Interview
2021.06.02

馬喰町から神田・錦町へ。“街の案内所”神田ポートビルに込められた想い。

馬喰町から神田・錦町へ。“街の案内所”神田ポートビルに込められた想い。

築56年の印刷会社の旧社屋を改修し、街づくりの新たな拠点として神田錦町にて4月にグランドオープンした複合施設「神田ポートビル」が話題です。そのテーマは「アカデミック」と「ウェルビーイング」。地下1階には株式会社ウェルビーが運営する「サウナラボ」、1階には株式会社ゆかいのオフィスとパブリックスペース「神田ポート」、2・3階に「ほぼ日の學校」、4〜6階にはこの地で100年以上印刷業を営んでいる「精興社」が入居し、ユニークなコラボレーションプロジェクトとして多くの注目を集めています。この施設はどんな構想で生まれたのか?街においてどのような存在を目指すのか?今回は、日本橋・馬喰町から拠点を移し「神田ポートビル」のクリエイティブディレクターを務めている、株式会社ゆかいの池田晶紀さんにお話を伺いました。

多くの出会いを経験したから、「出会える場」を作りたかった

―まずは池田さんの活動内容を教えてください。

僕の本業は写真家で、株式会社ゆかい(以下、ゆかい)の代表として、写真をはじめデザイン、プロモーション、ブランディングなど幅広く仕事をしています。それらの仕事の共通軸はすべて、人に会うこと=「出会い」だと感じてきました。たくさんの良い出会いを経て、今度は自分たちで「出会いの場」を作りたいと考えて実現したのが、今回のプロジェクト「神田ポートビル」です。

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「神田ポートビル」クリエイティブディレクター 池田晶紀さん。移転先を5年ほど各地で探していたところ、このプロジェクトの話に出会ったそう

―具体的にはどのような流れで「神田ポートビル」のプロジェクトは進んだのでしょうか?

これもまたいろんな人との出会いが重なって。今回のビルにもサウナが入りましたが、僕自身サウナが大好きで、その魅力を伝えるためにフィンランドのサウナ文化の発信を目的とした「一般社団法人フィンランドサウナクラブ」という団体も作っています。その活動の一環で毎年イベントを開催している「フィンランドヴィレッジ」という場所があるんですが、今回の「神田ポートビル」プロジェクトのキーマンたちは、実はそこで繋がったサウナ仲間なんです。「サウナラボ」を主宰している(株)ウェルビーの代表・米田行孝さん、建築家の藤本信行さん、そして(株)ほぼ日の代表・糸井重里さん。この出会いがプロジェクトに結びついたことが、「神田ポートビル」が今の形になるきっかけとなりました。

―様々な業界で活躍される方々が集まられたのですね。それぞれの繋がりをもう少し詳しく教えてください。

当時藤本さんは、このビルのリノベーションの話をディベロッパーである安田不動産さんと進めていました。“神田の街に根付いているアカデミックな文脈を生かしつつ、都市で働く人の心や体が癒せるような施設”を考えられていて、藤本さんはその構想の中心にサウナを置こうと考えた。それで僕に相談が来て、ならばサウナのプロに聞こう!と藤本さんを米田さんを紹介し、サウナ好きの間では知らない人がいないであろうウェルビーが手がける「サウナラボ 」の関東初出店に繋がりました。

一方、糸井さんとはもともとお仕事でも繋がっていたのですが、今回のプロジェクトが進む中でよく「あのビルの構想ってどうなっているの?」と気にかけてくださっていたんです。ものを書く人や作る人にとっては、この界隈は老舗の紙専門店や古本屋さんがあって、何かと気になる場所なんだそうで。それで先ほどの構想を説明しつつ、リノベーション前のこのビルを案内したら、「ここに(ほぼ日の)学校が来たらいいかもな」とおっしゃってくださいました。そこからどんどん話が進んで、「ほぼ日の學校」として入ってくださることになったんです。

サウナフェス

長野県・小海町にあるフィンランドヴィレッジ。2019年までは年に一度、日本最大級のサウナイベント「SAUNA FES JAPAN」が開かれていた (画像:SAUNA FES JAPAN公式ページより)

