Collaboration TalkInterview
2022.11.24

老舗呉服問屋×新クラフトスタジオ。異なる視点から考える和装カルチャーの未来。

老舗呉服問屋×新クラフトスタジオ。異なる視点から考える和装カルチャーの未来。

地域に根ざしたコミュニティを大切にするカルチャーを持つ「MIDORI.so」の一拠点として、2021 年10月に日本橋・横山町でスタートしたシェアオフィス「MIDORI.so Bakuroyokoyama」。道路に面した1階カフェスペースの奥には、誰でも時間制で利用できるクラフトスペース「SIGHT SITE STUDIO」があります。特色印刷も可能なリソグラフプリンターやシルクスクリーンプリント製版機、刺繍ミシンなど様々な「ものづくり」のための道具が揃う場所。2022年春、このスタジオから生まれたのは、国内の古着着物をアップサイクルした洋服のコレクションです。問屋街としての歴史を持つ横山町で、着物の持つ可能性を広げる試みはどのようにして始まったのか? そして着物を扱う老舗プレイヤーたちは、この挑戦をどのように見ているのか? 日本橋で活躍する4人に集まっていただき、両者から見た和装カルチャーの現在と未来について語ってもらいました。

老舗呉服問屋とアップサイクルコレクションを手掛けるクリエイター、それぞれにとっての“着物”

─まずは自己紹介をお願いします。

上達功さん(以下、上達):株式会社丸上の上達功と申します。丸上は今年で創業72年、日本橋久松町で営業している呉服問屋で、BtoB専門の会社です。僕は婿養子でして、10年前に社長に就任しました。以前は外資系IT企業で働いていたのですが、その頃出会ったパートナーが丸上の一人娘で、結婚を機にこの世界に入りました。彼女と結婚しなかったら、着物に袖を通すこともなかったかもしれませんね。今、会社としては呉服業界の効率化、DXを取り入れることに力を入れています。

田中源一郎さん(以下、田中):創業206年、呉服問屋・田源の田中源一郎です。若い頃は大手広告代理店で働いていて着物とは全く違う仕事をしていたのですが、うちは代々長男が継ぐので、自分もいずれ跡を継がなければならないということで10年ほど前にこの世界に入りました。異業種から入ったので着物に精通しているわけではないのですが、業界的にも着物の売れ行きが好調とは言い難いうえ、コロナ禍ということもあって問屋というスタイルだけで続けていくのは難しいと感じています。
なのでさまざまな新しい取り組みをしていますが、たとえば自分はもともとお皿が好きなのもあって、一般のお客様にも来ていただける田源のショールームではお皿も扱っています。お皿を目当てに入ってきた人に店内を見てもらい、「浴衣や着物が着たいな」という気持ちを喚起できればというつもりでやっています。

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老舗呉服問屋を率いる田中さん(左)と上達さん(右)

─お二人とも異業種から着物の世界に入られて、新しい取り組みを進めていらっしゃるんですね。SIGHT SITE STUDIOのお二人は、どのような経緯でスタジオをオープンし、着物アップサイクルコレクションを手掛けるに至ったのでしょうか?

手塚芳子さん(以下、手塚):フリーランスでアートディレクターやグラフィックデザイナーをしている手塚です。元々はデザイナーをしながら海外アーティストのマネージメントをしていて、アーティストと日本の企業を繋いだり、マーケティングやキャンペーン企画などをやっていました。そういった仕事をMIDORI.soの机を借りてやっていたのですが、馬喰横山に新しい拠点ができるタイミングで、この問屋街ならではの特色ある取り組みとしてMIDORI.so Bakuroyokoyama独自のプロジェクトを立ち上げる話がありまして。それでお声かけいただき、この着物を使ったアップサイクル企画に参加することになりました。私は基本的にグラフィック担当で、服飾は小林が担当しています。

MIDORI.so参考記事:「働く」と「生きる」を体現する場所。シェアオフィスの先駆者が語るコミュニティの在り方。

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手塚さん(左)と小林さん(右)。手塚さんが着ているのが着物のリメイクコレクション

小林玲さん(以下、小林):私は服飾大学に行き、その後ロンドンでテキスタイルなども学んで、昨年まで両国のメリヤスの会社で企画営業をしていました。ちょうど転職を考えていたタイミングでSIGHT SITE STUDIOのお話をいただいて、着物を使って服を作るという試みは自分にとっても新しいチャレンジだなと思い、一緒にやることにしました。SIGHT SITE STUDIOではパターンや縫製、工場とのやり取りを担当しています。

─手塚さんと小林さんはどのようなご縁で一緒に仕事をされることになったんですか?

