作り手と使い手をつなぐ「伝え手」でありたい。日本の伝統工芸の魅力と未来を見つめるニッポン手仕事図鑑。
作り手と使い手をつなぐ「伝え手」でありたい。日本の伝統工芸の魅力と未来を見つめるニッポン手仕事図鑑。
日本橋・人形町に拠点を持つ動画メディア「ニッポン手仕事図鑑」。日本各地で受け継がれる手仕事にフォーカスし、職人の作業風景や言葉を動画配信で伝えながら、伝統工芸・産業を多角的に支援する取り組みを行なっています。編集長である大牧圭吾さんに、このプロジェクトを始めた経緯や日本の伝統工芸の展望などについてお話をうかがいました。
地方の文化を担う“働き手”に注目するメディアを作りたかった
―まずはニッポン手仕事図鑑がどんなメディアなのか教えてください。
2015年1月に立ち上げた動画メディアです。僕は以前コピーライター業をやっていたのですが、地方創生の仕事がやりたくて株式会社ファストコムに入社し、同社の一事業としてニッポン手仕事図鑑を立ち上げました。
公開している動画は自社で企画したものがほとんどで、これまで約80本の映像を作ってきました。各地を回って職人さんとコミュニケーションを取りながら動画制作をするのですが、取材を通して産地の課題を目にする機会も多くあります。なので、それを解決するために動画という枠を超えて後継者育成インターンシップ制度を作ったり、地域人材を育成する講座を開設したりと次第に取り組みの幅が広がっていきました。現在は商品開発や販路の開拓まで、多角的なビジネスを展開しています。
ニッポン手仕事図鑑の編集長、大牧さん
―地方創生に興味があったとのことですが、大牧さんのご出身は?
長野県安曇野市です。幼稚園に入る前まで安曇野で暮らしていて、その後父親の故郷である京都の南丹市美山町に移りました。そして小学校に上がる時に神奈川県鎌倉市へ引っ越しています。なので自己紹介では信州生まれ、京都・鎌倉育ちって名乗っています。偶然にも伝統工芸の地域ブランドを巡っているんですよ。
―そんな生い立ちが、地方創生への興味に結びついたのでしょうか?
それはあると思います。幼少期に住んでいた地域はどこも大好きなのですが大人になるにつれて地域の個性や文化風習が薄れてきてるなって感じることが増えたんです。こういう話をすると「チェーン店ができたから」とか「東京と変わらない画一化された街になってしまったから」と理由づけられることが多いんですけど、僕は大手のスーパーやチェーンが地方にできること自体はそんなに反対ではなくて。都会の人たちが便利に使っているお店は地方にもあった方がいいし、その地域の人たちもその利便性を享受しているなら否定できないだろうというのが僕の考え方です。
じゃあ地域特有の個性や文化が薄れてきてしまった原因はどこにあるんだろうと考えた時に、僕の中で出た答えは「その地域で働く人が減って、地域特有の産業がなくなりつつあるから」でした。その地域らしさを作っているのはその町の産業であり、その町で働いている人なのではないか?ということに、自分自身の経験から気付いたのです。そこで地域に対して何ができるか考え、まずは“働いている人たち”に注目することから始めようと思いました。それで「働き手に注目するメディア」として、ニッポン手仕事図鑑を立ち上げました。
職人さんたちと本気で向き合い、次の一歩への背中を押す
―ニッポン手仕事図鑑を運営していく上で大切にされていることは何ですか?
