Collaboration TalkInterview
2022.06.16

災害に抗うのではなく、適応・共生する都市へ。「リジェネラティブ・アーバニズム」とは。

災害に抗うのではなく、適応・共生する都市へ。「リジェネラティブ・アーバニズム」とは。

2022年4月、災害に強い建築・都市デザインの最先端を紹介する展覧会「リジェネラティブ・アーバニズム展ー災害から生まれる都市の物語」が日本橋室町三井タワーで開催されました。災害に対応する都市開発の新たな概念「リジェネラティブ・アーバニズム」を提起し、革新的な都市デザインの数々を紹介する本展覧会は、どのような経緯で実現したのでしょうか。また災害大国・日本においてもさまざまな示唆に富む「リジェネラティブ・アーバニズム」とは何か、そしてどんな都市のアイデアが提示されたのか、同展示のプロデューサーを務めた中西忍さんと、本展覧会に特別協賛した三井不動産株式会社の木下豪介さんに話を聞きました。

災害に対する新たな街づくりの提言を。「リジェネラティブ・アーバニズム展」開催の背景。

―まず、お二人の自己紹介をお願いします。

中西忍さん(以下、中西):建築家・アートプロデューサーとして、おもに文化施設・アートおよび建築関連のプロジェクトに携わっています。ハードとソフトの両面ですね。2019年からは東京ビエンナーレプロジェクトプロデューサーを務め、そのプレイベントがコレド室町テラスで行われた際に三井不動産の木下さんも来られていて、知り合いました。

02

株式会社電通を経て、2015年から2021年3月まで日本科学未来館の副館長を務めた中西忍さん。2021年4月から株式会社IDEAL COOPを主宰し、国内外の建築やアートプロジェクト事業を手がける一方、島根県津和野市に建築事務所を構え、津和野の教育事業や街づくり事業にも携わっている

木下豪介さん(以下、木下):三井不動産株式会社の日本橋街づくり推進部に所属し、日本橋にある当社施設およびエリア全体のプロモーションを手がけています。街の方々と一緒に屋台イベントをやったり、ビジネスカンファレンスを誘致したりと、多岐にわたるイベントの企画・運営に携わっています。2019年の中西さんとの出会いは偶然でしたが、以降一緒にお仕事をするようになりました。

05

神田祭や山王祭では、街の人々と一緒に神輿をかつぐという木下豪介さん

―今回の「リジェネラティブ・アーバニズム展」について、実施に至る背景を教えてください。

中西:まず、「リジェネラティブ」という言葉・概念に着目したきっかけについてお話ししますね。私は、「リジェネラティブ・アーバニズム展」の統括をされた阿部仁史先生と以前から知り合いで、2017~2019年に先生がディレクターを務める建築シンクタンク「xLAB」のサマープログラムを東京で実施する際に協力しました。2019年に行われたサマープログラムのテーマは「Resiliency」(=復元力、弾力性)。そのときに招聘した東北大学の大隅典子副学長が、神経科学の話をするなかで「リジェネラティブ」という言葉を出し、それが阿部先生に響いたのです。

Hitoshi Abe

UCLA教授、建築シンクタンク「xLAB」ディレクターの阿部仁史さんは、仙台生まれ、東北大学出身(画像提供:リジェネラティブ・アーバニズム展事務局)

中西:一方、2015年3月に仙台で開かれた第3回国連防災世界会議の成果文書である「仙台防災枠組2015-2030」では、2030年までに防災力を高めることを目標にしているのですが、残り10年を切るなかで明確な考え方をまとめていく必要がありました。そのフレームワークへ提言するため、阿部先生は災害に対する新しい街づくりの概念・キーワードの取りまとめに着手し、「リジェネラティブ・アーバニズム」を打ち出しました。

―そもそもですが、「リジェネラティブ・アーバニズム」とはどんな考え方なのでしょうか? あらためて教えてください。

中西:「リジェネラティブ・アーバニズム」とは、現状維持や原状復帰を基本とした従来の防御的な災害対策ではなく、レジリエンス(回復力)をテーマとする都市開発の新たなアプローチであり、適応性、柔軟性、共生の思想を組み込んだ新たな都市デザインのあり方です。サーフィンに例えると、災害に抗うのではなく、波に乗って即時対応していくようなイメージですね。

そしてこの考え方については、日本のみならず世界全体で考えるべきだということで、2019年から環太平洋地域の11大学が参加する国際共同プロジェクト「ArcDR3」を組織して議論が重ねられてきました。その成果を東京で見せようと企画されたのが、「リジェネラティブ・アーバニズム展」です。

Signage_Graphic_Landscape

展示のキービジュアル(画像提供:リジェネラティブ・アーバニズム展事務局)

―なるほど、そのような経緯だったのですね。「リジェネラティブ・アーバニズム展」に、お二人はどのように関わられたのでしょうか?