―「アカデミック」と「ウェルビーイング」という2つのテーマにぴったりな人たちが集まってきたのですね。

そうなんです。多くの人が携わっているから、このビルにはプロデューサーだらけで(笑)。そのくらい皆にとって思い入れの強い場所です。僕も最初はアドバイザーとして参加するつもりが、いつの間にかここに引っ越すことになったし、さらにはこのビルのクリエイティブディレクターになっていました。

―引っ越す前は日本橋・馬喰町で活動されていましたよね。

今まで12年間日本橋・馬喰町に活動の拠点を置いていたのですが、ここ数年は新しい場所へ引っ越すことを考えていたんです。拠点が変わることで、その場所に適応するべく新しい視野が見えて、自分たちの動きも活発化するというのが僕の考えで。溜まっていくものをクリアにする“断捨離”の考え方に近いですかね。ちょうどその変化を望んでいたタイミングで今回の話と出会ったんです。

サウナを仲介役にした、「街の案内所」

―「神田ポートビル」には写真館が併設されていて、外からも見える大きな写真が印象的です。

僕の実家も写真館を営んでいるのですが、父が写真を撮っている傍らで母が同じ場所で化粧品屋をやっていて、美容と撮影がセットになっているお店でした。そういう環境で育って、写真館と何かを組み合わせることで出会いの機会を増やしたり、特別な経験を提供したりという“仕組み”を、僕も何らかの形で継承したいとずっと思っていたんですよ。そしてそれは僕の場合“写真館+サウナ”という形でした。今回こうして実現できたのは嬉しいですね。

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神田ポートビル1Fにある「あかるい写真館」のスタジオ。ギャラリースペースも兼ねたスタジオになっている(画像提供:ゆかい)

―馬喰町時代からずっとアートに携わる活動もされていますが、ここにも“アート+サウナ”という狙いがあるのでしょうか?

はい。99年から約20年間にわたって、ゆかいは「ドラックアウトスタジオ」というオルタナティブスペースを運営してきました。現代アートの制作現場とギャラリーを街中に作ることで、アートと地域の人々が交わる場所を築きたいと思っていたんです。馬喰町でもその試みを実装し、様々な展示やトークショーなどを開催してきましたが、地域の人がアートに気軽に触れているという実感がなかなかなくて。アートに対する敷居がどうすれば解消されるのかずっと考えていたんですが、もっと気楽にドアを叩いてもらうには“仲介役”が必要だな、と思い至りました。その仲介役が今回のサウナです。サウナがあることで間口が広がり、アートや写真館に触れてもらう機会が増えたらいいですね。

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1Fの「神田ポート」と、B1Fの「サウナラボ」には、様々な現代アートが楽しめる仕掛けが(画像提供:ゆかい)

―サウナが仲介役になるといろいろな人が訪れそうですし、思いも寄らない出会いがここで生まれそうです。

そうですね。訪れる人が増えて、ここが「街の案内所」のような存在になったらいいな、と思っています。地域の人たち同士の交流の場になるのももちろんですが、外から訪れた人と神田という街を繋ぐきっかけにもなりたい。人と街、人と人が繋がる環境を仕掛けることで、この街にもっと新しい価値を生み出していきたいですね。

―「街の案内所」って、なんだかわくわくします。

何度も施設の方向性のすり合わせを繰り返す中で、糸井さんから「港(ポート)をスローガンにしてみない?」という提案がありました。船が港に立ち寄るようにみんながこの場所にやってきて、僕らはここでその人たちに街の魅力を伝える。コロナ渦を経て、多くの人が集まる=成功という価値感ではなくなっていく中で、来る人を継続的に迎え入れ、送り出すことがこれからの価値になると考えたんです。だから「街の案内所」や「港」のような、人が気軽に立ち寄れる場所としてここが存在できればと思っています。

―気軽に立ち寄りたくなる場所にするために、特にこだわったのはどんなことでしょうか。

ソーシャルディスタンスが求められたり、インターネット主体のコミュニケーションが多くなっている今の世の中だからこそ、「神田ポートビル」は“手触り”が印象に残る場所にしたいと考えました。

