Interview
2023.06.28

製薬の街を起点に、誰もが生きやすい社会を作りたい。 「日本橋ニューロダイバーシティプロジェクト」が目指す未来とは?

製薬の街を起点に、誰もが生きやすい社会を作りたい。 「日本橋ニューロダイバーシティプロジェクト」が目指す未来とは?

多くの製薬関連企業が拠点を置き、古くから“薬の街”としての顔を持つ日本橋。この街で今、「ニューロダイバーシティ(全ての脳や神経には違いがあり、その違いを優劣ではなく多様性として尊重し合う考え方)」という概念を広げていく活動が始まっています。旗を振るのは、製薬業界のリーディングカンパニーである武田薬品工業株式会社。今回は、多くの賛同企業とともに学び合う場作りをしながら、幅広く発信を続ける同社のプロジェクトチームのメンバーに、この活動への思いを聞きました。

東西の「薬の街」から患者さんと向き合ってきた

―まずは皆さんの自己紹介をお願いします。

松井繁幸さん(以下、松井)事業戦略部で広報を担当しております松井です。今回集まったのは全員ジャパンファーマビジネスユニットという国内のビジネスを統括している部門のメンバーでして、各分野の視点からこのプロジェクトに関わっています。

清水聡さん(以下、清水)患者疾患啓発等を担当している医療政策・ペイシェントアクセス統括部の清水です。普段は患者団体の方々の声を聞いて、より良い療養環境を整えるためのサポートを主に行っています。その中でも私は症例が少なかったり診断がつきにくい疾患に多く携わっており、そうした方に早期に正しい診断をつけるためのお手伝いもしています。

森威さん(以下、森)清水と同じ部署で、神経領域、特に発達障害領域を担当している森と申します。今回の日本橋ニューロダイバーシティプロジェクトには発足時から携わっておりまして、この活動をどう世の中に広げていくかという部分を特に推進しています。

伊藤千慧子さん(以下、伊藤)主にニューロダイバーシティの社内向け啓発を担当している伊藤です。もともとは人事や医療政策に関する働きかけをする部署にいたのですが、半年ほど前にプロジェクト強化のためにこちらのチームに入りました。

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(左から)清水さん・伊藤さん・森さん・松井さん

―プロジェクトについてお伺いする前に、改めて武田薬品工業株式会社についてもご紹介いただけますか。

松井:武田薬品は研究開発型のバイオ医薬品のリーディングカンパニーです。常に患者さんを中心に考えるという姿勢は創業当時から変わっておりません。現在は約80の国と地域で活動しておりまして、世界中の人々により健やかで輝かしい未来を提供することが存在意義です。

―タケダイズム(誠実・公正・正直・不屈)という言葉があるようですが、現在のグローバル企業としての姿の根底に日本的な精神が根付いていて、老舗製薬企業としての歴史を感じます。

松井: 武田薬品はもともと、薬を問屋から買い付け・小分けして地方の薬商や医師に販売する薬種仲買商店からスタートしている会社で、まずは人々に誠実であることを大切にしてきました。そのうえで公正・正直・不屈であれという価値観をベースに日々の活動を行っています。この価値観を道しるべに行動していれば、結果として事業の発展がついてくるだろうという考え方です。

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―武田薬品の創業は大阪ですが、東京で日本橋に拠点があるのはどのような経緯からでしょうか?

松井:両拠点はそれぞれ、大阪道修町=創業の地であり法人上の本社、東京日本橋=グローバル本社、という位置付けです。日本橋には歴史的にも非常に多くの製薬関連会社が集まっており、グローバル本社のすぐ近くには薬祖神も祀られていて、いわゆる薬の街としての顔が昔からありました。武田薬品もこの街に明治時代から拠点を置いており、長くゆかりのある街なんです。

―日本橋の拠点は2018年にグローバル本社として現在の日本橋本町に移転リニューアルしました。1階には「Takeda Life Theater」という大画面の無料公開シアターもあって、街に開かれた印象です。

松井:はい。グローバル本社の竣工を機に日本橋コミュニティにもっと貢献していこうということで、形になったものの一つがTakeda Life Theaterです。人々に身近な“健康”がテーマで生命・体に関する情報を誰でも学ぶことができます。地域のコミュニティ活動や企業の集まりにも積極的に参加していますし、できるだけ街の皆さんと関わっていきたいと考えています。

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グローバル本社のエントランスにある「Takeda Life Theater」。身近なテーマで健康について学ぶことができる(画像提供:武田薬品)

「日本橋ニューロダイバーシティプロジェクト」とは?