手塚:共通の友人の紹介です。私もロンドンに留学していたことがあって、小林と同じ学校に行っていたんですけど当時はお互いのことを知らなくて。このプロジェクトを始めるにあたり、「自分で縫製はできないし、どうしようかな」と考えていた時に、友人に紹介してもらって一緒にやることになりました。

─そもそも、ユーズド着物を洋服にアップサイクルするというアイディアはどこから生まれたのでしょうか?

手塚:私はもともと着物が好きで、骨董市や蚤の市に出かけるのも好きなんです。それでこのプロジェクトの話が持ち上がった時、リサイクル品として買い取られたものの、行き場がない着物を保管している場所があると聞き、埼玉の工場を見学させてもらいました。当初は横山町の問屋街の方と何かコラボできたら良かったのですが、いろいろと条件が合わない部分もあったので、まずは素材を仕入れられるお相手から仕入れてやってみようと。

小林:一度自分たちで作って見せなくちゃダメだねということで、その埼玉の工場で自分たちで文字通り山のように積まれた着物の中から好きな色や柄の生地を探し、最初のコレクションを制作しました。12月に予定している2回目のコレクションでは、中古の着物を扱うお店で探した生地を使う予定です。

SIGHT SITE STUDIOの服は呉服業界が抱える問題を解決していく一歩になる?

─今日は呉服業界のお二人にSIGHT SITE STUDIOを見学していただきましたが、実際に着物の生地を使った洋服のコレクションを見た感想をお聞きできますか。

上達:女性の感性で自分が欲しいものを宝の山から見つけて作ったというのは素晴らしいことだと思います。海外でアートや服飾を勉強されてきた方のセンスで、日本ならではの素材を使って作っている、その組み合わせが非常に面白かったです。例えば江戸小紋調の生地や大島紬って、ぱっと見は無地に見えるけどよく見ると柄があったりする。その良さをうまく活かしているところがさすがだなと感じました。

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使われている生地を見て、次々に産地や特性を教えてくれる上達さん(写真右奥)

田中:上達さんが上手く言ってくれました(笑)。呉服業界って、働いている人間が男ばっかりなんですよ。着物はファッションアイテムであるはずなのに、その点を意識するよりも、反物としての価値の方を押し出して「だからこれだけの値段がするんです」という売り方をしてしまう。昔はそれでも売れていましたけど、もうそういう時代じゃなくなってきた。そうなると今度はファッションとしてのセンスが問われるけれど、男性は自分が着るものじゃないから、女性向けの着物のことがわからない。SIGHT SITE STUDIOのコレクションは、女性の感性で女性も男性も着られるものを作っていますよね。それと、我々が放置しがちな「一度着た着物をどうするのか」という問題に対する取り組みの第一歩でもあるので、今回見せていただいて非常に勉強になりました。時代の流れに合わせて業界の常識も変化させていくべきだなと感じました。

手塚:呉服業界の方にそう言っていただけて安心しました。「せっかくいい生地なのに、こんな使い方をして!」と怒られるんじゃないかというのが一番心配していたことだったので(笑)。

─着物を使用したコレクションでは「今のライフスタイルに合ったものにしたい」というコンセプトがあったそうですが、旧来の着物について使いにくいと感じる点があったのでしょうか?

