新進気鋭のシェフが江戸の食の四天王を新解釈。伝統の味を進化させた調理実演&トークショー。 ―日本橋FOOD SESSIONレポート vol.2―
新進気鋭のシェフが江戸の食の四天王を新解釈。伝統の味を進化させた調理実演&トークショー。 ―日本橋FOOD SESSIONレポート vol.2―
「SAKURA FES NIHONBASHI」の催しの一環として開催されたトークショー&調理実演パフォーマンス「日本橋FOOD SESSION」。誠品生活日本橋「 誠品生活市集COOKING STUDIO」にプロの料理人を招き、“おうちで楽しむ食”をテーマに、江戸にまつわる料理や食材をライブで調理しながら学ぶという企画です。
4月4日(日)に開催されたCLUB RED DAYには、35歳以下の日本最大級の料理人コンペティションRED U-35で優秀な成績をおさめた料理人が所属する「CLUB RED」から、江口直樹さん(懐石料理 紀仙)、野田達也さん(nôl)が登壇。それぞれ日本料理とフランス料理を専門とする2人が、江戸の食の四天王と呼ばれる鮨、天ぷら、鰻、蕎麦の四品の新解釈を披露しました。キッチンの傍らで解説を担当したのは、在ドイツ日本大使館での料理長という経歴も持つ「割烹 日本橋 とよだ」の店主、橋本亨さん。完成した料理はもちろん、調理しながら語られたお三方の知識の数々にも注目です。そして司会は公益社団法人日本料理研究会の三宅健介さんと、食のエキスパートたちによる今回の協演。当日の模様をダイジェストでお届けします。
■江口直樹さんによる鮨・鰻料理
セッションの前半は、日本料理/江口直樹さんによる「鮨」と「鰻」をテーマにした実演です。
東京・竹ノ塚の「懐石料理 紀仙」にて腕をふるう江口さんは、京都の名店「祇園丸山」を経て在スロバキア日本国大使館の公邸料理人や、モルディブの五つ星リゾートホテル「Soneva Fushi」で料理長を経験。「やはり外国でも日本食と言えば鮨というイメージは強く、鮨をリクエストされる機会は多かったですね。その土地で手に入るベストな材料を探して挑戦しました」と、自らの経験を振り返っていました。
「江戸時代のサイズ復元 桜すし」を仕上げる江口さん。繊細な盛りつけにも注目
【江戸の食の四天王その1:鮨】
そんな江口さんが一品目に取り掛かったのは、旬の食材「桜鯛」を使用して江戸時代の鮨を再現した「江戸時代のサイズ復元 桜すし」。使用する鯛の切り身は昆布締めにし、桜の葉の香りをつけたものを使います。
今回の桜鮨で特筆すべき点は、シャリの大きさ。
現代の一般的な鮨に比べてかなり大きめに作られていますが、これは「江戸前」を意識してのことだそう。
橋本:「昔の江戸前鮨は、今よりずっとシャリが大きかったんです。お鮨というとかつては一皿に2個乗っているものでしたが、これはもとは1個の鮨を食べやすいよう2つに切り分けて出した名残だと言われています」
「割烹 日本橋 とよだ」の橋本さん(左)。伝統料理を熟知した橋本さんのトークには学びがいっぱい
江口:「現代の一般的な鮨のシャリの量は、1個当たり約15g。それに対して昔の江戸前鮨のシャリの量を文献で調べてみると、1個あたり約50gでした。今回はこの伝統的なサイズを再現することで、小さく食べやすい現在の鮨に対してあえて革新的なアプローチをしたいと考えました」
