Interview
2024.07.04

日本橋兜町で新たなカルチャーを紡ぐ。“都市の編集者”メディアサーフが複合施設「景色」から見据えるもの

日本橋兜町で新たなカルチャーを紡ぐ。“都市の編集者”メディアサーフが複合施設「景色」から見据えるもの

入り口には造園屋「YardWorks(ヤードワークス)」がセレクトした立派な植物が並び、その傍らではさまざまな分野のプロフェッショナルが活発に意見を交わす。広大な地下のギャラリースペースでは、気鋭アーティストやブランドの展示が行われ、感度の高いコレクターが集結する。多彩なコミュニケーションが集まるこちらは、日本橋兜町に位置する小規模複合施設「景色(Keshiki)」です。

仕掛け人は、B1Fにオフィススペースも構えるクリエイティブ企業「Media Surf Communications(メディアサーフ コミュニケーションズ/以下、メディアサーフ)」。“都市の編集者”をコンセプトに、街にユニークな化学変化を起こし続けている同社が「景色」をつくったきっかけとは。また、「景色」は今後どのような未来を思い描くのか。代表の松井明洋さんに話を伺いました。

240703_keshiki_01

世界では面白いことが起きている。松井さんが“都市の編集”を始めるまで

―まずは松井さんの来歴から教えてください。

高校時代はアメリカで過ごしました。その頃はヒップホップを聴いてLevi'sを穿くといった具合で、現地のカルチャーにどっぷりでしたね。その後、大学で弊社の立ち上げメンバーの一人である堀江大祐と出会いました。当時からクリエイティブなことやりたいという漠然とした思いがあったのですが、大学が政治専攻でクリエイティブとは縁遠かったこともあり「僕に何ができるのだろう?」と考えていて。自分なりに模索する中で興味を持ったのが、人や物を繋いで企画を立てて新しいものを作り出す編集の仕事です。

―それから「メディアサーフ コミュニケーションズ」を立ち上げたきっかけはなんですか?

学生時代に家具ブランド「IDÉE」創業者の黒崎輝男さんに出会えたことですね。黒崎さんから働き方に対する姿勢や、彼が日頃から大事にしている「何が都市を突き動かすのか」という問いなどを学びました。その経験が今の活動の“補助線”になっているのは間違いありません。卒業した後はアルバイトをしながら着々と準備し、1年くらいたった頃に「メディアサーフ コミュニケーションズ」をスタートしました。

―「メディアサーフ コミュニケーションズ」の活動内容を教えてください。

一言で表すと“都市の編集”です。例えば10年ほど前にフードホールや屋台村が欧米やアジアで同時多発的に流行したことがありましたが、そのような世界で起きている“面白いこと”にアンテナを張り、咀嚼して自分たちの回りの都市に落としこむ活動ですね。

具体的な例としては、兜町にあるホテルやバーなどの複合施設「K5」のブランディングやマネジメントなどがあります。きっかけは当時「Backpackers' Japan(バックパッカーズジャパン)」の代表だった本間貴裕さんが「面白い物件があるから一緒にやらないか?」と誘ってくれたから。もともとは「K5」という一つの施設を作るというプロジェクトとしてスタートしたのですが、次第に日本橋を拠点にしている「平和不動産」さんが手掛ける「日本橋兜町・茅場町再活性化プロジェクト」の一環へと発展していったんです。

参考記事:兜町に強い“点”を打つ。 マイクロ・コンプレックス施設「K5」完成。

―本間さんから誘いがあった時、松井さんは兜町でも“面白いこと”を起こせると感じたのでしょうか?