―「日本橋ニューロダイバーシティプロジェクト」はまさに街を巻き込む形でこのグローバル本社から始まった取り組みですが、まずはこの「ニューロダイバーシティ」という概念について教えて下さい。

清水:単語を直訳すると「ニューロダイバーシティ=脳・神経に起因する多様性」ということになります。ただ我々は人々の脳や神経の違い・個性・特性を多様性として捉えたうえで、“誰もが社会の中で活躍し、生き生きと暮らしていく”ところまでの意味を包含してこの言葉を使っています。脳や神経の違いとしてよくフォーカスがあたるのは自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠如・多動症(ADHD)、学習障害(LD)などですが、こうした特性のある人々も含めたインクルーシブな社会の実現に向け、日本橋からアクションを全国に広げていこうというのが「日本橋ニューロダイバーシティプロジェクト」です。

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―今なぜ武田薬品がこの活動を始めたのかが気になります。

清水:先ほど松井からもあったように、我々はまず患者さんのことを一番に考え彼らに貢献していくことを大切にしている企業です。方法としては、製薬会社なので医薬品を通じての貢献というところが第一なのですが、それ以外にももっと日々の暮らしに近い、療育環境や生活環境という面からも貢献していく必要があると考えています。たとえばADHDならその特性を和らげる医薬品もあるのですが、生活面で当事者に寄り添っていくことも我々のチームに与えられたミッション。彼らが日常の中で感じるさまざまな生きづらさを解消したり、活躍できるような社会環境を作っていくことが本当の意味で患者さんにコミットするということだと思うし、患者さんに向き合ってきた武田薬品だからこそ、このプロジェクトを運営するべきだと感じます。

―なるほど、患者さんへの本質的な貢献を追求した先に今回のプロジェクトがあったのですね。「日本橋ニューロダイバーシティプロジェクト」では、どんな活動をされているのでしょうか?

森:ニューロダイバーシティという概念自体がまだまだ日本では認知されていないので、まずは知ってもらうというところから始めています。具体的には2022年10月のプロジェクト発足と同時にウェブサイトを公開し、啓発冊子を作りオンラインで配布を始めました。そして今年1月に意識調査を実施し、3月末にその結果を公開しました。4月にはこのプロジェクトにご賛同頂いている企業様・団体様と一緒に第1回目のワークショップを開催し、皆で学び合い理解を深めていくプログラムを今後も進めていく予定です。

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啓発冊子ではわかりやすくニューロダイバーシティについて学ぶことができる(公式サイトより)

―スタート時から日本橋の多くの賛同企業・団体が参加していらっしゃるのが素晴らしいと思いました。

森:認知度が低い概念を広げていこうと思った時に、一社だけで声を上げても限界があると思ったんです。さまざまな業種の方々と一緒に発信していけば活動が伝わりやすいですし、武田薬品も決してニューロダイバーシティへの取り組みが進んでいるわけではないので、「一緒に学んで発信していきましょう」という気持ちでやっています。リリースを見てぜひ参加したいとご連絡いただいた企業様もあり、理想的な形で活動を始めることができました。

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―賛同企業によるワークショップには私も参加させていただきましたが、学びや気づきが多く盛り上がりました。プロジェクトチームとしてはどのような成果がありましたか?