昆布締めによって旨味が移った桜鯛は少し白さを帯び、皮目の桜色がより一層引き立ちます。まさに皿の上で桜が咲いたような、美しい鮨の完成です。
鯛の昆布締めの準備。昆布と桜の葉を用いる
<実演レシピ>
1.「江戸時代のサイズ復元 桜すし」
① 鯛を三枚に下ろし、約1日魚用ペーパーで水分を抜きながら寝かせる。
② 鯛をそぎ造りにして、水で戻した昆布と塩抜きした桜の葉で挟み約半日寝かせて昆布締めにしておく。
<POINT>昆布締めに使用する昆布は軽く水で戻し、水気を切ってから使う。そうすることで鯛の水分を保ったまま旨味を移すことができ、しっとりした切り身となる。
③ ご飯を炊き、すし酢(赤酢+塩+砂糖)を混ぜてすし飯を作る。
④ すし飯に桜の花のフレークと塩抜きした桜の葉を刻んで混ぜる。
⑤ 1個50gでシャリを握り、昆布締めにした鯛を3切れ乗せて形を整える。
⑥ 皿に盛りつけ、最後に塩抜きした桜の葉と桜の花で飾って完成。
「江戸時代のサイズ復元 桜すし」の大きさは、現在の一般的なシャリの3倍以上
【江戸の食の四天王その2:鰻】
続いて江口さんが取り掛かったのは「手づかみ鰻サンド」です。
お弁当を持ってお花見に出かけたい季節ならではの発想で、「手づかみで食べられるうな重」をコンセプトに考案されたそう。いったいどんな料理になるのか、期待が高まります。
本来ならば鰻は炭火で焼き上げたいところですが、会場は炭火が使用できないため今回は仕上げをフライパンでアレンジ。しかし会場内にはしっかりと鰻の香ばしい香りが漂い、観客の食欲を刺激します。
事前に炭火で白焼きにした鰻を少量の油で皮目のみパリッと焼いていく
橋本:「関東は武士文化の根づく土地なので、切腹を連想させる腹開きはせず、背開きで調理すると言われています。一方、商人文化の根づく関西では“腹を割って話す”という意味を込めて腹開きが好まれるという説があるんですよ。」
江口:「鰻の蒲焼きの語源は、植物の蒲(がま)だそうです。昔は鰻の身を開かず、丸のまま串に刺して焼いていたのですが、その姿が蒲の穂のように見えたことから蒲焼きという名前に転じたのだとか。」
名前の由来や東西での調理法の違いなど、食材にまつわる知識が次々に披露されるトーク。 そこに隠された歴史を知ってからいただくと、また格別の味わいです。
<実演レシピ>
2.「手づかみ鰻サンド」
① 活けの鰻を、70℃のお湯で10秒霜降りして氷水に落とし、表面のぬめりをこそげ落とす。
② 鰻を背開きにして、酒塩をスプレーであて、水気を取り、ペーパーに包んで一日寝かせる。
③ 鰻に串をして炭火で白焼きにして、20分蒸す。
④蒸し終わった鰻の骨を抜く。
<POINT>鰻の骨を骨抜きで取り除き、口当たりをよくする。
⑤ご飯に鰻のタレと胡麻をまぜる。
(※鰻のタレ:鰻の中骨を焼き、鍋に骨と調味料を入れ、85℃で1時間ゆっくりアルコールを飛ばしながら火をいれて漉す)
⑥白焼きを切り分け、フライパン(テフロン)にうすく油を入れて、皮を下にして弱火で5分ほど皮がパリッとするまで焼く。
⑦煮詰めたタレを鰻の身の方だけ塗る。
⑧⑤のご飯を握り、皮を外側にして鰻で挟み、三つ葉で結ぶ。仕上げに実山椒を振る。
⑨食べる前に海苔で巻いて、手づかみで召し上がっていただく。
(※海苔を添えることで食べやすくなるだけでなく、ビタミンCを補って栄養バランスも向上する。味が足りなければ、タレを付けながら召し上がっていただく。)
三つ葉の茎がサンドの崩れを防ぎ、爽やかな緑を添える
