLINK-J(ライフサイエンス領域のオープンイノベーションを促進するプラットフォーム)経由でいろいろと繋がりが生まれていて、過去には依頼を受けて認知症患者の脳波データの研究をしたこともありました。どんな話題を振ったら患者さんが興味を持つのかなどのデータを脳波から読み取り、そのプロファイルを介護施設で共有していけばより良いケアをできるのではないかと。まだビジネスの段階には至っていませんが、近未来の社会に役立つ取り組みだと思うので、今後の展開に期待しています。
<関連記事:人をつなぎ、組織をつなぐ。 ライフサイエンス産業に共創を生み出すLINK-J。

―ライフサイエンスの街としての資産を積極的に活用されているんですね。

小山:ビジネス以外での繋がりもありますよ。私は大のラグビー好きで、高校時代のチームメイトがやっている洋風居酒屋「日本橋Philly」を贔屓にしており、この店でさまざまな交流が生まれています。ラグビー仲間とは過去に日本橋のど真ん中で「ストリートラグビー」のイベントをやったこともあり、かなり好評でした。

ラグビー

2016年の日本橋桜祭りで行われたストリートラグビーのイベントの様子(画像提供:小山氏)

―Lotus8の拠点である東日本橋にはあまりヨガのイメージがありませんでしたが、ここを選んだのはなぜだったのでしょう?

大嶋:街で選んだと言うよりは、物件に一目惚れしたんです。スタジオを構えた2005年当時はリノベーション物件で流行り出した時期だったのですが、私たちが選んだ場所は元IDEEのオフィスで同社がリノベーションを手がけた有名な建物でした。それを見た建築好きな代表の橋村がここにしたい!と決めてきて。でも、当時はCET(日本橋周辺の東京東地区の街を横断したアートイベント)等で東京の東エリアが盛り上がってきていたとは言え、まわりは問屋街だし17時を過ぎると誰も歩いていないような状態。正直「一体ここで何ができるんだろう?」と思っていました(笑)。

―その環境でヨガスタジオを始めるというのはなかなかのチャレンジだったでしょうね。

大嶋:そうですね。ヨガ自体もまだまだマイナーだったので、まずはヨガを知ってもらい体験してもらう場所にすべく、流派に関わらずさまざまな先生のクラスを設け、当時はまだ珍しかったワークショップもたくさん企画しました。この街に“ヨガマットを持った女性が行き交う文化”を作るぞという思いで、0→1を生み出すべく試行錯誤していました。

それから16年ほど経ちますが、その間に東日本橋もずいぶん変わりました。感度の高いお店やヴィーガン等の特色のある飲食店も増えて、時代の1.5歩くらい先を行くような感覚を持っている人たちが集まってきているのを感じますね。

スタジオ

東日本橋のスタジオ。開放的な空間でヨガができる(画像提供:Lotus8)

program

さまざまなテーマでワークショップが行われている(Lotus8ウェブサイトより)

先の見えない時代に、心身の健康を通した社会貢献を

―小山さんが考える、これからの脳波データの活用可能性について教えてください。

小山:医療の分野で認知症や鬱・生活習慣病などの治療に役立ちたい、というのと並行して、今回大嶋さんと取り組んだような一般の人々に寄り添った活動にも大きな可能性を感じています。30年ハイテク業界にいた経験から実感するのは、テクノロジーの進化によって人間が退化してきているということ。五感も昔より鈍感になっている中で、心身の状態を見える化し鈍化した感覚を研ぎ澄ませる手助けをしていきたいんです。

また、その手助けをするターゲットとして特に注目しているのは“お母さん”です。そもそも脳波とヨガの関係性に興味を持ったのも、「子供が落ち着かずじっとしていられない」「正しい呼吸ができない」という、あるお母さんの悩みがきっかけでした。それで子供の自律神経のバランスを改善させるために、脳波を計測しながら“親子ヨガ”を複数の家族に3ヶ月間やってもらったんです。その結果、子供以上に変化があったのはお母さんの脳波だったんです。

―子供のことで悩んでいたはずのお母さんの方に、脳波の改善が見られたということですか。

小山:はい。はじめはヨガの瞑想中に子供が走り回ったりするとストレスを感じていたお母さんも、自分の脳波データから定期的なフィードバックを受けるうちに、だんだん受け流し方のコツを掴むようになるんです。プログラム終了時には「子供のちょっとした言動にイライラしなくなった」という声も聞かれて。アメリカで「Wife happy, Life happy.」という言葉があるのですが、お母さんの心が安定すれば家族の関係性が良くなるし、ひいては社会の安定につながる。だから、脳波×ヨガで心身を整えるという取り組みの裏テーマは実は“お母さんの救済”なのかもしれません。

大嶋:それは同感です。Lotus8のコンセプトも「女性の体と心からストレスを取り除き、生きる知恵と知識を渡していく」なので、女性にフォーカスしています。最近は働く女性が多いですが、仕事と家庭のストレスをダブルで抱えながら、そのストレスを解消する場所や時間がまだまだ少ないのが現状。これに対し、ヨガは体を整えるだけでなく、ファッション、マインドなどいろいろな要素があるため、女性を解放する総合的な手段としてぴったりだと思うのです。

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―脳波もヨガも、女性の心身の健康を改善するうえで大いに役立ちそうです。

小山:そうですね。脳波データを社会に役立つものにするためには、大嶋さんのような外部の方々とタッグを組んで活用の幅を広げることが不可欠です。ニューロスカイ単体でできることは限られるし、脳波計測自体がまだまだ心理的ハードルが高い行為ですから。先の見えない課題山積の時代ですが、まずは身近な人々にわかりやすい形で貢献することで少しずつ社会を良い方向に変えていきたいですね。

―最後に、大嶋さんが今後チャレンジしたいことも教えて下さい。

大嶋:学校や企業など生活の一部になっている場所で、もっとヨガの文化を広めていきたいです。海外だとGoogleが企業として瞑想のプログラムを設けている例などが有名ですが、日本でもヨガがラジオ体操くらいの感覚で日常とともにある状態を目指したい。ヨガ=フィットネスという側面ばかりが一人歩きしがちですが、実際は精神性が高いものなので、たとえば仕事で気持ちを切り替えたり集中したりという場面ですごく役に立つものなんです。だから日常的に気軽にヨガの効果を体感できる機会は積極的に作っていきたいです。

たとえば、日本橋のオフィスとコラボして「necomimiをつけて行うヨガイベント」なんてどうでしょう?自分の精神状態がnecomimiによって可視化されるので「これがヨガの気持ち良さなのか!」と実感できるはず。

小山:良いですね、わかりやすい。皆の耳が垂れてるのに自分だけ垂れてなかったりすると瞑想できてないのがバレてしまいますが(笑)、それも含めて楽しめそうです。ぜひ実現させたいですね。

スクエア

日本橋にオフィスのある企業

「necomimiをつけて行うヨガイベント」を実施したい企業様とつながりたいです。(大嶋さん)

フィリー

日本橋Philly

美味しい料理を食べながらラグビー観戦もできる賑やかなお店です。(小山さん)

取材・文:丑田美奈子(Konel)/撮影:岡村大輔

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