伊藤:今回のワークショップはニューロダイバーシティの概要を学ぶ講演パートと、グループに分かれてロールプレイングゲームを行うパートの2部構成でした。参加者の皆さんからは、特にロールプレイングゲームの反響が大きかったですね。それぞれが発達障害の特性をもつメンバーを演じ、グループで一つの共同作業をしていくという内容なのですが、実際に当事者の立場に立つことで理解が深まったり、新たな課題が発見できたという声が聞かれました。今回はまずニューロダイバーシティを知ってもらうというところがゴールだったので、皆さんに多くの気づきを持ち帰っていただけたのは大きな成果だったと思います。

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画像提供:武田薬品

―私はロールプレイングゲームの中で、皆の意見をまとめる課長さん役になりました。正直戸惑うことばかりで、多様な特性をもつメンバーを導くのは大変なことだなという感想を持ちました。

清水:そうですよね。あのゲームで似た感想を持つ人は多かったですし、私も最初に体験した時はそのように感じました。三者三様の振る舞いをするメンバーをまとめるのはたしかに難しいですし、マイナスの面にフォーカスする方がほとんどだったんです。
でも、実はあのゲームでは各メンバーの強みもしっかり設計されていて、その強みにうまく頼ればゲームを上手に進行することもできたんです。マイナスに思えたことは、見方を変えれば同時に強みにもなる。ところが今の日本の社会だと平準化することを重視しがちなので、その強みの部分に目が行きにくいんですよね。その結果、発達障害の特性を持つ人たちの生きづらさにつながってしまっている。ゲームで皆さんが感じた捉え方が、まさに日本におけるニューロダイバーシティを取り巻く環境の現状なんじゃないかと感じました。

―言われてみるとたしかにそうですね。ゲームを成功させることに精一杯で、それぞれのメンバーの強みを活かす発想になれていなかったです。

清水:マイナスをゼロにしようとするのではなく、特性を個性と捉えて、それぞれ苦手なこともあるけれど良いところを伸ばしていこうと考えると、見え方が違ってくるはずです。世の中の理解が進むと、同じゲームをやったときに「こんな強みがある人がいて共同作業がすごく上手くいった!」という感想が出てくるようになる気がします。そんなふうに世の中の捉え方が日本橋を皮切りに変わってきたら良いですよね。

伊藤:そうした世の中にしていくためにまずは身近なところからという思いもあり、武田薬品社内でも様々な取り組みを始めています。全社員を対象に定期開催しているセミナーでは、ニューロダイバーシティに関する取り組みを実践している企業様を招いたり、当事者や経営者の方を交えて組織のあり方について議論したりしています。回を重ねるごとに社員の理解度が上がり、取り組みへの賛同者が増えていることを感じますね。

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画像提供:武田薬品

未開拓の分野だからこそ、日本橋から先陣を切りたい

―活動するうえで難しさを感じることはありますか?

伊藤:大きく二つあると感じていて、一つはニューロダイバーシティの概念が新しいのでゼロベースで様々なことに取り組んでいかないといけないこと、もう一つは社会に浸透させていく上でどうしても障壁があることでしょうか。障壁に関しては、かつてLGBTQが話題になり始めた頃と似たような状況なのかなと思いますが、すべての方の理解を得ることは難しいと感じています。障壁を取り除くことよりも、理解して協力してくれる人々を増やしていくのが大切。そのために何をするかというアクションを社内のメンバーと連携して知恵を出し合いながら検討を進めている状況です。

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清水:そうですね。LGBTQに対しても心から賛同している人と、本音では納得いかないけど世の中がそういう方向なら…という人がいるように、ニューロダイバーシティに関しても全員100点の理解にはできないはずです。でもそれぞれをプラス20点ずつにできたら世の中変わってくると思うので、まずはそこを目指したいです。

森:あともう一つ難しい部分を挙げるなら、現時点ではどうしてもニューロダイバーシティ=発達障害の話というイメージがつきやすいことでしょうか。たしかに発達障害の方々と向き合うことは多いのですが、ニューロダイバーシティとはそうした方を含めたすべての方のインクルーシブな社会創造を目指す言葉。100人いたら100人何かしらの特性があるよね、という前提で誰もが生きやすくなるためには、この言葉を正しい意味で広げていく必要があります。

―発達障害の人の話でしょ?と捉えてしまうと他人事のように感じますが、すべての人の多様性の話だと捉えると急に身近に感じますね。

森:そこの理解が深まっていくと、企業の職場環境においても発達障害の人だけではなくすべての方が働きやすい環境になると思うんです。そして先のロールプレイングゲームの話のように各人の特性の強みが活かされれば、企業としても非常に強くなっていくはずです。そのきっかけとしてニューロダイバーシティに取り組むというのも価値があることではないでしょうか。

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「ニューロダイバーシティ実現のための啓発冊子」より抜粋

―企業におけるニューロダイバーシティに関して、良い先進事例はありますか?