そうですね。ここは東京証券取引所のある金融街ですが、2000年代後半ごろから活気がなくて。株式取引の電子化によって、このあたりに企業を構える必要がなくなったからだと言われていますね。そんなカルチャーの匂いが少ない街だからこそ、“差し色”を入れたら面白いなと感じていました。それに、兜町では“ジェントリフィケーション”が起きていなかったのも、今思い返すと大きな理由だったと感じています。

―ジェントリフィケーションといえば、地価が安い地域が再開発によって活性化し、その結果地価が高騰する現象のことですね。

そうです。国内外でよく見る流れで例えると、「ここで面白いことができそうだ」と気鋭のアーティストが移り住んでコミュニティができた結果、ハイセンスなビストロやカフェなどができて、そこに立ち寄った人が泊まれるホテルができる。その頃はまだ地価がじわじわ上がる程度なので、少ない固定費と経済的プレッシャーの中で街が自由に発展するんです。でも、地価がある程度上がると資本力のある企業が「ここは今、人気があるらしい」と高い賃料を払って参入することで、急激に地価が上がる。そういった現象がまだ起こっていないところが面白いと感じているんです。そして、兜町はまさしく条件に当てはまっていました。

―松井さんが“都市の編集”を行う上で特に大事にしている考え方はなんですか?

経済よりも文化的価値に重きを置くことですね。花や絵を飾ったり、洋服や音楽に興味を持つことって生活に不必要じゃないですか。でも、そのような質量のある体験は人生に必要だというのは、大事にしていることですね。

240703_keshiki_011
240703_keshiki_010
240703_keshiki_07

「景色」B1F MEDIASURF OFFICE(メディアサーフ オフィス) オフィス内には、松井さんをはじめ社員のみなさんがセレクトしたアートやインテリアが並ぶ。日々の仕事の中にも“差し色”を入れる遊び心が溢れていた。

外国語に翻訳できない「景色」という情景

―「メディアサーフ コミュニケーションズ」は、兜町で活動する店舗やアーティストを取り上げるWEBメディア「Kontext(コンテクスト)」も手がけています。運営する上で特に大切にされていることはなんですか?

“街の最小単位は人”であるということですね。たとえば、パティスリー「ease(イーズ)」の大山恵介さんと、ビストロ「Neki(ネキ)」の西恭平さんはどちらも兜町に店を構える料理人ですが、実は11年前にフランスの同じ店で修行したことがあったんです。兜町とフランスで2回も人生が交差するという素敵な偶然が起きていたというのも、直接会って話を聞かないとわからないですよね。そんなふうに人という“ミクロ”な存在を通して“マクロ”な街の理解を深めてもらうことが「コンテクスト」のテーマです。

Kontext_insta_210329_A

WEBメディア「Kontext」https://kontext.jp/

240703_keshiki_03
240703_keshiki_04

人と街の関係を“ミクロとマクロ”の視点で捉える松井さん。愛読書『POWERS OF TEN:宇宙・人間・素粒子をめぐる大きさの旅』*(映像作品と同名の解説書)に準えて語ってくれた。 ※宇宙から素粒子へ、10の25乗メートル(約10億光年)から10分の1ずつスケールを変えて自然界を映し出すチャールズ&レイ・イームズ夫妻の傑作。

―「景色」はどのようなきっかけでオープンしたのでしょうか?

「メディアサーフ コミュニケーションズ」ではビールショップの「Omnipollo(オムニポロ)」やカフェの「SR Coffee Roaster & Bar(エスアール コーヒーロースター&バー)」などの立ち上げにも携わっていたのですが、当時の事務所は中目黒にあったんです。「兜町でプロジェクトを進めているのに、近くにいないのはリアリティにかける」と感じ、オフィスの移転を計画したのが始まりですね。

参考記事:Omnipollos Tokyoが溶かす固定観念。創業70年の鰻屋が、北欧の最先端ブルワリーに生まれ変わるまで。

240703_keshiki_012

2020年2月に開業した「K5」の植栽演出を手がけ、日本全国で活躍する造園屋「YardWorks」とコラボレーションしたグリーンショップ MOTH(モス) 。

―「景色」という名前の由来はなんですか?

