Collaboration TalkInterview
2022.11.02

コンテンツツーリズムが日本橋に新たな名所を作る?「移動」と「データ」のプロが語る、街歩きの可能性。

コンテンツツーリズムが日本橋に新たな名所を作る?「移動」と「データ」のプロが語る、街歩きの可能性。

去る10月3日から23日 にかけて、舟遊び×スイーツ×サブカルチャーをテーマにした「ゆらり遊舟(あそびふね) ぶらり日本橋」が開催されました。これは、「三井不動産東大ラボ」が2021年に主催した「第2回アイデアコンテスト『都市の新たな価値創造』~経年優化する都市の実現に向けた社会実装~」において、ナビタイムジャパンが企画・立案し、「優秀賞」に輝いたアイデアを具現化したもの。鈴木次郎氏による描き下ろしイラストをはじめ、ウォーキングアプリ『ALKOO by NAVITIME』を使ったデジタルスタンプラリーなど、リアルとバーチャルを軽やかに行き来する作り込まれた世界観は、これまで日本橋に馴染みの少なかった人々からも大きな反響を呼びました。 今回は、「三井不動産東大ラボ」の山田大典先生と、同企画を立案したナビタイムジャパンの伊藤遥さんに、日本橋を舞台にしたコンテンツツーリズムと、その可能性について伺いました。

サブカルチャーをフックに、日本橋に新たな誘客を

―まず最初に、山田教授のご経歴とコンテスト開催の経緯を聞かせていただけますか。

山田大典さん(以下、山田):2019年から、越塚登研究室(東京大学大学院情報学環・学際情報学府越塚登研究室)※に研究員として参画しています。三井不動産東大ラボのワーキンググループにてデータを活用することと、街のみなさんを巻き込んでいく…という2つの軸が見えたころに、「山田さんも一緒にやろう」と越塚教授が声をかけてくださって。私はもともと会社員としてデジタルのサービスをつくったり、データを活用した事業推進をやってきた経験があり、それを評価してくださったのかもしれません。コンテスト開催のきっかけは、コミュニティの中で新しい都市のサービスを考え実行していくというプロセスを、実際に自分たちが主体となってやってみようと思ったことです。

※越塚教授のBridgine取材記事:「日本橋は“経年優化”し続ける街へ。スマートシティ研究の第一人者が描く街づくりの未来。」

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東京大学 大学院情報学環 特任研究員の山田大典さん

―その第2回アイデアコンテストにおいて「優秀賞」に輝いたのが、清水建設さんとナビタイムジャパンさんでした。我々にも馴染みのある企業だなという印象でしたが、学生、クリエイター、企業といった応募条件の制約は特に設けていなかったのですか?

山田:そうですね、応募要件の縛りはありませんでした。他方で、アイデアが優れていることに加え、日本橋の街になじむ形で、そのアイデアを具現化できる十分な体制とソリューションをお持ちか?も熟慮させていただきました。そういう意味でいうと、ナビタイムジャパンさんは20年以上にわたるナビゲーション・データ活用のご実績があり申し分ないお相手だったので、この度ご一緒させていただくことになりました。

―ナビタイムジャパンさんは、なぜこのコンテストに応募しようと?

伊藤遥さん(以下、伊藤):日本橋は、私が所属するMaaS(*)事業部がずっと注目している街だったんです。何か私たちにもアイデアを出せることがあればトライしてみたいと思っていたときに、今回のアイデアコンテストの存在を知りまして、事業部のみんなが背中を押してくれました。コンテストの企画骨子となったのは、「地域×モビリティ×デジタル×物語」ですね。ここでいう物語とは、人々にとって移動のきっかけとなるような物事のことです。

*MaaS(マース:Mobility as a Service)とは、地域住民や旅行者一人一人のトリップ単位での移動ニーズに対応して、複数の公共交通やそれ以外の移動サービスを最適に組み合わせて検索・予約・決済等を一括で行うサービスのこと。

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今回の企画で活用されたアプリ「ALKOO」はデジタルスタンプラリーを通して地域への貢献を目指す(画像提供:ナビタイムジャパン)

