日本橋ワーカーたちの声で編んだ、街の新しい「見え方」の地図。三井不動産×Stroly「DIG日本橋ガイド」が目指す行動変容とは?
日本橋ワーカーたちの声で編んだ、街の新しい「見え方」の地図。三井不動産×Stroly「DIG日本橋ガイド」が目指す行動変容とは?

「今日のランチ、どこへ行こう」「仕事終わりに、サクッと寄れる場所はないかな」。日本橋で働く人たちの日々の声から生まれたWeb型デジタルガイド「DIG(ディグ)日本橋ガイド」が、2026年8月25日に公開されました。約200の飲食店を中心としたスポットの情報を、働く人の気分やシーンに沿った31のカテゴリーから探せます。
手がけた中心人物は、三井不動産株式会社 日本橋街づくり推進部 事業グループの西瑠衣子さんと、イラストデジタルマップを展開する株式会社Stroly(ストローリー)代表取締役社長の高橋真知さん。2社が目指したのは、日本橋の「新しい見え方」を共有すること。日本橋ワーカーの声と街づくりの知見を結集し、デジタル上に立体的に街の情報を再現したおふたりに、開発の舞台裏とこれからを聞きました。
画一的な地図では、人は動かない。「見え方の共有」という原点
─公開されたばかりの「DIG日本橋ガイド」。まずは立ち上げの経緯から教えてください。
西瑠衣子さん(以下、西):私は三井不動産で、デジタル技術を活用して、ワーカーや来街者にもっと日本橋を好きになっていただくための施策を担当しています。この取材の会場でもある、コミュニティラボ「+NARU NIHONBASHI」の運営や、今回の「DIG日本橋ガイド」の開発もその一環です。“DIG”には「掘る」という意味があります。これまで日本橋には各メディアの切り口で深掘りされた情報がたくさんありますが、掲載先がバラバラで集約されておらず、特に紙媒体だと更新もままならない状況がありました。そのため、情報をデータベースのように蓄積して、きちんとユーザーに届けられないか。そんな思いが出発点でした。

三井不動産 日本橋街づくり推進部 事業グループ・西瑠衣子さん
─その“届け方”として、イラストデジタルマップとGPSを組み合わせたプラットフォームを提供する「Stroly」を選んだ決め手は何だったのでしょうか?
西:もともと、マップを作ること自体が目的だったわけではないんです。情報を届けることで、ユーザーの「行動変容」を促せるかどうかが肝でした。行動変容とは、例えばいつものルーティンから一歩踏み出て、まだ知らない店や過ごし方に実際に足を運んでもらうことです。
その中で目に留まったのが、Strolyさんのデジタルマップでした。Googleマップのような正確な地図というよりは、あえてデフォルメした街の特性をオリジナルのイラストで表現しています。イラストは直感的で、見た瞬間に「面白そう」「行ってみたい」という気持ちを引き出すことでユーザーの次の一歩を促すデザインだと感じ、出会ってすぐに「これだ」と思ったんです。もうひとつの決め手はデータの収集です。利用者がどう歩いたかがヒートマップで見えるので、結果を確かめながら施策を磨けるという手応えがありました。
高橋真知さん(以下、高橋):ありがとうございます。Strolyは「散歩する」という意味のStrollとStoryを掛け合わせた社名で、約10年前に始まった会社です。デフォルメしたイラストマップにGPSの現在地を重ねる技術で、国内外で1万枚を超えるマップを公開してきました。街の見え方そのものを変えることで、ユーザーの一歩を後押しする。そこに、私たちの提供価値があると考えています。

