Interview
2023.09.20

クリエイションを通じて10代が表現する日本橋。「グラフィックデザインのパトス」がつなぐ、人と街の幸せな循環。

クリエイションを通じて10代が表現する日本橋。「グラフィックデザインのパトス」がつなぐ、人と街の幸せな循環。

2023年8月21日から9月3日にかけて、10代のクリエーションの学び舎「GAKU」で開催されたクラス「グラフィックデザインのパトス」に参加した生徒たち9名による合同展示会が、日本橋昭和通りの地下歩道で開催されました。グラフィックデザインの第一線で活躍する前原翔一さん、脇田あすかさん、平野正子さん、岡﨑真理子さんの4名を講師陣に迎え、伝統と革新が共存する日本橋からインスピレーションを受けながら、10代が「パトス(情熱)」を軸に半年間デザイン創作に打ち込み、その成果を発表した今回。展示会の様子をお届けするとともに、前原翔一さんと、GAKUスタッフの佐藤海さんに、授業の内容や、人と街とクリエイションの相互関係から生み出せる可能性について語っていただきました。

100年前に開通した地下歩道がギャラリー空間に

最初に訪れたのは、「グラフィックデザインのパトス」の展示会場。およそ100年前に開通した、日本橋の昭和通りを横切る全長40mの地下歩道です。

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入口部分には、メイン講師である前原翔一さんがデザインしたグラフィックとサインが貼られている

地下に降りていくと、布にプリントされた生徒たちの作品が、壁一面にずらりと並びます。その数は、9人合わせて200点近くにおよび、少し寂しげな空間が、生徒たちの情熱あふれる作品によって、生き生きとした空間に変わっていました。

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mokoさんの作品群

特別イベントとして開催された展示のガイドツアーでは、脇田あすかさんが担当した「編集としてのデザイン」、平野正子さんが担当した「拡張としてのデザイン」、岡﨑真理子さんが担当した「翻訳としてのデザイン」 、そして前原さんが担当した「贈り物としてのデザイン」という4つの課題に沿って解説。作品を制作した生徒本人によって、コンセプトや表現したかったことについて語られました。

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Ryoさんの作品群。「編集としてのデザイン」では日本橋の音を、「翻訳としてのデザイン」では日本橋のビルの窓ガラスの歪みに着目して制作

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maikaさんの作品群。「贈り物としてのデザイン」では、他の生徒との「縁」をコンセプトに、円をつかって表現した

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「編集としてのデザイン」の課題では、日本橋の街をモチーフにした50ページ以上の「散歩ビジュアルブック」を制作。それぞれの街の見方が個性的に表現されている

ガイドツアーが終わった後は、場所を変えて前原翔一さんと佐藤海さんにお話を伺いました。

「好き」を情熱に変えて伸ばしていった「グラフィックデザインのパトス」

―展示を見て、生徒たちのパトスを感じる作品に圧倒されました。今回GAKUが開催した「グラフィックデザインのパトス」は、どのようなクラスだったのでしょうか?

佐藤:元々、日本では「デザインを学びたい」「興味がある」と思っていても、デザインを学べる場所は美大や専門学校以外にあまりなく、GAKUとしても10代に向けてデザインの授業をやっていけないかと考えていました。その後、三井不動産さんと一緒に日本橋を舞台にしたデザインの授業をやろうとなって。どのような方を講師に迎えたいかと考えたときに、以前GAKUの他のクラスでビジュアル制作全般を担当されていた前原さんとぜひ一緒にやりたいと思ったんです。それでお声がけさせていただいて「グラフィックデザインのパトス」のクラスが実現しました。

授業は全11回あり、その中でなるべくいろんなデザイナーの考え方、作り方に触れてもらいたいと思い、メイン講師に前原さん、ゲスト講師として脇田あすかさん、平野正子さん、岡﨑真理子さんと、4人のデザイナーさんをお招きしました。その4名の講師が月に2回のペースで、順番に課題を出して講評していくという流れで、4種類のテーマに取り組んでもらいました。その間、生徒たちはずっと手を動かし続けて、最終的に生徒9人あわせて196点もの作品が完成しました。

https://gaku.school/class/graphic/

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GAKU事務局スタッフとして授業をサポートしてきた佐藤海さん。ポッドキャスト『ガクジン』ではMCを務め、外部では、街を舞台にしたZINEやイベントの企画制作に携わる

―すごい数の作品が生まれたんですね。授業を進めていく中で、心がけていたことはありますか?