メンバー間では「日本でいちばん、職人さんを愛するメディア」というスローガンを共有しています。職人さんとどう向き合うか、というのは一番大事にしているところですね。
このスローガンにもつながる、一つ印象的だった出来事がありました。数年前のことですが、過去に映像を撮らせていただいたべっ甲職人の方が展示会に出展されることになったので、僕も会場に伺って「ご無沙汰しています」って挨拶をしました。そうしたらその職人さんに「カメラマンの小林くんは元気にしてる?」って聞かれて。小林というのは僕と一緒にニッポン手仕事図鑑を立ち上げたカメラマンで、べっ甲作りの撮影も担当したのですが、その職人さんが「ニッポン手仕事図鑑の他にもたくさん取材を受けてきたけど、カメラマンで覚えてるのは小林くんだけなんだよね」って言ってくださったんです。小林からは仕事だけじゃない何か特別な思いを感じたから、彼だけは鮮明に覚えていると。
―それは取材者冥利に尽きる瞬間ですね。
この職人さんの言葉は、ニッポン手仕事図鑑のその後の方針を決める上でとても重要なフレーズになりました。いい映像を作ることはもちろん大切なのですが、「これだけ真剣に自分たちと向き合ってくれる人がいるんだ」というのは職人さんにとっても大きな励みになるんだということを、この言葉を通して実感しました。職人の方たちって皆さんそれぞれの仕事に強い思いを持っているだけあって、思い入れのない仕事をしている人を見極めるのも早いんですよ。だからこそこちらもどれだけ本気で職人さんに向き合えるかが大切になってきますし、どう向き合うかが結果として映像のクオリティに繋がっていくと、最近は思っています。
―動画を作る上でこだわっているポイントはありますか?
実は動画という“手段”には全然こだわっていなかったんです。最初にお話した通り僕はもともとコピーライターなので、ニッポン手仕事図鑑を立ち上げる時は、カメラマンにお願いして写真を撮ってもらって、そこに僕が原稿を書いて……という記事ベースのメディアを想像していました。
動画メディアという形を決定づけたのは、東日本大震災の2年後に、被災地だった石巻市と女川町を訪ねたことでした。そこで被災地の方とお話ししてみると、一言一言がすごく重くて。決して難しい言葉は使っていないのに気持ちがすごくこもっていた。でも彼らの言葉を僕が文章で表現しても、その重さは残らないんですよ。その重さは語ってくださった方の声や、身ぶり手ぶりから生まれるものだからです。同じように、職人さんが「思いを込めて作っています」ってインタビューの中で語ってくださっても、その言葉の重さを文章で伝えることはできない。だから音声を使って届けるべきだと思ったんです。動画を作れるビデオグラファーが仲間にいたので「映像で撮って届けるというやり方もできるな」と考えて、自分で文章を書くという選択肢を捨てました。
―なるほど。例えば「線香花火職人 三州火工」の動画の中では工房の中の作業音を丁寧に伝えていて、語りが少なくてもとても雄弁だと感じました。
いいですよね、あれ。でも映像が現地を見学するリアルに勝てない要素の一つは匂いなのですよ。音と匂いの情報っていうのは手仕事の魅力を届けるためにすごく重要な要素なので、本当は匂いまで伝えたいところですが・・・、動画ならとりあえず音は伝えられる。そういう点ではやはり文章よりも有効ですよね。
―動画はどのような方に視聴してもらうことを想定していますか?
それはもちろん伝統工芸品を買ってくれる消費者なのですが、僕が今特に重視しているのは「伝え手」のポジションです。「作り手=職人」で、「使い手=伝統工芸品を使ってくれる消費者」ですが、ここを繋ぐ「伝え手」が圧倒的に不足している。作り手と使い手を繋がないと、経済は回っていきませんから。だからそうした「伝え手」になり得る人たちにもぜひ我々のメディアは見てほしいし、使い手の方々に繋いでいってほしいと思います。最近は伝統工芸を広める活動をSNSなどで展開している若い人たちもいて、そういう人たちの存在はすごく励みになりますし、ニッポン手仕事図鑑としてももっと「伝え手」を増やしていかなければと思っています。
今守らないと10年後にはなくなってしまうかもしれないという危機感
―ニッポン手仕事図鑑で取り上げる職人さんや工房はどのように選定されているのですか?