中西:「リジェネラティブ・アーバニズム展」ではアメリカのUCLAがプランを取りまとめ、私は、それを日本橋でどのように見せていくか、制作側のプロデュースを行いました。三井不動産の関わりについては、木下さんからお願いします!

木下:もともと当社にUCLA阿部先生とのリレーションがあり、「xLAB」のサマープログラムを応援してきた経緯があります。そして「リジェネラティブ・アーバニズム展」については、災害に強い街づくりを担う企業としてそのコンセプトに共感し、三井不動産創立80周年記念事業の一環として特別協賛することになったのです。

それに、今我々がインタビューを受けている「わたす日本橋」(日本橋三井タワー2階にある、2015年に開設した東北の情報発信・交流の拠点)のコンセプトと今回のリジェネラティブ・アーバニズムの考え方が共鳴したことも、私たちがタッグを組んでいる理由の一つです。“災害に抗うのではなく、災害とともに生きる”という視点は、東日本大震災を経て未来に歩もうとする人々に学び、「人と未来に、心の架け橋を」“わたす”場として活動を続けてきた「わたす日本橋」のコンセプトにも共通するもの。そんな経緯もあり、「リジェネラティブ・アーバニズム展」会場に「わたす日本橋」を紹介する展示コーナーが設けられました。

img_03

「リジェネラティブ・アーバニズム展」の一角に設けられた、「わたす日本橋」の展示。東日本大震災後の出会いをきっかけに生まれたコミュニティの広がりを、「わたす日本橋」に関わる人々の声とともに伝えている

「リジェネラティブ・アーバニズム展」のカタチとメッセージ。

―今回の展示で特に力を入れた点や工夫した点について教えてください。

中西:「リジェネラティブ(regenerative)」は「レジリエント(resilient)」を動的に表した言葉。本来は“動的”から遠いところにある建築の世界で、いかに動的にできるかということに挑戦したのが、今回の「リジェネラティブ・アーバニズム展」です。そういった背景からも、体験的に楽しめるようインスタレーションにしました。天井の「災害の雲」を見上げると災害だらけの世界ですが、下の「7つの井戸」を覗き込むと、そこには明るい未来が映し出されていて希望があるという仕掛けに。空間としても素敵なものにしたいと、見せ方にはこだわりました。

img_02

「7つの井戸」はもともと樹脂で制作される予定だったが、軽くてコンパクトになる素材でバルーン状につくられた。ユニークな展示手法は来場者にも好評だった(特設サイトより)

中西:「7つの井戸」に映し出されているのは、7つの架空都市のストーリーです。建築展というと模型や図面が並んでいるのが一般的ですが、今回の展覧会では建築や都市のカタチをプレゼンテーションするのではなく、物事の考え方にフォーカスしていたので、それをどう表現するかが肝でした。「リジェネラティブ・アーバニズム」とは何かを伝えるために考え出したのが、「7つの都市の物語」です。11大学それぞれの都市のローカルな災害をもとに、架空の都市を設定したのです。抽象度を上げることで、局所的ではなく、どこの国・地域にも当てはまるようなソリューションを提示することができました。

※各架空都市のストーリーはこちら https://regenerativeurbanism.org/cities/

map_pc_line_base

沿岸部の低地、乾燥した砂漠、強風が吹く森林地帯など、それぞれ異なる気候や地理的条件下に置かれた架空の都市群を設定。水成都市、共生都市、遊牧都市、群島都市、火成都市、時制都市、対話都市と名付けた(特設サイトより)

「水成都市」の例。井戸の中にはこのような映像が流れる

illust_room

「リジェネラティブ・アーバニズム展」は次の7つの展示要素から成る。①イントロダクション/本展の基本情報、②東日本大震災の経験(プロジェクトの起点となった東日本大震災からの学びと提起)、③リジェネラティブ・アーバニズム(本展のコンセプトとキーワード)、④災害の雲(世界中で発生した災害の記録)、⑤7つの井戸が映し出す都市の未来(沿岸部の低地、乾燥した砂漠、強風が吹く森林地帯など、それぞれ異なる気候や地理的条件下に置かれた架空の都市群に、さまざまな災害のシナリオを投影)、⑥この世界を生き延びるために(災害、環境問題、人間社会の観点から、私たちを取り巻くリスクの数々を紹介)、⑦「わたす日本橋」〜あなたも参加できる物語(特設サイトより)

―井戸という見せ方はとてもユニークですし、没入感のある展示ですね。来場者からはどのような反応がありましたか?