施設には“公園型”と“遊園地型”があると思っていて、乗り物にこうして乗ってくださいというルールがある遊園地型に対して、公園型にはそれがありません。滑り台があっても、上から滑ろうが、ぶら下がろうが、下から登ろうが基本的には自由。この場所も、どう使ってもらうかを来てくれた人に委ねる“公園型”にしたくて。匂いを嗅ぎたくなる、触りたくなる、寝そべってみたくなる・・・など子供のころから持っている本能を掻き立てるような、“五感への誘い”をところどころに仕掛けることで、自由に楽しんでもらい、一人一人の記憶に刻まれたらいいなと思っています。

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1F「神田ポート」は思い思いの過ごし方ができるようなスペースになっている

日本橋にはサウナを。神田にはトキワ荘を。

―日本橋の東地区から神田にかけては、近年クリエイターも増えている地域ですが、創造性が必要とされる彼らの間でもサウナファンが増えている気がします。

僕は、サウナを“強制的体感優位”と呼んでいて。熱い、冷たい、という体感が、脳で何かを考える以前に強制的にやってくる環境がサウナなんです。でもその強制的体感があるからこそ、脳を休ませることができる。脳が自然に考えるのを止められる時間は、人間にとって大事なリセットの時間で、特に脳が疲れがちな現代の都市生活者には必要なことだと思うんです。でも、特に僕らのようなクリエイティブを仕事にしている人たちは、感じることや“気づき!”が仕事なので、日常生活の中でリセットの機会があまりなくて。だからこそ“強制的体感優位”の時間を意識してとることが必要になる。ファンは増えるべくして増えているんだと思いますね。

―このご時世でリモートワークも増えていますし、ストレス発散やリセットという面では、サウナ人気は今後も続きそうですね。

時間に振り回されながら生きている人たちも、サウナでは一人で自分と向き合うという贅沢を味わって欲しいと思っています。科学的・身体的には、血の巡りが良くなることでセロトニンが脳に分泌され、自己肯定感を得られるとも言われています。日本ではまだまだ裸のおじさんの我慢大会のようなイメージもあるかもしれませんが(笑)、もっと違う面があるということを多くの人に知ってもらいたいですね。

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B1Fのサウナマーケットには、オリジナルグッズのほか、フィンランドから輸入したアメニティなども揃っていて、見るだけでもたのしめる(画像提供:ゆかい)

―日本橋の人たちにとっても、新しいサウナのあり方を見せてくれる「神田ポートビル」は気になる存在だと思います。

サウナって、都市型サウナと森の中のサウナと主に二種類あるんですが、前者はストレスの多い都会でも森のようなリフレッシュ空間を作ることを目指したもの。だからビジネスマンを始め多種多様な現代人が集まる日本橋のような街は、都市型サウナの立地としてはとても適している街なんです。都会で働く人にこそ、人間の野性的な感覚、本能的な部分を取り戻させてくれるサウナを体感して欲しいですし。日本橋にはまだサウナはありませんが、おいしいお店がたくさんある街でもあるので、まず好きなものを食べて街歩きをしたあとサウナで休憩する。これだけで十分な息抜きになって、また働ける活力になると思いませんか?ぜひ日本橋にもできて欲しいですね、サウナ。

―今後街を舞台にやってみいたいことはありますか?

この辺りは居住者が少ない地域なのですが、今回「神田ポートビル」ができたことによって、新しく住みたいと思ってくれる若い人が増えるように、街づくりの一端を担っていきたいと思っています。糸井さんとも話していたのですが、例えば若いクリエイターが集まる現代版“トキワ荘”のような場所が仕掛けられたらおもしろいなと思っていて。クリエイターが住める環境を作りつつ、ここに行けばこのデザイナーに会える、あそこのビルにはスタジオがある・・・など、ビルや施設ごとに特色があって人の顔が見える状態になったらいいな、と。クリエイターにとって居やすい場所、そのクリエイターに外から会いに来たくなる仕組みを作っていきたいです。

03スクエア

日本橋三越の「天女(まごころ)像」

一度見たら忘れられない、日本橋三越本館1階中央ホールから吹き抜けの5階に届くようにそびえる天女の像。初見でその大きさに度肝を抜かれ、しばしば「すっげー!」と言いたいがために足を運びたくなる、迫力と魅力をもっている。とんでもないものを見たくなったときに訪れます(笑)

取材・文:古田啓(Konel) 撮影:岡村大輔

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