Interview
2020.02.21

建物と街と人をつなぐ注目の若手建築家ユニット「o+h」の試み

建物と街と人をつなぐ注目の若手建築家ユニット「o+h」の試み

日本橋・浜町の路地を歩くと、一見するとオープンカフェのような佇まいのオフィスが現れます。そこは、国内でもっとも権威のある建築賞の1つ「日本建築学会賞」の作品選集新人賞(2018年)を受賞した建築ユニット「o+h」の新しい事務所です。「o+h」の百田有希さんと大西麻貴さんは学生時代から数々の建築作品を生み出し、現在は公共建築やインスタレーションなど、幅広いプロジェクトを手がける注目の二人。今回は百田さんに建築が社会で果たす役割や、多様性が求められる時代に適した場所づくり、日本橋浜町との関わりなどについて伺いました。

「経路と経験」が街と建築をつなぐ。

—まずは、o+hのこれまでの歩みを教えてください。

パートナーである大西とは、京都大学工学部建築学科の4年生だったときに、一緒にコンペに応募したことがきっかけでユニットを組みました。それまでは友人であり、ライバルでもあったのですが、競い合うようにアイディアを展開させて2人で1つの作品を作り上げていくことに、これまでにない面白みを感じたのです。以来ずっと一緒に設計をしています。学部を卒業したあとは、大西は東京大学の博士課程へと進みました。僕はそのまま京都大学の大学院に進み、卒業後は伊東豊雄建築設計事務所で5年間働きました。その間もo+hは大西をメインにして活動が続いていたのですが、2014年に僕が本格的に合流し、今に至っています。

—これまでどんな建築を手がけられてきたのでしょうか?

最初の頃は個人住宅やインスタレーションを手がけることが多かったですね。最近では図書館や庁舎などの公共建築に携わる機会が増えてきています。o+hには現在10名のメンバーが在籍しているので、彼らと協力しながら幅広い案件を手がけています。

—2012年に新建築賞を受賞された「二重螺旋の家」は地上3階建ての個人住宅で、o+hの代表作の1つとして知られています。これは建物に対して階段と廊下が螺旋状に巻きつくような構成が目を引く作品ですが、どんなコンセプトで設計されたのでしょうか?

僕たちは常に「経路と経験」を大切にして建築作品を作っているのですが、この建築はそれを象徴するようなものだと思います。建築の経験というものは建物の中だけで完結するのではなく、商店街を歩き、路地を抜けて、建物に足を踏み入れるといった、外から続く体験がシームレスに家の中までつながっている方が面白いと思います。この考えを反映し、「二重螺旋の家」の廊下は外から連続したものであると同時に、ループ状になっていて行き止まりがありません。街と連続していること、経路に選択性・回遊性があることが、暮らしの豊かさにつながるのではないかと思っています。

この形に行き着いたのには、街からの影響も大きかったですね。「二重螺旋の家」が建つ谷中は、戦災でも焼けなかった木造家屋が残っている街で、魅力的な路地がたくさんあり、それらが谷中らしさを形成しています。ここに家を建てるなら、その「谷中らしさ」に参加したいという思いが最初にありました。そこで、谷中の特徴である路地がそのままぐるぐると建物のコアに対して巻き上がっていくような構造にしようと思ったんです。

谷中にある「二重螺旋の家」。路地がそのまま建物のコアに対して螺旋状に巻きつくような構造に。2階から3階にかけてのチューブの上はテラスになっている(写真提供:o+h)

―どのようにして「経路と経験」という考えに至ったのでしょうか?

学生時代を過ごした京都での経験が大きいかもしれません。大学に入って、はじめて自分の意志で住む場所を決め、新しい生活がはじまったわけですが、京都の下宿生活は自転車を買うところからスタートしました。自転車に乗って下宿先から大学やスーパーへ行き、途中で鴨川を渡ったり、歴史的なお寺を横切ったりする。そうした移動体験は下宿を起点にしてどんどん地続きに広がり、やがて街が自分の体と心の一部になっていく。京都に住みながら、そんな感覚を覚えたんです。京都で暮らしたことのある人は京都という街に愛着を持っている人が多い気がするのですが、それは日常生活に豊かな自然や文化が自ずと入ってくるような、経路と経験の心地よさが街そのものにあるからではないかと感じています。この原体験から「二重螺旋の家」のようなアイディアが生まれました。設計をするときも建物の中だけで経験が完結してしまわずに、その土地や街に連続していくようなデザインにしたいと常々思っています。

ちがいを認め、ちがいを大切にする。“寛容さ”が次の社会のあり方を考えるヒントに

―街に根ざした施設の設計としては、奈良県香芝市の福祉施設「Good Job! Center KASHIBA」で日本建築学会賞の作品選集新人賞やグッドデザイン賞ベスト100などいくつもの賞を受賞されています。ここはどういった施設なのでしょうか?