松井:正直に言って、まだまだ取り組み事例は少ないように思います。このプロジェクトに賛同いただいた企業様も、長期的にはニューロダイバーシティ人材を雇用したいと考えている方が多いと思いますが、試行錯誤するスタートラインに立ったというくらいの状況ではないでしょうか。
武田薬品もしかりで、ようやく社内の理解度があがってきた状況で、職場体験やインターンのような形で外部から当事者の方に来てもらうなど、実際に一緒に仕事をする機会を作る準備しているところです。

清水:国内全体を見ても、ニューロダイバーシティの概念を知って興味はあるけれど…という状態の企業が圧倒的だと思います。その中で実際に何か始めてみて、壁にぶつかったり困ったりというレベルにある企業が日本においてはトップランナーという状況。別の言い方をすると、まだそんなに差がついていないんですよ。なのでぜひ日本橋の皆さんと一緒に、ニューロダイバーシティが進んだ街として一番乗りを目指したいですね。

―先進企業がない中、日本橋が先陣を切るというのは良いですね。街並みやお店などではなく、価値観や文化でリードするというのは興味深いお話です。

森:日本橋は五街道の起点の街であり、歴史的にも日本中のさまざまな人が集まり交流していた“多様性の街”です。このプロジェクトの活動拠点としてはぴったりですし、日本橋から発信していくこと自体に説得力があると思います。

―いつかwikipediaに「日本におけるニューロダイバーシティは日本橋からスタートしたと言われている」なんて書かれたら良いですね(笑)。

清水:それ良いですね。「2022年頃から始まったようである」とか記されていたりして(笑)。もっとも世の中に広がることの方が大切なので、本質的にはどこが起点かということにあまりこだわらなくて良いとは思いつつ、今の黎明期にいる我々からすると「実は私達が最初だったよね!」と賛同企業様たちと分かち合える日が来たら嬉しいです。

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多様な業種の企業とともに、この街の未来をつくる

―今後の活動計画を教えてください。

伊藤:まず賛同企業様とのワークショップを今後第2回・第3回と続けていく予定です。その過程で各企業様の中でも取り組む例を広げていきたいと思っています。またこの活動を発信することにも一層力を入れていきたいです。先日名古屋市の発達障害啓発週間のパンフレットの中で我々のワークショップの取り組みを紹介いただいたのですが、そうした事例を増やし日本橋のようなプロジェクトが各地で立ち上がってくるように働きかけていきたいと思います。

―最後に、これからコラボレーションしたいお相手や分野がありましたら教えてください。

森:特定の分野に絞ってコラボしていきたいというよりは、むしろ分野を絞らずにさまざまな業種と関わっていきたいと思っています。現在ご賛同いただいている企業様・団体様は11あるのですが、その数も増やしたいですし、業種の多様性も上げていきたいです。

清水:そういう意味では今まだご一緒していない業界の方は特にウェルカムですよね。銀行とか交通系の会社とか、いろいろ思い浮かびます。

松井:そうですね。「ニューロダイバーシティってITに強い人たちが集まってるんでしょ?」と言われることもあり、どうしてもIT人材のイメージが強いようなので、逆に接客業など人を相手にする業種の方もいらっしゃると嬉しいですね。日本橋は百貨店もあるし飲食店が多いので、この街らしい多様性が生まれそうです。

森:仲間になっていただく際は、何も経験や知識はいりません。「ニューロダイバーシティなど全然わからないし、できていない」という状況でもまったく問題ないです。武田薬品も皆さんと一緒に学んでいきたいという姿勢なので、ご興味のある方はぜひ気軽にお問い合わせいただければと思います。ともに日本橋からより良い社会を作っていきましょう!

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<お問い合わせ> neuro_diversity@prap.co.jp

取材・文:丑田美奈子(Konel)/ 撮影:岡村大輔

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