株式会社Stroly 代表取締役社長CEO・高橋真知さん
─Strolyは「Share the way we see the world.(世界の見え方を共有しよう)」をコンセプトに掲げています。このコンセプトと「行動変容」も、つながっているのでしょうか。
高橋:美術史を学んできた私は、イラストマップを情報であると同時に表現だと捉えてきました。表現である以上、そこには描く人の目線が宿ります。つまり地図はそれ自体がメディアで、誰の目線で描くかによって街の見え方はまるで変わるんです。「うちには何もない」と謙遜されるような地域にも、地元の方の解像度の高い視点で掘り起こせる魅力は必ずあります。ところが汎用的な地図ではそうした細部は描かれず、ただ色に塗られただけの表情のない場所に見えてしまうんです。
そこに地元の人の目線を入れると、同じ場所が宝物の詰まった場所に変わる。そして、「これは私のために描かれた」と感じられたとき、人は「行ってみよう」と実際に歩き出す。見え方が変わることが、行動変容の始まりなんです。その先で場所を消費するのではなく、感じて、体験して、好きになる。この一連を通して、ローカルの魅力が再発見されるきっかけをつくりたいと考えています。
─中でも今回は、日本橋で働く人に向けて、街の新しい「見え方」を提案されていますね。
西:「ユーザーを広げすぎると、誰にとっても満足できるものを目指すことになり、ユニークな情報の届け方ができなくなる。」これはStrolyさんにいただいた助言です。そこを踏まえたとき、以前から日本橋で働く方にもっと街の魅力を感じて欲しいと考えていたので、まずはワーカーに特化して作ってみようと決めました。
高橋:観光客は「何かを発見しよう」という気持ちで街を訪れますが、毎日同じ場所に通うワーカーにはそのモチベーションは湧きにくいものです。でも、こんな素敵な街で働いているのに、暑い日も寒い日も地下道で会社と家を往復するだけではもったいないですよね。だからこそ、日本橋という魅力的な街で、一体何をピックアップすれば皆さんにいつものテリトリーから一歩出てもらえるのかを考えるのに苦心しました。ワーカーのためのマップをここまで深掘りしたのは私たちも初めてで、今回のプロジェクトならではの面白さでした。
\DIG日本橋ガイドはこちらから/
https://dig-nihonbashi.stroly.com

画像:プレスリリースより
約170名の声をもとに磨き上げた、ワーカー目線の「解像度」
─行動変容を目的に、具体的にはどんな開発をされていったのでしょうか?
西:先ほどの「誰の目線で描くか」ということを、日本橋ワーカーの視点で、解像度高く設定していく作業を行いました。まず約170名のワーカーへアンケートを行い、その中からペルソナに近い方を抽出し、さらにインタビューで彼らの日々の過ごし方を深掘りしました。そこであらためて見えてきたのは、ランチや勤務後の寄り道も、いつもの範囲内で完結しがちな実態です。
特に、仕事帰りの過ごし方が気になりました。夜の飲み会ニーズはあるものの、それ以外で日本橋の夜を楽しむという発想があまり持たれていなかったのです。けれどそれは、日本橋の魅力がないからではなく、そもそも選択肢自体が知られていないということも実感しました。ただ、日本橋の知られざる魅力を紹介するうえで「グルメ」や「ショッピング」といった一般的な分類では、既存の検索サービスと同じ見せ方になり、行動までは変わらないとも思いました。
そこでたどり着いたのは、調査結果で掴んだワーカーの1日のリアルに寄り添う切り口です。「何食べたい?」「誰と、どう過ごす?」など6つのテーマを立て、気分や利用シーンに沿う31のカテゴリーへ細分化し、そこにスポット情報を提案していく方法でした。

画像:プレスリリースより
─その31のカテゴリーは、1,000円未満のランチの「U-1000メシ」、お酒の注ぎ方にこだわる「運命の一杯に出会う店」など、雑誌の特集タイトルのような目を惹くタイトルですね。
西:一つ一つ、悩みながら作りました。カテゴリーごとに紹介文もあって、サラダなどの健康的なランチを提案する「整(ととの)いご飯」であれば、「今日はリセットしたい日に」など、ワーカーの気分に寄り添う言葉を加えることを心がけました。ちなみに、公開前の2026年5月に行った実証実験の結果では、女性から最も閲覧されたカテゴリーが「整いご飯」でした。

