Collaboration Talk|Interview
2026.10.27

誰もが迷わず歩ける街へ。三井不動産とAshiraseがともにつくる、屋内ナビゲーション「IndoorFlow」の可能性。

誰もが迷わず歩ける街へ。三井不動産とAshiraseがともにつくる、屋内ナビゲーション「IndoorFlow」の可能性。

スマートフォンの地図を頼りに歩いていて、建物や地下に入った途端、現在地を見失う。そんな経験はありませんか? 2026年10月1日、東京メトロ三越前駅の地下道と、COREDO室町をはじめとする6施設で、屋内ナビゲーションサービス「IndoorFlow(インドアフロー)」の運用が始まりました。駅や地下道、商業施設をまたいで案内するこのサービスは、日本橋が初の一般利用可能エリアとなります。

手がけたのは、三井不動産と、視覚障がいのある方の歩行支援を続けてきたAshirase(アシラセ)。2社が目指すのは、障がいの有無や言語を越えて、誰もが迷わず歩ける街。その歩みとこれからを、三井不動産株式会社 日本橋街づくり推進部の小沢鷹士さんと、株式会社Ashirase取締役COOの香山由佳さんに聞きました。

建物に入ると、地図は途切れる。屋内移動に潜む"見えない課題"

―まずはおふたりの自己紹介と、今回のプロジェクトでの役割を教えてください。

小沢:三井不動産で、日本橋のまちづくりを担当しています。地域の方々と一緒に街の魅力をつくり、伝えていくのが部署の役割で、なかでも私のチームはデジタルの力をどう生かすかをテーマにしています。今回のIndoorFlowもその一環で、香山さんと共に進めてきました。

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三井不動産 日本橋街づくり推進部・小沢鷹士さん。は昨年スタートした「OriHime日本橋ガイドツアー」も担当

※「OriHimeガイドツアー」の記事はこちら「肩のり分身ロボットが街を案内。オリィ研究所と三井不動産が拡げる、新しい観光体験と社会参加の形とは?」

香山:2021年に創業した、Hondaの新規事業から生まれた第1号のスタートアップ・AshiraseでCOOを務めています。「人の豊かさを"歩く"で創る」をミッションに、事業や戦略の全般を担う立場ですが、小さな会社なので、実際には何でもやっています(笑)。今回のプロジェクトでは、立ち上げの段階からAshiraseの窓口を担当してきました。

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株式会社Ashirase 取締役COO・香山由佳さん

―IndoorFlowは「地下や屋内の移動」に着目したサービスです。実装にたどり着くまで、屋内の移動には、どのような課題を感じていらっしゃったのでしょうか。

小沢:私は道にあまり迷わない方だと思うのですが、それでも普段あまり行かない駅では迷います。自分が今どこにいて、どちらを向いていて、目指す場所はどの方向なのか。目が見えている私でもこれだけ迷うのですから、視覚障がいのある方にとっては、その課題はもっと深いはずです。これは初めて日本橋を訪れる方や海外の方にとっても、同じでしょう。地下や屋内には、ふだん意識されない移動の壁が潜んでいる。ずっと、そう感じていました。

香山:Ashiraseは創業以来、視覚障がいのある方向けのナビゲーションに取り組んできました。それが靴に装着し、足元の振動で進む方向を伝えるデバイス「あしらせ」です。これがあれば、屋外ならいろいろな場所へ歩いていけます。

ただ、建物の中に入った瞬間に、地図が途切れてしまう。そこから先は、誰かに連れて行ってもらうか、人に聞くしかありませんでした。「屋内でも“あしらせ”を使えたらいいのに」という声を、本当に多くの当事者の方からいただいてきました。例えば、「ここに階段があります」「エレベーターがあります」といった、情報さえあれば一人で目的地まで行けるのに、屋内にはそのデータ自体がないことに、ずっと歯がゆい思いをしてきました。

これはどこかにあるデータを持ってくれば済む、という話ではありません。屋内そのものをデジタル化するところから始めるしかない。そう考えながらも、長く手をつけられずにいました。その一歩を、三井不動産さんと一緒に今回のIndoorFlowで踏み出すことができました。

「利用者が街に合わせる」から、「街が人に合わせる」へ

―お二人がそれぞれ感じていた課題が、IndoorFlowの取り組みに重なっていったんですね。三井不動産とAshiraseは、どのように出会ったのでしょうか。

小沢:もともと、駅の周辺には視覚障がいのある方向けの歩行支援アプリがあったのですが、サービスが終了することになり、他の選択肢を探さなければなりませんでした。ただ、何をもって「良いツール」とするのかは、目が見えている私たちには判断がつきません。そこで、トヨタ・モビリティ基金さんとの実証実験「ワクワクプロジェクト」で複数の企業の歩行支援ツールを集め、同じ条件で視覚障がいのある方に使っていただく機会を設けました。