山田:伊藤さんたちとご一緒したいと思ったのは、企画を実施したあとの検証を含めてしっかりご一緒できると感じたから、というのもあります。いわゆるスタンプラリーとか街歩きを企画するだけでなく、デジタルをかけ合わせるとどんなことができるんだろう?というのが私たちの共同研究の根幹です。だからやはりその施策をやってみた結果どうだったのか?ということをデータを駆使して知りたい。街にどういう人々が来てくれて、どういうふうに動いてくれたのか……。ナビタイムジャパンさんとなら、街の人たちと来街者の両方の視点から、安全なデータ管理体制のもと、検証できると考えました。

伊藤:私たちも「やって終わり」というのは良くないと考えています。ナビタイムジャパンには「交通データ事業部」というデータ分析を専門に行うチームがおりますので、そこのメンバーの知見も踏まえて、コンテストでご提案しました。

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株式会社ナビタイムジャパンのMaaS事業部に在籍する伊藤遥さん

―改めて、今回の「ゆらり遊舟(あそびふね) ぶらり日本橋」はどんな内容なのでしょうか?

山田:人気イラストレーターの鈴木次郎先生による描き下ろしイラストを使用した、本イベント限定のオリジナルグッズプレゼントを1つの目玉に、ウォーキングアプリ『ALKOO by NAVITIME』を使ったデジタルスタンプラリーイベントを行いました(10/23に終了)。日本橋エリアの舟遊びや街歩き、店舗の周遊・購買体験を促進し、日本橋エリアの文化や魅力を楽しんでいただき、得られたデータを分析することで、新たな街づくりやサービスの開発につなげることを目指しています。

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ナビタイムジャパンプレスリリースより

―伊藤さんはコンテストで受賞したと聞いていかがでした?

伊藤:三井不動産さんや東京大学さんに、どこまでサブカルチャーが刺さるかというのは正直未知数でしたが、私たちもただ「サブカルチャー」ファン向けだけの観点に終始しないよう、企画を工夫してつくりあげたという自負はあります。そこを評価していただけたのは非常に嬉しかったですね。いわゆる「聖地巡礼」というアイデアをアカデミックな方々が「面白い!」と評価してくださったのも、「時代が進んだな」と実感しました。

山田:いえいえ、「評価する」なんて逆に失礼だなと思っています(笑)。「表彰させていただきありがとうございます」という気持ちをお伝えさせていただきました。

伊藤:山田教授をはじめラボのみなさんは非常にフランクで、お互いに意見を交換しながらアイデアを作り込んでくださるので、すごく助かっています。「じゃ、あとはお願いね」ではなく、「一緒にやりましょう!」というスタンスが感じられるというか。

―企画を日本橋という街に落とし込む上で、どんなところを意識されましたか。

伊藤:日本橋には多様な文化と歴史がありますので、食やスイーツ、ショッピングなど多くの要素で充実していますよね。ですから、今回の企画ではサブカルチャーに焦点を当てましたが、「既にある街の要素に合う」ということを特に重視しました。それで新しい文化であるサブカルチャーと、伝統ある日本橋のスイーツをめぐるという組み合わせにしたのですが、これによって今まで日本橋に馴染みのない方たちにも興味を持ってもらえるフックになりえるんじゃないかと考えました。

山田:ナビタイムジャパンさんの企画は、審査員がそれぞれ違ったアングルから「いいね!」と絶賛していたのが印象的でした。サブカルの切り口だけで提案されていたら難しかったかもしれませんが、そこに既存の日本橋の財産が絡められている点は、私たちだけでは思いつくことはできない、素晴らしいアイデア・完成度のご提案でした。

伊藤:そう言っていただけると嬉しいです。

山田:もし私が企画したら、きっと皆さまの想像の域を出ないありふれたものになっていたか、実現できない絵にかいた餅を描いて終わってしまったかだと思います。今回、鈴木次郎先生にオリジナルのキャラクターを描き下ろしていただいて、先生のファンも含め新しい方たちが日本橋を訪れるきっかけが作れたことは、ナビタイムジャパンさんとだからこそ実現できたことだと感じています。

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人気イラストレーターの鈴木次郎氏が描き下ろしたオリジナルイラスト(画像提供:ナビタイムジャパン)

舟からしか見られない風景が、聖地になる

―10月3日から23日まで約3週間開催された「ゆらり遊舟 ぶらり日本橋」ですが、お客さんの反応はいかがでしたか?