「#日本橋手土産」を開いた画面。榮太樓總本鋪や山本海苔店、文明堂といった店が紹介文とともに並ぶ。上部の6つのテーマから気分で絞り込み、ハッシュタグでカテゴリーを切り替える設計になっている
─約200にもなる掲載スポットの情報は、どのように集めたのですか?
西:まずワーカーの声をもとに、店舗のリストを作成しました。そこから1軒ずつご連絡して掲載の確認をとり、写真や情報をご提供いただいて整理していく地道な作業で、約3カ月を費やしました。また各スポットの「関連サイト」からは、Bridgineをはじめとしたそれぞれの切り口で日本橋を深掘りしたメディアの記事へ潜れる導線もつくっています。
「百尺」の高さ制限が導いた、歩行者目線のイラスト
─ガイドの顔ともいえるのが、街全体を描き起こしたイラストです。この設計においてはどんな工夫をされたのでしょうか?
高橋:苦労したのは、日本橋には高い建物が多いことです。ビルの高さを忠実に描くと、手前の建物の陰に、その後ろの街並みが隠れてしまいます。そこで発想を変えて、「歩いている人の目線」を基準に設計することにしました。実は日本橋には、かつて建物の高さを約31メートルに制限していた「百尺(ひゃくしゃく)」の名残で、軒のラインがその高さに揃った歴史的建築が数多く残っています。
そのため新しい高層ビルも、歩く人が見上げたときに目に入る百尺までの部分には、意匠を凝らした装飾が施されているんです。だから今回はこのラインを基準に、低層部の街並みを主役として描きました。すると手前の建物の表情が生きるうえ、後ろのビル群も隠れずに見えてきます。「ウォーカブルな街」という日本橋の特徴が、そのままイラストに落とし込まれた形ですね。


DIG日本橋の実際の画面。左右に日本橋の欄干を飾る麒麟像を配し、奥のビル群は「百尺」の高さに稜線を揃えて描かれている。三井本館のような歴史的建築は、ディテールまで細かく描き込まれた
─細部の描き込みも徹底していますね!どこまで取材して描いたのですか?
高橋:描き手2名とディレクター1名の3名のチームが、ヒアリングと並行して実際に街を歩き、撮りだめした写真をもとに描きました。花壇の花は種類も数も実物に合わせ、アンテナショップは県の形と名産品で描き分けています。街を行き交う人物も、働く人、買い物をする人、お酒を飲む人と、同じ人は一人として描いていません。

日本橋船着場と観光船、日本国道路元標。実在の史跡やスポットが名前入りで描き込まれ、拡大するほど情報の解像度が上がっていく
老舗の暖簾をくぐらせた、「選び抜かれた情報」への信頼
─実証実験では、ユーザーに日常の中で実際に使ってもらったそうですね。使い勝手の面ではどんな反応がありましたか?
高橋:たとえば、「45分以内にランチに行って帰ってきたい」というご意見をいただき、スポットまでの経路時間を示す機能をつけました。もともとはお昼休みの間に会社へ戻れるかどうかが不安だという、切実なニーズによるもの。イラストだけでは距離感がつかみにくいのですが、デジタルマップなら「徒歩7分」と示すことができます。すると利用者は「なんだ、意外と近いんだ」と分かります。こうしたいただいた声の一つひとつに、機能開発で応えていきました。
─今回の一番の目的であった「行動変容」の兆しは見えましたか?
西:すぐ近くの八重洲方面や神田方面で働かれていて、日本橋へ来たことがなかった方が、「このガイドを見ながら日本橋を歩いてみました」と話してくださいました。このガイドが、日本橋ワーカーはもちろん、近隣のワーカーが少し足を伸ばすきっかけになる気運を感じました。
高橋:印象的だったのは、老舗のカテゴリーへの反応です。普段は商業施設の中で買い物や会食をすることが多かった方にとって、昔ながらの個人店の暖簾をくぐるのは、なかなか勇気がいることですよね。でも、あるユーザーの方は、「ここに載っているなら、行ってみよう」と思えたそうで、実際に「すごくよかった」とおっしゃっていました。たとえるなら、いつも地下道だけで移動していたけど、地上の道を歩き始めたような感じだったと。
─「誰かが丁寧に選んでくれた」ことが、行動を後押しするんですね。
高橋:私自身、老舗巡りが好きなので、三井不動産のまちづくりの知見が結集した「100年老舗」のカテゴリーには「これぞ私のためだ」と思ったのですが(笑)、実際にワーカーの皆さんのお声を聞くと、日常の選択肢をほんの少しだけ、広げたいんですよね。たとえば、これまで「日本橋らしいお土産」という探し方をしてこなかった方が、このガイドを利用することで、自信を持って榮太樓總本鋪さんの飴を選べるようになったと話してくれました。
今では同僚にも「せっかく日本橋で働いているんだから、お土産はここで買おうよ」と勧めたくてしょうがないんだとか。最初に訪れた1軒の体験が良いと、「このガイドのおすすめは信用できる」と感じて、2軒目、3軒目へと足を運びたくなるものですが、そうした手応えを感じました。
西:情報は、調べればいくらでも手に入る時代です。ただ、情報量が増えるほど、自分にぴったり合うものを見極めるのは難しくなる。このガイドには、日本橋ワーカーの目線で選んだ情報だけを載せています。「選び抜かれた情報だから、信頼できる」というお声は、本当にうれしかったですね。