そこでご一緒したのがAshiraseさんで、しばらくして、香山さんから「目の見える方にも、屋内の移動課題はあります。一緒に実装しませんか」と声をかけていただいたんです。ちょうど私たちも、特定の方だけでなくさまざまな移動ニーズを一つのサービスで受け止められないかと考えていた頃でした。「利用する人に街へ合わせてもらう」のではなく「街のほうが、いろいろな人に合わせていく」。そんな環境をつくりたいと思い、Ashiraseとぜひ取り組みたいと思いました。

―Ashiraseにとっては、視覚障がいのある方向けの事業から、「誰もが使える」サービスへ。その発想の転換は、どこから生まれたのでしょう。

香山:実は私、誰よりも方向音痴の自信があるんです(笑)。海外出張では、行く先々の施設でとにかく人に聞きまくるしかなくて。だから屋内の事業に取り組むなら、「まず自分が使えるものを作ろう」という気持ちもありました。また、開発の過程で車いすの方にお話を伺うと、屋内ではある地点まで進んで初めて段差に気づき、また引き返す。そんな繰り返しをされていたそうです。

必要とする助けは人それぞれ違っても、「屋内では情報がなくて迷う」という根っこは、みんな同じだったんです。
だからこそ、視覚障がいのある方だけでなく、車いすやベビーカーの方も、海外から来た方も、そして私のような人、それぞれの違いに応えながら、誰もが使えるインターフェースにしていくべきだと考えるようになりました。「特定の誰かのための支援ではなく、みんなが迷う時間を減らして、行きたい場所へ行ける。」そういうものを目指したかったんです。

―その考えを、技術の面ではどう形にしたのでしょうか? 従来の屋内ナビゲーションとの違いも含めて教えてください。

香山:従来は、GPSの代わりに現在地を特定するために、ビーコンなど電波を出す機器を施設に設置する方法が主流でした。ただ、私たちが目指しているのは、社会全体に広がるインフラです。施設に機器の設置をお願いする方法では、どこかで必ず行き詰まる。施設側も受け入れやすく、利用者も使いやすい。その両方を満たす手段としてたどり着いたのが、カメラの画像から現在地を特定する技術でした。「このエリアだけでなく、どこでも使えるように」という当事者の声から逆算した選択です。

小沢:今お話にあったビーコン方式ですが、その負担は想像以上なんです。機器の購入に加えて、地権者や施設管理者の承諾、設置する工事、電源や電池の管理、定期的な機器交換と、手間が積み重なっていく。金額だけでは測れないその負担をすべてなくせるのも大きなメリットでした。

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IndoorFlowの利用イメージ。現在地データの取得は、利用者が周囲をカメラスキャンすることで簡単に完了する(画像提供:三井不動産)

―視覚障がいのある方への歩行支援で培った技術や知見は、どう生かされているのでしょうか。

香山:大きく2つあります。1つは、位置の精度です。屋外でも、GPSが狂いやすい場所があります。地図が少しずれていても私たちは目で見て調整できますが、それができない方にとっては大変なこと。だから「あしらせ」の開発では、そのずれを補正する技術を磨いてきました。これを屋内に応用し、スマートフォンのセンサーなども組み合わせて精度を高めています。もう1つは、画像から空間の情報を読み取る技術です。

視覚障がいのある方からは「点字ブロックのある道を案内してほしい」とよく言われますが、その情報はまとまったデータとして存在しません。そこで、車載カメラの画像から点字ブロックやガードレールを読み取る技術を積み重ねてきました。屋内でも、カメラに写ったものを瞬時に読み取り、似た景色の中でも現在地をを正しく特定する。この2つが、特に生きていますね。

―IndoorFlowの体験会で、直感的に操作できる印象を持ちました、特に、目的地に到着した時に「9時方向です」と案内されるのが分かりやすかったです。

香山:クロックポジションと呼ばれる、時計の文字盤に見立てた方向の伝え方です。「左側にあります」という案内だけでは、目で確かめられない方は、すぐそこまで来ているのに迷ってしまう。最後に「9時方向です」と読み上げれば、どちらを向けばいいかが分かります。お店の前まで着ければ、あとはお店の方が迎えてくださいますから。視覚障がいのある方が使えること。その原点を発射台にして、どんな方でも使える工夫を随所に織り込んでいます。

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一般利用者向けのAR案内画面。進む方向が床に矢印で重ねて表示され、「9m 右方向」のように距離と向きが示される。土台となる地図データは、対象エリア約3万5,000平方メートルを数名が360度カメラで撮影し、2〜3時間程度で収集した(画像提供:三井不動産)

―今年4月には、COREDO室町テラスの周辺で、視覚障がいのある方や車いすを利用する方に参加いただく実証実験を行ったそうですね。現場では、どんな手応えがありましたか。

小沢:印象に残っているのは、参加されたほとんどの方が同じように「とても良い」と最高評価を選んでくださったことです。実験を見ていても、皆さん目的地に着いたあと、うれしそうな表情をされるんですよ。それが、導入の大きな後押しになりました。