完成した「手づかみ鰻サンド」(左)。のりで包んで手軽に食べられるカジュアルな一品
■野田達也さんによる天ぷら・蕎麦料理
【江戸の食の四天王その3:天ぷら】
橋本さんと司会・三宅さんによるトークと調理スペースの転換を挿み、後半はフランス料理を専門とする野田達也さんのパフォーマンスへと進みます。
フリーランスの料理人として各地で活動する傍ら、日本橋馬喰町に先日オープンした「nôl」のディレクターも務めるフランス料理シェフの野田さん。「どうしてこの企画に僕を呼んでいただいたんだろう?と不思議でした」と謙遜しつつも、「天ぷら」と「蕎麦」という伝統的な日本料理を柔軟な発想で調理してみせてくれました。
フレンチやフュージョン料理を得意とする野田達也さん
野田さんの一品目は、「革新的な天ぷら」をテーマにしたゼッポリーネ。イタリアの揚げ物=ゼッポリーネと天ぷらをクロスオーバーさせ、春の香りを閉じ込めました。今回はあおさ風味と桜えび風味の2種類を作っていきます。
この日使われた桜えびは、まさに春が旬の食材。「甘えびを使おうかとも思ったのですが、先日ちょうど初漁で桜えびが獲れたという情報が入ったので今回は桜えびを使いました。やはりこの香りは春を感じますよね」という野田さんの言葉通り、キッチンからは桜えびの香ばしさが漂ってきます。
野田:「日本以外の国ではあまり海藻を食べる文化がないのですが、このゼッポリーネはイタリアの郷土料理で、海藻を混ぜ込んだ衣を楽しむ料理なんです。海藻と昔からある揚げ物というところから今回、天ぷらというテーマに対してゼッポリーネを連想しました」
橋本:「私が在ドイツ日本大使館料理長をしていた時も、天ぷらは大変好まれた料理でした。生ものには抵抗があるドイツの人々にとってやはり食べやすいんでしょうね。海老やマッシュルーム、ホワイトアスパラなどの天ぷらをお出ししました」
スロバキアでもやはりホワイトアスパラは人気があり、天ぷらとして供した経験があると江口さん。旬の野菜を揚げて楽しむのは、日本もヨーロッパも同じですね。なお、今回の生地には白玉粉を混ぜ、もちっとした食感をプラスしているとのこと。春の香りともちもち食感、両方を楽しめる和風ゼッポリーネの出来上がりです。
<実演レシピ>
3.「桜えびとあおさのゼッポリーネ」
① 強力粉、白玉粉、ベーキングパウダー、イースト、水などを合わせ基本の生地を作る。作った生地は2時間ほど冷蔵庫で寝かせ発酵させる。
<POINT>きめ細かい生地にしたい時は、イーストを混ぜ込んだあと低温でじっくり寝かせる。
② 揚げ油の余熱を始める。寝かせた生地を二つに分け、片方にあおさ、片方に桜えびと桜の花の塩漬けを混ぜ込む。
③ 生地が混ざったらスプーンで油に落としていく。
<POINT>揚げはじめの油の温度は高めに設定して、生地をふわっとさせる。食材を入れると温度が下がるので、揚げ上がりの直前に再度温度を上げることで生地の中に入り込んだ油を出し、からりと仕上げる。
④ トング等で返しながら全体の色を見つつ、3~4分程度揚げ、バットに上げる。
⑤ 皿に盛りつけ、桜の花や葉で飾って完成。
桜えびを混ぜ込んだ生地。手早くスプーンで油に落としていく
あおさのゼッポリーネ。海苔の香りに、お酒も進みそう
【江戸の食の四天王その4:蕎麦】