アートやデザインを通して、障がいのある方とともに社会の中に仕事をつくる活動の場となっている施設で、運営しているのは「たんぽぽの家」という団体です。

設計は、「たんぽぽの家」のみなさんが掲げられている「ちがいを認め、ちがいを大切にする」という理念を共有するところからはじまりました。既存のアトリエがあったので見学させて頂いたのですが、その時印象的だったのは、利用者の皆さんが本当に思い思いに作業をされていたことです。テーブルを囲んで複数人で作業をする人もいれば、倉庫の片隅で一人で黙々と作業をする人がいたり、アーティストでもあるスタッフがその中に混じって絵を描いていたり。そういう状況を目の当たりにする中で、「ちがいを認め、ちがいを大切にする」というのは、それぞれのために特別な部屋をつくるのではなく、違いがある人が一緒の場所にいてもいいんだと思えるような空間をつくることなのではないかと考えるようになりました。

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「Good Job! Center KASHIBA」の外観。建物内には地域の人が利用できるカフェも併設している(写真提供:o+h)

―その気づきをどんなふうにデザインへと落とし込んだのでしょうか?

壁や床、屋根などがバラバラと集まったような構成にしました。特に壁というのは本来、空間と空間を隔てるものです。その壁を不規則に配置することで、完全な隔たりではなく隙間をつくり、空間と空間を緩やかにつなげるようにしました。こうすることで「隠れる」と「つながる」が同時に起こるんです。一人になりたいときは人にあまり見られない場所にちょっと移動するといったように、利用者さんはそのときのコンディションや気分に合わせて居場所を自分で見つけられるようになっています。その一方で、それぞれの空間には隙間があるので、一人でいたとしても離れた場所の人が見えたり、周囲の音が聞こえたりして、どこにいても別の場所で行われている活動がなんとなく感じられるようにもなっています。

完成後も「Good Job! Center KASHIBA」にはよくお邪魔していますが、実際に利用者さんは思い思いのスタイルで使い倒されています。こちらが想定した以上の自由な発想で活用してもらって、嬉しいです。

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壁や家具などがランダムに配置された「Good Job! Center KASHIBA」の内部(写真提供:o+h)

―「Good Job! Center KASHIBA」のデザインを考える上で苦労したことはありますか?

一年ほどかけて議論し、ようやく「これでいきましょう」と案がまとまったのですが、正月休みにまったく別の案に変えたいと思って、変更を申し出たんです(笑)。普通の施主だったら怒ってもおかしくないようなことですが、「たんぽぽの家」の方たちは寛容で、「あぁ、そういうことありますよね」と許してくださいました。聞けば、利用者さんが根気よくつくった絵をある日、突然「どうしても気に入らない」と言って自分で真っ黒に塗り潰してしまうこともあるそうで、想像以上にすんなり背中を押して下さいました。

―なるほど。包容力があるといいますか、確かに寛容ですね。

「たんぽぽの家」のこういう寛容さや「ちがいを認め、ちがいを大切にする」という理念と向き合うことで、僕らはその後の世界の見方がまったく変わりました。ここは福祉施設ですが、「ちがいを認め、ちがいを大切にする」というのは、実は障害の「ある」「なし」に関わらず、人がより生き生きと暮らしていくために大切な理念なんじゃないかと思うようになったんです。そして、それはこの先の自分たちの社会がどうあるべきかということを指し示している気がしています。

例えば、障害のある方が大きな声を出すことに寛容な図書館があったとしたら、そういう図書館は赤ちゃんが泣いていても怒られないかもしれません。誰でも気兼ねなくその空間にいられるのだとしたら、図書館内にパン屋があったり、工房があってもいいかもしれません。少し寛容になるだけで、実はすごく豊かな暮らしが実現する可能性があるんです。そんなふうに考えるきっかけを与えてくれたのが「Good Job! Center KASHIBA」のプロジェクトでした。

多くの人々が立場を越えて関わるほど、公共建築は面白くなる

―素敵な転換点だったんですね。o+hでは「Good Job! Center KASHIBA」のような福祉施設をはじめとした公共施設も多く手がけていらっしゃいますが、パブリックな建築を行う際に心がけていることはありますか?