田中:ありまくりですよね(笑)。

手塚:老舗の7代目を前に言いにくいですが・・・(笑)。私は着物が大好きですが、まず毎日自転車に乗るので自転車ではなかなか難しい。洗濯も洋服のようには洗えない。それと最近は温暖化のせいか、夏に浴衣を着るのですら結構厳しいじゃないですか。しまう場所も取るけど、家の収納スペースも限られている。挙げてみるとたくさんありますよね。

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画像提供:SIGHT SITE STUDIO

─たしかにそうですね。第1回目のコレクションのカタログ写真では、着用したモデルさんたちの伸び伸びとしたポージングが印象的でした。

手塚:あのモデルはみんなMIDORI.soのメンバーなんです。自転車に乗る人は自転車に乗って、絵を描く人は絵を描いてもらって、実際に彼らが生活の中で着ているシーンを想定して撮影しました。この着物アップサイクルコレクションはシンクタンクMIRAI-INSTITUTE(MIDORI.soの運営会社)と共にやっている側面もあるので、ワークスタイルに縛られない新しい働き方に合ったシャツやパンツにしたいという想いがあったんです。なのでカバンをたくさん持たなくてもいいように、スマートフォンが入るサイズの大きめのポケットをつけました。パンツの太さも男女どちらでも穿けるよう、ゆるっとしたユニセックスサイズになっています。着物の生地を使っているので何度も洗濯するのは怖いなということで、直接肌に触れないようインナーを着ることを想定したサイズ感にして、フロントはボタンではなく羽織のように着られる紐のデザインにしたり。

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画像提供:SIGHT SITE STUDIO

上達:なるほど。確かに最近、出かける時もスマホだけあれば何もいらない時代になってますもんね。

田中:うん、素晴らしいね。ライフスタイルにとことん合わせて考えられて出来上がったものに、本来死んでたはずの着物生地が生き返って使われているわけですから、嬉しいですね。

ファストなファッションに対して、スローであることに価値を持たせたい

─眠っているユーズド着物問題に対する光明にもなりそうなSIGHT SITE STUDIOのアップサイクルコレクションですが、制作する上での難しさや課題はありますか?

手塚:着物は大好きですが専門知識がないので、手探りでやっている部分も多いです。一着の着物から傷や汚れのない部分がどれくらい確保できるかもまちまちですし、使える生地の面積で柄の出方を決めていくしかない場合もあります。実際に洗濯してみたら色落ちや縮みが激しくてこれは使えないな、と判断することもありますね。どんな素材で作られた生地なのかわからない場合は火をつけて燃え方で判断したりもします。

小林:普通の洋服ってデザインしてパターンを作ったら、生地と一緒に工場に送れば職人さんが分担作業で縫製してくれるんです。でもこのコレクションは私たちがどのパーツにどの生地を使うか全部決めて、裁断し、仕様書を作り工場に送って縫製してもらうので、縫製にあたる職人さんは一着あたり1~2人だけ。時間と手間がすごくかかるし、量産はできません。それでも自分たちが着たいと思えるものを作ろうというのを第一にやっています。

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使用する生地の組み合わせや柄の向きも検討を重ねた一点物。反物で買えば数十万円の値が付く生地も使っている

手塚:ファストファッションで適当な服を買って、「まあこんなものでいいか」と思いながら着るというのはちょっと悲しい。このコレクションはいい値段がしますし、洗濯やアイロンといった手入れもちょっと大変だけど、その手間をかけて着てほしいと、服を作る側としては思っています。その手間や値段も含めて大事にしてほしいなと。

上達:なるほど。でも逆に、僕が着物を日常的に着てて思うのは、実はそんなに大変じゃない面もあるということ。肌に直接触れる襦袢だけ洗濯機で洗えればいいし、着物自体がなかなか洗えないから困るってことは、実はそんなにないんです。男性のスーツだって1シーズンに1回くらいしかクリーニングに出さないわけだし。
値段に関してはまぁやはりそれなりに張りますが、やっぱりシルクって強くてしなやかで、最高の素材だと思うんですよ。そこに袖を通す喜びもあると思うんですよね。安くて早くて便利なファストファッションと着物は真逆の存在だけど、この真逆の価値をどう発信していくのかというのが呉服業界の課題。お二人がやっているのが、まさにその中間のところですよね。