職人さん側からオファーをいただくことも多いのですが、それをそのまま採用することはあまりせず、我々で撮影させていただくかどうか吟味したうえで取材先を決めていますね。メディア名に「図鑑」を掲げているので、できる限り47都道府県を網羅しつつ、いろいろな産業を幅広く取り上げたいと考えています。そのバランスを見ながら自分たちでリサーチしたり、情報提供を受けたものを精査して取材しています。最近ではありがたいことに職人さんの間での知名度も上がってきて、先日は出演者の方から「遂に自分にも声がかかってすごく嬉しい」と言っていただきました。
―出演することによって、職人さん側にはどのようなメリットがあるのでしょうか?
動画で取り上げられた伝統工芸品が売れるというプロモーション効果ももちろんありますが、出演した職人さんが自分の仕事の魅力を再認識されるのも大きなメリットですね。皆さん意外と自分の働いている姿って見たことがないんですよ。映像が完成すると、自分では恥ずかしがりつつも家族や知り合いには「こんなのに出たよ」と報告して、周囲の方から「かっこいい」「こんな素敵な仕事をしてたんだね」という反響をもらえる。すると「しんどかったけどもう少しがんばってみようかな」とか、「自分の代で終わりにしようと思ってたけど次の世代に渡そうと思う」とか、未来に向けたモチベーションに繋がったというお話をよく聞くようになりました。直接的なメリットではないかもしれませんが、伝統工芸の次の一歩、あと一歩を後押しすることに繋がっているのは嬉しいですね。
オンラインストア「ひとことめぐり商店」ではニッポン手仕事図鑑で紹介された伝統工芸品を購入できる(画像:公式サイトより)
―それは素晴らしいですね。“未来に向けて”という点で、後継者育成のプロジェクトについても聞かせてください。ニッポン手仕事図鑑ではインターンシップを実施していますが、これはどういった仕組みなのですか?
日本各地で伝統工芸のインターンシップ参加者を募り、工房などの見学・体験を実施しています。6名前後の定員に対して、ほとんどいつも10倍もの応募があります。伝統工芸の世界でやはり多くの方が悩んでいるのが後継者不足です。後継者が欲しいのに見つからないことも多く、あまり知られていないのですが、実は後継者になりたい若者が求人情報にリーチできていないことも非常に多い。国内には伝統工芸の職人を目指す専門学校や美大の学科が数多くありますが、日本で一番大きい京都の伝統工芸大学校でも卒業生の2割程度しか職人になれないそうなのです。後継者を求めている産地はあるのに、職人になりたい若者にに届いていないということですね。そんな状況なので、我々が学生向けに職人のインターンシップ情報が流れるLINEアカウントを作ったらあっという間に登録者が1000人を超えました。職人になりたいと思っている若者は確実にいるんです。その担い手を、後継者を探している産業とどう繋いでいくか。そこは動画制作と同じくらい大事な役割だと思っています。
LINE公式アカウントで職人を目指す若者と繋がる(画像:公式サイトより)
―実際にこのインターンシップから後継者の確保に繋がったケースもあるそうですね。
長野県で開催したインターンシップに参加した女の子が「私ここで働きたいです」って言ってくれて、職人さんも「この子だったら採用したい」ということになり、2020年の4月から働き始めました。1年半が経過し、今も頑張って働いてくれていますが、この採用がうまくいったことでさらにその職人さんはもう一人、来年4月に18歳の男の子を新卒で採用されることを決めたそうです。一つの成功事例が2人目の後継者採用に結びついたということで、僕自身すごく嬉しいですし、こうした成功事例があると他の地域の希望にもなりますよね。
―これからの日本の手仕事の課題はどんなことだと感じていますか?
正直、コロナ禍のこの1年で伝統工芸の産地はすごく消耗してしまったと思います。
先日も70代にもかかわらず、その産地で最年少だという職人さんに「後継者を育成しませんか」と行政とともに説得したのですが断られてしまい、その伝統工芸はあと10年持たずに絶えることがほぼ確定しました。後継者が育っていないことも問題ですが、職人さんが使う道具の生産・修理を請け負っているところが廃業し、職人さんが仕事を続けられなくなるという問題も起きています。このように、日本の伝統工芸の先細りは時代に合わせたものを作ってネットで売れば解決という単純な話ではなく、すごく細かい問題が複合的に絡み合っているので、それをもっと可視化していかなければいけない。これは僕らだけで解決できる問題ではないと思いますが、諦めたらそこで終わってしまうので、ニッポン手仕事図鑑というメディアはまずそうした現状の「伝え手」となることでその課題に取り組んでいきたいです。
日本橋はいろいろな手仕事がじかに見られる街
「日本橋は通る道を一本変えるだけで新しい発見がある」と大牧さん
―ニッポン手仕事図鑑は人形町にオフィスを構えていますが、この街も伝統や文化の色濃い街ですよね。この街を拠点にされた経緯はどんなことだったのですか?