最近よく設計の初期段階でワークショップを開き、行政と地域住民の方々とコミュニケーションを図る取り組みが行われていますが、大抵の場合は説明会や要望を伺う機会で終わることが多いかなと思います。もちろん地域住民への説明は必要なことですが、そこだけではもったいないなと思います。なぜかと言うと、建築をつくるということには、関わる人みんなを自然と前向きにする力が本来ある気がしていて。公共施設であればより多くの人が関わるので、その力は大きくなるはずなんです。それなのに、特に公共施設って、ある日突然UFOのように現れるイメージがありませんか?なんの前触れもなく立派な建物ができて、地域住民は一方的に利用するだけの存在になってしまう。地域の方が自分から「参加したい」と思ってくださるような状況をつくることが大切だと考えています。

―その状況とは、どんなものなのでしょうか?

単なる説明会のように一方通行のコミュニケーションではなく、いろいろな方たちと対話をするように心がけています。その対話からどんどん企画が広がった例として「多賀町中央公民館」のプロジェクトがありました。滋賀県彦根市の南東に位置する多賀町は面積の8割以上が森林という街です。地元の山林資源を活用しつつ、老朽化した旧公民館を建て替えようという計画で、プロジェクトは木を切り出すところからスタートしました。伐採が完了するのに2年もかかるということで、それならその期間を利用しようと定期的に「多賀語ろう会」というワークショップを開催したんです。最初は地味な会議で、新しい公民会をどう使っていけばいいのかなどを住民の方々と話し合っていたのですが、そのうち生涯学習について勉強したり、「たんぽぽの家」を皆で見学に行ったり、地元の木材を使って家具をつくったり、山菜を採りに行ったりと、徐々に面白い活動が育ってきました。せっかくだから、この活動を街の方々全員に発信しようということになり、最初は完全に業務外でしたが、僕らの事務所でフリーペーパーもつくりました。発行する度に役所の方たちからの応援も大きくなり、最終的にはいろいろな部分でバックアップしてくださるようになりました。

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「多賀町中央公民館」の内部。構造材、下地材、内外装材、家具材に多賀町産のスギとヒノキが使われている(写真提供:o+h)

多賀語ろう会や公民館が完成するまでの様子を伝えたフリーペーパー。1年半の間に10号、発行した(写真提供:o+h)

―設計事務所でそこまで行うのは凄いですね。

新しい公民館は木造平屋の2600平米くらいある大きな建物でした。この規模で新築の公共建築をつくるのは初めてだったので、何か今までにない面白いことができるんじゃないかと、いろんなことを考えたんです。関わる人が役割や立場を超えて何かを考え、行動することが建築のすばらしさにつながるんじゃないかということを証明したい気持ちもありました。

建築は一人でつくることはできません。施主がいて、利用者の方々がいて、施工者の方々がいて、というふうにいろんな人たちの協力があってはじめて成り立ちます。今までなかったものを、大勢の人たちと共有しながらつくっていく大事業なんですね。だから、関わる人の多様さが建築のよさにつながっていかないと面白くないと思っています。自分で全部考えて、「これつくってください」と施工者さんに頼んで完成しても全然面白くない。建築家の役割はここまで、と決めてしまわずに皆と対話を繰り返して、この施主さんや利用者さんとだから新しい発見や挑戦ができたほうが絶対に楽しいし、いい建築になると思っています。

―そうやって対話をする中で完成した公民館が出来上がった時の地元の方の反応はどうでしたか?

2019年3月にオープニングイベントが行われたのですが、それまで関わってきた地元の方たちで大盛況でしたね。例えば開業前の「多賀語ろう会」で行った企画の中に、地元の伝統料理や食材をつかったレシピをつくって食べるというものがあったのですが、オープニングイベントではそれがさらに発展して1日限定のカフェになりました。「多賀語ろう会」の伝統料理を取り入れたランチプレートは、すぐ完売になるほどの人気で。また当日はボランティアで中高生が参加するなど、子供たちが関わってくれたのも印象的でした。せっかく公共施設をつくるのだから、みんなで完成を待ち望んで、そこに参加する、そういう状況が増えるといいですよね。

地域との関係性を生み出す、開かれたオフィス

—o+hのオフィスは今年1月にリニューアルされたばかりですよね。1階の道路に面していて、オープンな佇まいが特徴的です。これにはどんな意図があるのでしょうか?