伊藤:初日は平日だったこともあり緩やかなスタートでしたが、良い意味で混雑しすぎず、ほどよいバランスで誘客できたと思います。やはり既存の人気コンテンツで街歩き企画を行うと、現地がパニックになることもありますし、地域の方たちにもご迷惑をおかけしてしまいますから。また、サブカルチャーがあまり得意ではなく、日本橋のもともと持っている空気感が好きだというお客様もいらっしゃるので、その共存もうまくいったのではないかと。ありがたいことに、舟の予約も連日ほぼ満席で。

―私も舟遊びに参加したのですが、舟に乗らないと押せないスタンプラリーのスポット(築地川水門)があるのも面白かったです。

山田:せっかく舟を絡めるんだから、舟上でスタンプを押せたほうが面白いですし、いち研究者として「舟の上でGPSがどういう反応をするんだろう?」ということに興味がありました。

伊藤:実際試したんですけど、開けている場所なのでGPSの感度も好調でした。外国人の方たちも楽しんでくださってましたね。舟の上でスタンプを取得するのって、けっこう珍しい体験ですよね。

★日本橋の船着場

日本橋船着場の様子(画像提供:ナビタイムジャパン)

★描き下ろしイラストの背景の場所

オリジナルイラストの元になった風景(画像提供:ナビタイムジャパン)

伊藤:あと、鈴木次郎先生の描き下ろしイラストを「舟からしか見られない風景」にするのもこだわりました。日本橋の定番観光スポットとは別に、新しくひとつの観光スポットとして成立したのでは?という手応えがありますね。

山田:たしかに「日本橋」でこの絵の景色をイメージする方はほとんどいないでしょうね。当初は麒麟像を入れた「いかにも日本橋」というイラスト案もありましたが、審査員の一部から「こちらの方がいいんじゃない?」という声が挙がりました。いずれ見られなくなる風景(*)だからこそ大切にしたいと。

*2040年を目標に、日本橋の上を通る首都高都心環状線を地下に移す「日本橋区間地下化事業」が進んでいるため。

伊藤:私自身も、日本橋といえば「麒麟像のあるあの橋」というイメージがありました。でも先生の感性でこちらのイラストを提案いただいたときに、「あ、こっちなんだ!」という驚きがあって。最終的に先生の絵が仕上がってきたときに、すごく納得感がありました。

―オリジナルコンテンツが、リアルな街の聖地になるというのはすごく素敵なアイデアですね。たとえばこの主人公が、日本橋を飛び出してシリーズ化したら…なんて妄想も膨らみます。

伊藤:そうですね、私も一回で終わらせてしまうのは勿体ないなと感じています。また新たなクリエイターさんに参加していただくとか、同じクリエイターさんであっても季節を変えるとか、いろんなアイデアで発展していけるんじゃないかと。

山田:そうか、いつかはこのキャラクターが日本橋を飛び出して、五街道のどこかに旅に出ていくのも、面白いですね!誰かに会いに行くのかもしれないし、無くした何かを取り戻しに行くのかもしれない。鈴木先生にも、舟運でご協力いただいた「舟遊びみづは」さんにも広がり・つながりがあるような、そんな取り組みを引き続き考えていきたいです。

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―しかし伊藤さんの立ち回りは漫画家さんの編集者みたいですね(笑)。

伊藤:実は前職で漫画・ゲーム・アニメの専門店に務めており、そこのお仕事のひとつで、オリジナルの商品企画プロジェクトにも携わらせてもらった経験がありました。ナビタイムジャパンで前職の知見が活かせるなんて夢にも思っていませんでした。