前原:「このやり方だったらうまくいくよ」という具体的な方法論を教えることよりも、その時々で感じた「自分はこれが好きかも」という思いを伸ばしていくことを心がけていましたね。人間はみな、本気になればそれなりになれるものだと思うのですが、10代の頃は本気の出し方がわからなかったり、自分を出すのが恥ずかしいと萎縮してしまったりしがち。でも周りの人は、その人の本心が見たいものなんです。特にデザインの分野においては、本心が見えてこないとその魅力が伝わらないんですよ。だからこそ、自分の中にある言葉にできない何かを引き出していくことが重要なんだろうなと考えていたんです。そこで授業でも、「ここの場所なら自分らしく表現しても大丈夫」と思ってもらえるように、好きなことを好きだと安心して言える空気感を大切にしていきました。

佐藤:前原さんがおっしゃるように、自分をさらけ出すことってすごく恥ずかしいことだし、簡単にはできない難しいことだと思うんです。でも、今回の授業は「グラフィックデザインのパトス」というタイトルの通り、とにかく情熱を持って、毎回出される課題にしがみついていかないといけない内容だったので、情熱を持続させることが大事だと思っていました。形にしていけば、次にいくことができる。私も生徒それぞれとやり取りをしながら、安心して表現できる場所になるようなサポートを心がけました。

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メイン講師を務めたグラフィックデザイナー/アートディレクターの前原翔一さん。多摩美術大学グラフィックデザイン学科を卒業後、電通テック、ドラフトを経て、2019年に独立し現在に至る

前原:佐藤さんが後押ししてくれたおかげで、最初は緊張した面持ちだった生徒も、最後の課題で再会した頃にはすっかり仲良くなっていて。僕としてもすごく嬉しかったですね。

佐藤:私自身も、前原さんが最初の授業で「みかたを増やす」ことについてお話をされていて、それにすごく共感したんですよね。「みかた」には、「見方」と「味方」という2つの意味があって、周りの人のことを好きになって味方になると、伸び伸びと制作ができるし、伸び伸びと制作できる状態だと、周りの人の好きなところを見つける見方(着眼)も増やすことができる。そうすることで、自分にとっても満足するものをつくることができるという話だったのですが、それってすごく普遍的なことだなと思って。私もその考え方を大切にしながら運営に携わっていました。実際に、そういうことを心がけていった結果、生徒たちも会うたびに表情が明るくなっていって。半年間のデザインの授業を通して、みかたを増やしていったことは、生徒たちにとっても一番の学びになったんじゃないかなと思います。

―前原さんは「贈り物としてのデザイン」というテーマの課題を担当しました。どのような授業だったのでしょうか?

前原:最初、自己紹介を兼ねて「『挨拶』としてのデザイン』というミニ課題を出して、最後の課題で他己紹介として「贈り物としてのデザイン」という課題を出したんですね。そこで、生徒自身のフィルターを通してクラスに参加している他の生徒を見てもらい、ポスター作品をつくるということをやってもらいました。贈り物ということは、誰かのためのデザインをしていくということ。「この人は今までこんな苦労をしていたな」とか「こういうところに喜びを感じているんだな」「こういうところはきっと恥ずかしいんだろうな」って、生徒自身が相手を見て何を考え、どこにグッときたのかという着眼に僕はフォーカスを当てて、「ここが面白いから深掘りした方がいいと思う」といったアドバイスをしていきました。要するに、作品からにじみ出てくる感情や視点を拾って、そこを伸ばしていったということです。一方で、技術的なアウトプットに関しては、基本的にやりたいようにやってもらいました。

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「贈り物としてのデザイン」をテーマに作品を作る(画像提供:GAKU)

―生徒たちにどのようになってほしいという思いで教えていましたか?

前原:僕は「デザインは関係論」だと思っていて。自分がいて、相手がいて、それを見る誰かがいるという関係の中で、相手のことを深く理解したり、理解したつもりになったりした上で、自分のフィルターを通して表現するということが大切だと思うんです。他己紹介のデザインをしてもらったのも、たとえば自分が制作したAさんの作品を、Aさん本人が見たときに、「私ってこんなふうに見えていたんだ」という驚きや喜びを感じてもらえると、制作した自分も「こんなことで喜んでくれるんだ」とびっくりすることがあるんですよね。その喜びを実感することが、クリエイティブの原点になると常々思っていて。10代の子たちにも、その関係性の中で生まれる喜びを感じてもらいたいと思って取り組んでいました。

10代が見つけた、日本橋の街の魅力

―今回、脇田さんが担当した「編集としてのデザイン」、岡﨑さんが担当した「翻訳としてのデザイン」では、日本橋という街を舞台にフィールドワークが行われ、そこで見つけたものが作品に落とし込まれました。街で学ぶことには、どのような意義があると思いますか?