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白杖を使う方の利用イメージ。画面読み上げ機能で目的地を選ぶと、音声と振動で案内される。東京都本庁舎でおこなった実証時には、視覚障がい者・車いす利用者計42名が参加し、目的地到達率は100%。88%が「移動時の不安が解消された」、95%が「一人で行ける場所が増える」と答えた(画像提供:三井不動産)

施設の「点」から、エリアの「面」へ。蕎麦店の検索で実感した行動の変化

―実証を重ねる中で、香山さんご自身が日本橋の街を歩いて、印象に残っている体験はありますか。

香山:ある晩、日本橋三井タワーで遅くまで仕事をして、お蕎麦が食べたいなと思ったんです。IndoorFlowで「蕎麦」を検索したら、近くのCOREDO室町テラスのお蕎麦屋さんが出てきたので、そのまま歩いて行きました。こんな体験は、これまでなかったのではないかと。いつもなら、施設に着くとまず案内板を探して「“このビルの”地下に何かあるかな」と降りていく。それが、エリア全体を一つの施設のように捉えて歩けた経験をしたことで、人の動き方そのものが変わる気がしたんです。

「施設」という単位から、「エリア」という単位へ。その感覚を、インフラとして支えられるかもしれない、と。初めて訪れた方には全体像がつかみにくく、地下でつながっていることも、あまり知られていません。その空間を目に見える形にして、「地下を通れば、雨に濡れずに5分で行けますよ」と示せれば、選べるものはぐっと増えていくはずです。

―その"エリアという概念"は、小沢さんが考える日本橋の街づくりとも重なりそうです。

小沢:まさにそうですね。IndoorFlowは、同じ仕組みでいろいろな方の困りごとをまとめて解決できるうえに、建物一棟の中にとどまらず、エリアで捉えて案内できる。だからこそ、IndoorFlowを「施設のナビ」ではなく「街をつなぐ仕組み」にできるのではないか。そう思えたことが、実装を決めた大きな理由でもあります。

私たちは、関わる街が「行きたくなる街」になることを目指しています。そのためには「良い街」と「好きな街」、2つの掛け算が必要だと考えています。良い街は、インフラも含めた機能としての価値を高めること。好きな街は、エリアマネジメントやイベントを通じて、働く人や地域の人に街への愛着を持ってもらうこと。
IndoorFlowは、まずは「良い街」を支える取り組みです。ただ、移動が楽になれば、その先で街の体験が広がり、愛着にもつながっていく。「良い街」が「好きな街」を呼び、また歩きたくなる。その二つが行き来しはじめる入口にも、なれるんじゃないかと思っています。

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日本橋から他の街へ。「迷わない」の先にある体験を広げる

―10月の実装は、スタートラインでもあります。今後、IndoorFlowを必要とされる人には、どのように届けていくか構想はありますか。

小沢:届けたい相手は、2つあります。1つは視覚障がいのある方。サービス導入範囲内のオフィスビルで働く方だけでなく、Ashiraseさんのネットワークを通じて普段日本橋に来ない視覚障がいのある方々にも広く告知をしていきます。もう1つは、目の見える方。ニーズがあるのは、ホールのイベントなどで初めて日本橋を訪れる方です。会場への行き方の案内にリンクを載せるなど、必要としている人に適切に届けていきたいと思っています。

香山:秋に向けてWeb版もできるので、ダウンロード不要で多言語の案内ができるようになります。東京駅も近く、海外から来られる方も多いエリアです。観光案内所などとも連携して、インバウンドの方々にも適切に情報を届けていきたいですね。

―今後は、どんな広がりを思い描いていますか。

小沢:日本橋だけで使えるものであってほしいとは思っていません。三井不動産の関連物件はもちろん、駅や、他のデベロッパーさんが手がける街にも広がれば、利便性はどんどん高まります。日本橋・八重洲・東京駅あたりの回遊性を高めることにも、つなげていきたいですね。

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段差を避けたルート案内は、ベビーカーでの移動にも役立つ。目的地には、トイレ(男女別・多機能)、飲食店、駅改札、授乳室、コインロッカーなど250地点が登録されている(画像提供:三井不動産)

―最後に、この取り組みの先に描く街の姿を教えてください。

香山:東京駅までつながれば、日本橋を訪れた方がそこからいろいろな場所へ向かう流れができていくと思います。私たちのミッションは、まさに「歩く」にフォーカスしたもの。迷いをできるだけ減らして、歩くこと自体を楽しんでいただける街にしていきたいです。

小沢:来年にはTOKYO MIDTOWN NIHONBASHIが開業し、国際会議や展示会などが増えていくことが予想されます。日本橋を初めて訪れる方、海外から来られる方は、これまで以上に増えていく。そうした方々が、迷わず目的地へ行けるのはもちろん、その途中で街の魅力に触れ、少し寄り道をして、「日本橋って素敵な街だな、また来たいな」と感じてくれる。初めて訪れた方でも、自然にそう思える日本橋にしていきたいですね。

取材・文:皆本類 撮影:隼田大輔(幽玄舎)

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