僕は「情緒」「塩梅」「揺らぎ」などの外国語に翻訳できない単語が好きで集めているのですが、「景色」も同じだと思います。例えば富士山があって、その手前に湖や森があって、空が晴れていたら、「いい景色」と言いたくなる。

でも、一本の木を見ただけではそう表現しようとはなりませんよね。つまり、異なる要素が一つの枠の中に入ることで、景色になる。この感覚は「Picture」や「Scenery(田園風景)」とも違う、日本固有の物だなと。ワインには成分が時間と共に結晶化し、味にコクを生み出す“澱”(おり)というものがありますが、翻訳できない単語も文化における“澱”だと思っています。

「メディアサーフ」のオフィスである「景色」には、いろいろな職業の人がいますし、友人が手がけた家具や、僕がスウェーデンのマーケットで見つけてきた絵画のようにさまざまなものが飾ってある。そのすべてで構成された光景が、まさに“景色”なんです。

―「景色」にはギャラリースペースもありますね。どのように使われていますか?

友人のアーティストや国外の企業など、さまざまな人が展示を行っています。ランニングシューズブランドの「On(オン)」がプレゼンテーションを行った時は、イギリスのランニングチームが写真を展示したり、「エスアール コーヒーロースター&バー」がコーヒーを出したり、さまざま催しを行いました。単なるギャラリースペースとしてだけでなく、1階のフロアを活用しつつ、兜町のお店を巻き込みながらイベントを行うのも特徴ですね。

240703_keshiki_05
240703_keshiki_06

約150平米のギャラリー兼多目的スペースAA (アー)。場所自体に特定の呼称を設けず、ただの開放された空間として存在し、音楽イベントなども開催。

―今後、日本橋でどんなコラボレーションをしていきたいですか?

「K5」はよく日本橋の店舗と催しを行うんです。例えば、ブルワリーの「B by The Brooklyn Brewery(ビー バイザ ブルックリンブルワリー)」で鰹節の老舗「にんべん」が期間限定のタコスを提供したこともありました。今後もそういったコラボレーションを定期的に行っていきたいです。

240703_keshiki_016
240703_keshiki_017

2023年10月、2回目の開催となった「兜町夜市」の様子 「兜町夜市ナイトマーケット」「兜町夜市飲み歩き」「兜町夜市ミュージックフェス」の3つを軸に、日本橋兜町に点在する個性的な店舗が一度に楽しめる夜市に。それぞれのきっかけから集まった参加者で大いに盛り上がりを見せた。

人を集め、楽しい偶然を生み出す。松井さんが思い描く“景色”

―松井さんは編集の楽しさをどのように考えますか?

雑誌を作るような、多くの人がイメージする編集を僕はあまり行いませんが、やはり人と人を引き合わせるということには喜びを感じます。例えば「景色」のイベントによって普段は兜町に縁がない人が来てくれたりするとすごく嬉しいですね。

もう一つは、先ほども話したように、「景色」の地下スペースにアートや家具を配置することも、ある意味で編集ですよね。さらに、それを見た人が「あの絵がヤバい!」と圧倒されることは、“体験の編集”と言えます。幅広い領域に関わる仕事だからこそ、その楽しみ方も多種多様ですね。

―今後、どのような“景色”を作っていきたいですか?

ヨーロッパやアメリカにいる友人との繋がりを活かして、ここでしか見られないような展示を行っていきたいですね。イベントに合わせて友人がDJをやったり、1階で料理を振る舞ってもらったり。そんな立体的な景色をお見せすることができたら嬉しいです。

240703_keshiki_014

鎧橋から見える景色

日頃から息抜きに訪れる場所であり、映画『PERFECT DAYS』の序盤で主人公の車がガス欠になるシーンに使われたエリアでもあります。無機質な首都高と周辺の建物と揺らぐ水面の関係が絶妙ですね。時間や天気によって日の当たり具合が変化しますし、鳥がいたり、日によっては水が濁っていたりと、そこから見える景色は同じものが二度とありません。

取材・文:山梨幸輝 撮影:寺内暁

Facebookでシェア Twitterでシェア

TAGS

Related
Collaboration Magazine Bridgine