佐藤:今回参加した生徒のほとんどが、日本橋にあまり行ったことがなく、どういう街なのかも知りませんでした。その結果、何の固定概念もない状態で街を見ることができたと思うんです。ファサードに着眼していたり、自分が住んでいる街にはない石畳がここにはたくさんあると気付いたり。新しい場所として日本橋を捉えてそれを表現していたのがすごく面白かったですね。

前原:日本橋って、日本の中もすごく伝統がある街じゃないですか。昔はこの辺も海岸で、そこから埋立地となり、日本各地から人や物が集まってくる場所になっていった。その伝統の根っこにあるのは、人と繋がって商売をしていくというパトスがあったからなんですよね。それが今もこの街に根付いているということを感じていて。みんな誇りを持っていて、自分の街のことを大切にしている。それに対して、10代の子たちが課題を通してどこまで感じ取ることができたのか、そこは計り知れないところではありますが、見ていると、そんな街を彼らもまたパトスを持って面白がっているんですよね。

日本橋には、いろんな伝統があり、100年以上の歴史を持つ企業がいくつもある。そんな個性的な街ってなかなかないじゃないですか。その独特な面白さを10代の子たちも感じて、課題でも街の中にあるいろんな建物の形とか、看板の色とか、文字とか、他のところにはないものを見つけてきているんですよね。わからないながらに日本橋の根っこにある、伝統を形づくるパッションを感じて制作してくれたんじゃないのかなと思いました。

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「グラフィックデザインのパトス」の最終授業ではこれまで作ってきた作品を集めて振り返った(画像提供:GAKU)

佐藤:前原さんの授業で、10代の子たちが「自分のために表現する」ところから「誰かのために表現する」ことへと表現を拡張していったように、街を舞台にすることで可能性はさらに広がっていくと思いました。街って、常に自分の想像が及ばない何かが起こっている場じゃないですか。今回参加してくれた10代の子たちは、コロナ禍で学校に行くことも、友だちと街へ遊びに出かけることもままならない時期を長く過ごしていて、だからこそ街に出て、何かを見つけてそれを表現するという経験はすごく新鮮だったんじゃないかなと思うんです。実際に発表のときも、「街そのものが表現のテーマになりうるんだ」という気づきを生き生きと話してくれたのがすごく印象的で。授業では、なかなか日本橋の人と触れ合う機会が作れなかったのですが、展示の設営をしていた時には、地下歩道を通る街の人が「大変ですね」と生徒に話しかけてくれたりして、そうやって見知らぬ街の人との交流が生まれるのも、街を舞台に表現をする魅力のひとつだなと感じました。

「街の伝統」「10代の情熱」「クリエイティブ」をつなげていくために

―展示されている生徒の作品を見て、素直に街を面白がり、好きなことを表現していると感じられました。お2人は今後、どういったクリエイティブの学びの機会をつくっていきたいと考えていますか?

佐藤:今回、日本橋という街を舞台にした授業を初めてやったのですが、そこで生徒たちの「未知のもの、自分の想像に及ばないものを見て触れてみたい」という思いをすごく感じたんですね。たとえば、自分のクラスメイトにすごい明るい子がいるけれど、実は繊細なところもあるということって、絶対ネットには載っていないじゃないですか。そういうネットでは調べられない本当のところを垣間見たいと思ってるっていうか。人と人の間であったり、街であったりその場に行かないと感じられないことはたくさんあって、10代の子たちはそれを求めている部分があるのではないかと。だからこそ、今回のような日本橋の街を舞台に創作し、展示するという形で街へ還元していくというプログラムに可能性を感じました。今後、もし街を舞台にした授業を進化させていくのなら、よりそこに根ざす人と関わっていけるような形にしていきたいですね。

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前原:いいですね。たとえば日本橋には老舗の鰹節専門店とか、そういう日本の伝統の看板を背負ってるような昔ながらの企業がたくさんありますから、その人たちがどういうふうに鰹節のパックをつくっているのか、どんな思いで続けているのか、そういった深堀りをしていくと、きっともっと面白い作品が生まれていくと思うんです。さらに、そういう人たちと協働しながら、イベントなんかもつくっていくことができれば、学びの機会もより広がってすごく面白そうですよね。一緒に何かをやっていくということが、更なる学びの機会の創出に繋がっていくと思います。

取材・文:宇治田エリ 撮影:岡村大輔

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