今は建具が入っていますが、以前は外と中を隔てる物はシャッターしかありませんでした。僕らが入居する前は、ここはガレージだったんです。だから、シャッターを開けると八百屋さん状態(笑)。そのオープンな状態で仕事をしていると、騒音や埃の問題など面倒なこともあるのですが、面白いことも起こるんです。例えば、近所のおじさんがふらっと入って来られて、浜町の歴史について1時間くらいしゃべって帰られたり、社会科見学か何かで歩いていた子どもたちが突然ドドドドっと入って来たり。シャッターを開けることで外の世界とつながって、地域との豊かな関係性が生まれるんです。

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o+hのオフィスの1階。あえてオープンな環境にし、地域との関係を大事にしている

—その「外の世界」、つまり日本橋浜町は百田さんにとってどんな街でしょうか?

タワーマンションやオフィスビルもあるけれど、一歩路地に入ると一階がものづくりの場、上が住居みたいな職住近接の小さなビルもたくさんあって、飲食店もある。多様な人々を受け止めてくれる街だなと感じています。浜町のようにいろいろなものが混在しながらもバランスが取れている街は、実はあまりないような気がします。

街って便利さや快適さだけを追い求めていくと、どんどん綺麗に新しくなってしまいますよね。そうすると新しい街に合う人しかいなくなってしまいます。そうではなくて、新しいビルもできるけれど、古いビルも残っていて、新陳代謝しながらもいろいろな人がいる。そういう環境があると面白いことが起こりやすくなる気がします。だから、現在の状況がこのまま続いて欲しいですね。

—o+hとして、浜町という街と何か取り組まれていること、取り組んでみたいことなどはありますか?

「街づくりをやります!」というような形ではなくて、楽しくてやっていることが自然と輪になって広がっていくくらいの状況がいいなと思っています。実は浜町に引っ越してきたのも、地域と関わりが持てそうな場所だと感じたからなんです。それまでは都内のマンションの5階に事務所を構えていました。当時、東日本大震災後の復興プロジェクトに携わっていたのですが、東北では地元の方々とディスカッションをしながら建築をつくっているのに、東京に帰ってくると隣に誰が住んでいるのかもわからない。それが不自然に感じていました。そんなときに見つけたのがこの場所です。本当にただのガレージだったんですけど、事務所として使おうと決め、2014年に引っ越して来ました。

ビル自体のリニューアルをするにあたっては、さすがにもとのままの八百屋さん状態では夏は暑いし、冬は寒いということで、扉を付けて建具を入れましたけど(笑)。でも、一階を街に開いた場所にするというのは変わらずにやっていこうと思っています。リニューアルからまだ数週間しか経っていないので、実際に何ができるのかはこれからですが、例えば、スケッチ教室をやったり、花の販売をやったり、友人が集まってディスカッションをやったりと、地域の人もお招きして何か面白いことができればと思っています。

—この大きなテーブルも印象的ですよね。いろいろ活用の幅が広そうです。

1階は打ち合わせをしたり大きな模型を制作したりするときに主に使っています。そういう仕事の風景も街から見えるのがいいなと思っています。

対して2階は完全な事務所として使用しています。よく仕事が煮詰まったときに興味のある建築を見に行って、自分の仕事の新たな価値に気づくことがあるのですが、そんなふうに「働く」と「学ぶ」が一体となった事務所になればいいなと思って、1階と2階とは違う雰囲気の場所となっています。

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住む人々を讃えるような、タフな建築を目指して

—最後に、今後の目標を教えてください。

建築は土地に根ざしたものなので、その土地でしかできないことが必ずあると思っています。その場所が持つ個性やそのまわりの環境が持つ個性、そこで暮らす人々の個性、そういうものを大切にして、そこに住む人を讃えるような建築をつくっていきたいですね。

また、建築は長い年月にわたって、様々な人に使われて行くので、その時間に耐えうるタフなものでなくてはいけないとも思っています。タフというのは物理的に強度があるということだけではなく、アイディアとか発想がタフということです。建築をつくるとき、施主からさまざまな要望をもらいますが、その要望は数年で変わるかもしれません。だから、そういう変わってしまうかもしれない要望の向こうにある揺るがない価値ってなんだろうかと考えます。例えば、未来の人も過去の人もこの空間を見たら面白いと感じるだろうか?いつの時代も変わらない空間の魅力とは何だろうか?とか。そういうものを探しながら、これからも建築を行っていきたいと思っています。

取材・文:阿部伸(アリトリズム編集部) 撮影:岡村大輔

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