ニッポン手仕事図鑑の事業部はもともと池尻大橋にある「IID 世田谷ものづくり学校」で活動していて、それ以外の事業部は麻布十番の方に拠点がありました。ところがだんだん人が増えて両方とも手狭になってきたので、やっぱり会社として二拠点を統合し一つのオフィスを借りようということになりました。渋谷や表参道周辺も候補に挙がっていたのですが、僕はどうしても表参道で働くのが想像できなくて(笑)。そんな中、「人形町とか水天宮のあたりってどうですか」とおすすめされた物件がこのビルでした。弊社の代表は少し不安もあったそうですが、僕は落ち着いていて親しみやすい人形町は「最高の場所だ!」と思ったので、ここに決まって良かったです。
―大牧さんは人形町のどんなところがお好きですか?
下町感があっていい雰囲気があるし、アクセスも良いですよね。水天宮、人形町、茅場町、東日本橋と歩いて行ける駅が多い。東京シティエアターミナルから羽田空港へもすぐ行けるし、東京駅も近い。僕らは新幹線で行くルートの出張が多いので、東京駅が近いというのはすごく大きいですね。それからこだわりの定食屋さんやおいしい飲み屋さんが多いのも気に入ったポイントです。ニッポン手仕事図鑑はお酒が好きなメンバーが多いので、めぐり切れないほどお店があって魅力的です。
―日本橋も伝統的な「手仕事」が多く残る街ですが、コラボしてみたい企業やお店はありますか?
実はベビー用品のピジョンさん(本社:日本橋久松町)と、伝統工芸を使ったベビー用品の商品化を進めています。これはピジョンさんの方からお声がけをいただいて実現したもので、3人の女性職人さんとコラボして商品を展開する予定です。ぜひ楽しみにしていてください。
そのほかには、ニッポン手仕事図鑑で注目している着物のファッションショーを日本橋でやってみたいですね。福岡の博多織、京都の西陣織、長野県の信州紬、鹿児島県の大島紬などとお付き合いがあるのですが、いずれも昨今はなかなか着る機会がなくなってきてしまっている織物でもあります。なのでまずファッションショーで「見て、触れられる機会」を作り、魅力を知ってもらって、いきなり着物は無理でも生地を使ったアクセサリーなどちょっとした小物を手にすることから関心をもっていただく場を作りたい。それにはコレド室町のような、人通りが多くて雰囲気もいい場所がピッタリだと思うんです。五街道の中心でもある日本橋という街にもニッポン手仕事図鑑が掲げる「伝え手」になっていただき、この街から地方の伝統産業を盛り上げるきっかけを作れたらと思います。
伝統織物のファッションショー
一緒に手仕事の「伝え手」として盛り上げて下さる方々と組んで、イベントを実施したいです。
人形町のからくり櫓
人形町のメインストリートを歩いていて目に入ると、立ち止まって見ちゃいますね。あれを見上げている人があちこちにいる風景を見ると、なんだかいい街だなあと思います。
取材・文:中嶋友理 / 撮影:岡村大輔
ニッポン手仕事図鑑
日本が誇る「ものづくりの現場」の熱や文化、技術を、動画で残していくメディア。日本各地の手仕事を動画で紹介するほか、異分野の職人同士の対談を配信するオンライン番組「Bar KO-BO」の制作や、後継者募集のためのインターンシップ企画、工芸品のオンライン販売など、多岐にわたる手法で各地のものづくりをサポートする。