小林:両方をうまく繋げて行けたらいいですね。

上達:ファストファッションだけじゃ嫌だっていう人もいますからね。自分の個性を出しながら、生活の中にさまざまな要素を取り入れたいっていう層もいるから。インターネットとスマホの時代になって、みんなの趣味嗜好がバラバラになったから、そこに合ったマーケティングをどうやっていくのかっていうのが一番大事じゃないかなと思いますね。

田中:業界としては、せっかく世界に通じる着物という文化継承コンテンツがあるのに、それを持て余している状態をどうにか変えていこうという空気に、ようやくなってきたんですよ。だから正統路線も守りつつ、こういったアレンジ路線も模索しつつやってるんですけど、まだまだ業界に女性の意見が足りないですね。今回、せっかく日本橋で着物に関するビジネスをしている者同士ご縁ができたので、ぜひとも困りごとがあれば気軽に田源に来ていただければと思います。

―それは良いですね。異なる視点をお持ちだからこそ、お互いに補合える部分があるかもしれません。たとえばどんな取り組みがありそうでしょうか?

田中:先ほど手探りとおっしゃっていましたが、生地の素材や産地についてはうちの番頭に聞いてもらえれば彼が何でも知ってますからぜひ聞いてください。また、来店されたお客様と話していると、「家に着物があるけどもう着ないのよ」という声もよく聞くので、そんな着物を田源で引き取ってSIGHT SITE STUDIOでアップサイクルに活用するという流れも作れるかもしれないですね。

日本橋を「着物が似合う街」にしたい

─今後、日本橋と着物文化をどのように発展させていきたいとお考えですか?

上達:僕は日本橋を“着物が似合う街”にしたくて、そういう取り組みをずっとやっています。その間口を広げるイベントとして「東京キモノショー」という催しがあり、この実行委員を田中さんと一緒にやっています。「着物を着たことが無い人も、これから始めたい人も」というコンセプトでやっているので、SIGHT SITE STUDIOさんにもぜひ出展者として参加してほしいですね。基本的に着物が好きな人や、着物に興味がある人しか来ないので、SIGHT SITE STUDIOの服に興味を持つ人も多いと思います。次回は2023年3月開催予定で準備しています。

手塚:すごく興味あります! SIGHT SITE STUDIOの展示会にも、前回のキモノショーに行った足で立ち寄ったという方がいらっしゃいました。

田中:この着物アップサイクルコレクションを着て会場をふらふら歩いているだけで、「その服なんですか?」って絶対に言われますよ(笑)。

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東京キモノショーの参加店舗の一例。街歩きをしながら気軽に楽しめる(画像提供:丸上)

小林:そうそう、着物ってコミュニケーションのきっかけにもなりますよね。普通に洋服で出かけるとまず他人に声をかけられることはないけど、着物で出かけると着物好きの人に声をかけてもらえる。

上達:着物で行くといい席に通してもらえる、なんてこともありますよね。

小林:SIGHT SITE STUDIOのシャツを着て旅行に行った時も、旅館の人に「それは着物なの?」と声をかけてもらって、服をきっかけに会話が弾んだことがありました。そういう反応をもらえるのはとても嬉しいし、日本橋を舞台にそういうことが起きたらいいですね。

上達:きっかけ作りという意味では、未来の子供たちに文化をつないでいくのもとても大事なことです。東京キモノショーでもに地元の小学校の子供たちを招待したいなと思っています。日本橋って問屋街で、“暮らす街”というイメージがないんですけど、最近は住宅も増えて子供も増えている。その子供たちに、「あなたが住んでいる街はもともとこういう場所なんです」というのを伝えたいですね。そして入学式や卒業式に着物を着てもらえたらいいな、と(笑)。それから、生産している人が安心して作り続けられる環境を提供すること。作る人がいないと文化は消えてしまうし、最初の製品がなければリサイクル着物も生まれませんから。古いものと新しいもの、敵対するのではなく一緒に日本橋や着物文化を盛り上げていきたいですね。

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