─これからの展望をお聞かせてください。
西:これはまだ、最初の一歩です。ゆくゆくは来街者やインバウンドの方々へ対象を広げ、掲載エリアも拡張していきたいですね。一方、今回は日本橋をリアルタイムで生きる方たちと一緒につくれたという実感があります。ですからこのガイドでは朝・昼・夜でイラストのシーンが変わったり、街の声がリアルタイムに反映されたりと、街の「今」を映す仕組みへと、もっと面白くしていきたいです。
高橋:リアルタイムといえば、お祭りとの連動もやってみたいですね。京都の祇園祭では山車の運行を、冬の光の祭典・神戸ルミナリエでは、年をまたいで人の流れを比較し、混雑を避ける動線づくりまで検証してきました。これらの仕組みを応用すれば、日本橋のお祭りの日に、神輿が今どこを通っているのかを、このプラットフォーム上で追いかけられます。
それとこれは私の妄想ですが、イラストマップに描かれた人たちに、ロールプレイングゲームのように話しかけられるようにできたら面白いのではないかと思います。日本橋の金融街で働く人に株の話を聞けたり、「ご利益を得たいなら、福徳神社で祈願を」と道行く人に教わることができたり(笑)。歩いて、人と出会って、この街のことがもっと好きになっていく。そんなガイドに、これから育てていきたいですね。
取材・文:皆本類 撮影:隼田大輔(幽玄舎)
DIG日本橋ガイド
三井不動産とStrolyが共同開発した、日本橋の店舗、商業施設、文化施設、アートやイベントなどの情報を一つに集約したWeb型デジタルガイド。約200スポットの情報を、日本橋ワーカーの気分や利用シーンに沿った6テーマ・31カテゴリーで提案し、街なかの回遊や滞在、新たな発見を促す。アプリのダウンロードや会員登録は不要で、スマートフォンなどのブラウザから利用できる。同年9月1日〜12月25日には、ガイド上でアート作品を巡る「日本橋・八重洲アートスタンプラリー」も開催。
https://dig-nihonbashi.stroly.com/
株式会社Stroly
「散歩する」を意味するStrollとStoryを掛け合わせた社名を持つ、2016年設立・京都発のスタートアップ。デフォルメされたイラスト地図の上にGPSと連動した現在地を表示する独自技術のプラットフォームを展開し、全国400を超える観光地やイベント、施設で導入されている。ミッションに「リアルな場所に、未知の発見と出会いをひらく」を掲げる。
https://stroly.com/ja