木下:展示の見せ方や内容についての反応はもちろんですが、特に「7つの都市の物語で打ち出されているアイデアは、どこかで実現されるのですか?」という今後の具体的展開を期待する声が聞かれましたね。

中西:そうですね。もしかすると、高い防潮堤をつくるといったこれまでの防災対策に対する疑問の表れかもしれません。ただ「7つの都市の物語」は基本的にはフィクションなので、個別のプロジェクトがすぐに具体化するわけではありません。「リジェネラティブ・アーバニズム展」の目的は、まずは伝道師として考え方を伝え、議論のきっかけをつくることです。その意味でも、今回のような展示を世界のさまざまな地域で開催していき、できるだけ多くの人に未来の都市について考えてもらうことが当面のミッションだと思っています。

―「リジェネラティブ・アーバニズム展」で伝えたかったことは何でしょうか。

中西:「リジェネラティブ・アーバニズム展」では、ハード面の提言だけでなく、コミュニティのあり方がレジリエンシーを高めていくといった、ソフト面での提言も目指しました。たとえば、三井不動産が普段やっている日本橋でのネットワークづくりや、「わたす日本橋」の活動は、災害時にインフラとして役立ちます。そのように、みなさんがすでにやっていることの意味付けをし、「災害時にこういう効果がある」というメッセージを伝えたいと考えていました。

03

「ハードだけでなくソフトも災害時のインフラになる」と話す中西さん

災害に抗うのではなく、適応・共生する。これからの街づくりとは。

―「リジェネラティブ・アーバニズム」の要素・観点は、三井不動産が目指す「街づくりを通じた、持続可能な社会の構築」にも取り入れられるのでしょうか。

木下:まさに「リジェネラティブ・アーバニズム展」での学びを、街づくりに生かしていきたいと考えています。たとえば三井不動産では、日本橋エリアのエネルギー・レジリエンスの向上を図るため「日本橋スマートエネルギープロジェクト」を実施しています。非常時に電気が止まってもコジェネレーションシステムによりガスで電力と熱を生産し、日本橋室町周辺地域にエネルギーを安定供給できるように、「日本橋室町三井タワー」内に「日本橋エネルギーセンター」を設置しました。この設備で、98万m2の電力をカバーできるんですよ。向こう100年を見据え、東京をより安心・安全なまちにするため、豊洲や八重洲など他エリアでも展開していきます。

04

「“関東大震災の2倍の地震でも壊れないものをつくるべし”と1929年に竣工した三井本館は、100年近く経つ今も当社の基幹アセットです。そのように、次の100年も持続可能なまちをつくっていきたい」と話す木下さん

01.日本橋スマートエネルギープロジェクト 全体図

大型コジェネレーションシステムを日本橋室町三井タワー地下のプラント内に設置し、周辺ビル・商業施設に向けて平常時・非常時ともにエネルギー供給を行う、日本初となるエネルギーネットワークを構築(三井不動産プレスリリースより)

―東日本大震災はじめ、国内外のさまざまな災害を経て、街づくりや防災の考え方は進化していきますね。

中西:都市計画や建築は工学に基づいており、工学には「震度6に耐える」「風速何mに耐える」といった前提条件があります。しかし工学の歴史は100年ほどと浅く、地球の動きを科学的に捉えるには、まだまだデータが足りず不確かな状態だという考え方もあります。だから“想定外”が起こるのは当たり前。特に地球温暖化・気候変動が急速に進む現代においては、もはや過去のデータでは対応しきれません。従来の工学神話が崩れた今、「どうやって自分の身を守るか」という生物学的な観点を取り入れた新たな工学の考え方が必要です。そうした流れの中で「リジェネラティブ・アーバニズム」は重要な要素ですし、ぜひ皆さんにも災害に適応し共生する暮らしについて、考えていただきたいなと思います。

中西さんスクエア

「うさぎや」のどら焼き

日本橋で仕事をするようになってから日本橋をよく歩くようになり、「うさぎや」に立ち寄ることが多いですね。(中西さん)

木下さんスクエア

「わたす日本橋」のランチ

おいしくてボリュームたっぷり。特に「漢方合挽き肉のハンバーグ」が気に入っています。(木下さん)

取材・文:小島まき子 撮影:岡村大輔

Facebookでシェア Twitterでシェア

TAGS

Related
Collaboration Magazine Bridgine