山田:ホント、伊藤さんだからこそ実現できた企画ですよ!ありがとうございます。

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スタンプ獲得と舟遊び参加などのアクティビティを達成することでもらえるオリジナルグッズも、伊藤さんのアイデア(画像提供:ナビタイムジャパン)

「そこに行く理由」を、コンテンツツーリズムを通して創りだす

―おふたりはコンテンツツーリズムの魅力、可能性についてどうお考えですか。

伊藤:日本橋のスポットや名店にあらためて注目してもらうことができるということ、そして新たな観光スポットも作り出せるんだということですね。繰り返しになりますが、後者は今回鈴木先生のイラストによって気付かされた、新たな発見でした。

山田:今後のツーリズムの可能性の1つは、「歩く」ということ。歩くこと自体が、とってもエコでウェルビーイングなモビリティじゃないかと。高齢化が進む中、また二酸化炭素に対する配慮が強くなる中で、街を歩いて見聞きして楽しむことがもう一度見直されるべきでは?と個人的に妄想しております。「歩く」というのは、誰もができる健康的な活動で、お金もかからないですよね?(笑)「歩く」ことが、様々な出会いやご縁を作り、人にとり、街にとってより良いつながりを生み出していく、そう考えるとわくわくします。日本橋が1つのモデルケースとなって、デジタルを使って人と人、人と街がつながる活動が、どんどん広がっていったらいいなと思います。

―「舟遊び」という切り口で実際に船上から街を見て、今後につながる気づきや発見はありましたか?

伊藤:私はもともと歴史が好きなので、日本橋が江戸時代から舟運の街だったということはもちろん知っていたんですが、実はこのプロジェクトに参画するまで「舟に乗る」という体験をしたことがなかったんです。歴史をよく知る「舟遊びみづは」さんの案内で現代的な空間と、江戸時代の地理を絡めて教えていただけるというのも興味深いですよね。教科書で知ったことが、実際に目で見て体験できる。

山田:舟から見える歴史・風景を教えていただくことで、東京のまだまだ知らなかった部分を再発見することができました。例えば、舟に乗ってみると森下と箱崎町ってこんなに近いんだ!と気づきましたし、豊洲と築地のエリアも直線距離ではとても近い。「もし、ここを自由に行き来できる舟があったら、東京の交通の在り方が変わるよなあ」って。それこそ舟で通勤したほうが早い人も絶対いると思うんですよ(笑)。

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―今回の企画で得られたデータをもとに、日本橋を舞台に実験してみたいことがあれば教えて下さい。

山田:私が個人的にチャレンジしたいのは、日本橋に住む方々や日本橋でご商売されている方が、デジタルを通じて新しいご縁をつくっていくことに貢献することです。私たち三井不動産東大ラボの共同研究や、ナビタイムさんとの活動がその1つになることを願っています。

伊藤:私たちとしては2つあります。1つは川と海の両方を楽しめるという利点を活かして、舟運の可能性をもっと模索したいなと。今回はコンテンツツーリズムでしたけど、それ以外の切り口でもできそうですし、他のエリアから舟で日本橋に行くアプローチも興味があります。もう1つは、街歩きエリア拡大です。今回は徒歩でも無理のない範囲でスポットを限定してしまったので、次回は人形町、小伝馬町や馬喰町のエリアにも足を伸ばしてもらえたらいいなあと。そうやってエリアを拡大したときの「そこに行く理由」を、コンテンツツーリズムを通して創生していけたら、すごく素敵なんじゃないかと感じています。

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福徳神社

地元のみなさまにも愛されている神社ですね。よく行くミュージカルのチケット倍率がめちゃくちゃ高いので、個人的には“推し活”のご利益をお願いしたくて。結果は…今のところ良い感じです(笑)。(伊藤さん)

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三四四会

素敵な場所が沢山あるのですが、特に三四四会(日本橋の料飲業組合の青年部)のお店は、品があって、お世話になっているお店さんが沢山あります。気軽に行けるお店ばかりではないですが、そこがまた素敵です。行くだけで気が引き締まりますし、味はとっても美味しいですし、元気をもらえます。いつもありがとうございます。(山田さん)

取材・文 : 上野功平 撮影 : 岡村大輔

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