野田さんの2品目は、そば粉を使ったタコスです。そば粉を使ったフレンチといえばガレットが有名ですが、今回はメキシコ料理にヒントを得て、タコスに使用するトルティーヤ生地をそば粉で作ることに挑戦しました。「鴨南蛮そばタコス」と「100年タコス(もの凄い鯖とぬか漬け)」という、和風タコス2種を仕上げます。
日本橋・馬喰町が発祥と言われる蕎麦メニューの「鴨南ばん」。それを大胆にもタコスにアレンジしたのが「鴨南蛮そばタコス」です。葛でとろみのついた出汁が具材にからみ、口の中で蕎麦や葱の香りとしっかりマッチします。
しかし、そば粉トルティーヤはきれいに伸ばすのが難しかったと野田さん。本場メキシコのトルティーヤはトウモロコシ粉で作りますが、そば粉もトウモロコシ粉と同様に粘りが弱く破れやすいのです。そんな話の流れで、橋本さんからこんな豆知識も飛び出しました。
橋本:「つなぎに小麦粉を入れる前の昔の蕎麦は、茹でると千切れてしまうため、せいろに入れて蒸す『蒸し蕎麦』が主流だったそうです。現在でも盛り蕎麦を“せいろ”と呼ぶのはその名残なんですよ」
そして「100年タコス(もの凄い鯖とぬか漬け)」で薬味と彩りの役割を果たすのがサルサソース。キュウリ、パプリカ、ウイキョウなどのぬか漬けを刻んで梅酢と混ぜたもので、脂ののった鯖に爽やかな酸味をプラスします。
野田:「僕はぬか漬けが好きで自分でも漬けているのですが、使っているぬか床は100年ほど前から引き継がれているものです。それから今日使用した鯖の干物も、干す前に100年以上継ぎ足し続けている液に漬けています。今回のそば粉タコスは“100年タコス”じゃないですけど、長く大切に受け継がれてきたもの新しく形を変えて、みなさんにお楽しみいただけたらと思います」
左:「鴨南蛮そばタコス」、右:「100年タコス(もの凄い鯖とぬか漬け)」
<実演レシピ>
4.そば粉のタコス2種「100年タコス(もの凄い鯖とぬか漬け)」、「鴨南蛮そばタコス」
① そば粉に水と少量の塩、オイルを合わせて練る。そば粉トルティーヤ生地を丸めて押し潰すように伸ばし、丸く成型する。
<POINT>そば粉トルティーヤを成形する際は一度丸めて真上から押し潰すように伸ばす。
② そば粉トルティーヤ生地をフライパンで焼く。油は使わず、3分ほど焼いて両面に軽く焼き目をつける。
③ 「鴨南蛮そばタコス」用の具を準備する。(今回は会場で炭火が使えないため、鴨肉の炭火焼きと長ネギの焼きびたしはあらかじめ用意。)
④ 「鴨南蛮そばタコス」用の葛入り出汁を小鍋で温める。鴨肉はそば粉トルティーヤ生地を焼いたフライパンの余熱で軽く温める。
<POINT>鴨南蛮そばタコスの出汁にはフェンネルシード(ウイキョウ)などのスパイスをアンフュージョン(煎じること)させ清涼感のある香りをつける。
⑤ 出汁が温まったら鴨の切り身と一口大に切った焼きネギをくぐらせ、そば粉トルティーヤ生地に盛りつけて「鴨南蛮そばタコス」の完成。
⑥「100年タコス(もの凄い鯖とぬか漬け)」用の具を準備する。鯖の干物を一口大に切る。ぬか漬けはみじん切りにし、梅酢を合わせてサルサソースを作る(焼き茄子のピュレも事前に準備。)。
⑥ そば粉トルティーヤ生地に焼き茄子のピュレを敷き鯖を乗せ、ぬか漬けサルサソースをトッピングして「100年タコス(もの凄い鯖とぬか漬け)」完成。
それぞれに経験豊富な料理人のお三方。調理の合間のトークも弾む
日本橋と江戸の食にも新しい風が吹き込んだ今回のイベント、詳しくはこちらの動画でもお楽しみください。
取材・文:中嶋友理 撮影:岡村大輔