Collaboration TalkInterview
2021.06.16

老舗「日本橋とよだ」×新店「nôl」。
日本橋で食を究めるシェフ2人が語る、新時代の飲食店の在り方。

老舗「日本橋とよだ」×新店「nôl」。
日本橋で食を究めるシェフ2人が語る、新時代の飲食店の在り方

老舗「割烹 日本橋 とよだ」店主の橋本亨さんと、2021年4月にキッチンスペース「nôl(ノル)」をスタートしたフレンチシェフの野田達也さん。お二人は先日開催されたトークショー&調理実演パフォーマンス「日本橋FOOD SESSION」に登壇し、それぞれの視点から江戸料理を解釈・解説され、好評を博しました。伝統と革新が交わる日本橋で、時代に合わせながら愛されるお店の在り方とは? 今回の対談では、イベントでは語られなかったお二人の素顔を垣間見られる話題も飛び出し、和やかな時間となりました。

脱サラしてたどり着いた、人を幸せにする料理人という仕事

―まずは野田さんの経歴を教えてください。

野田達也さん(以下、野田):僕はもともと料理とは違う職種のサラリーマンとして働いていて、半導体関連の開発部門にいました。それがある時、夜中に一人でパソコンとロボットに囲まれながら仕事をしていて、ふと「自分はここで何をやってるんだろう?」と思った瞬間があって。もちろんテクノロジーもどこかで人の役に立つものではあるけれど、その時は自分の仕事の先にいる人の顔が見えにくかったのもあって、誰のためにがんばっているのわからなくなってしまったんですね。それでもっと人に喜ばれる仕事をしたい、それは美味しいものを作ることで叶えられるのではないか?と考えて料理の道に進みました。それから地元・福岡の調理学校に1年間通い、上京して2年ほど修行して、パリに渡りました。その後数年はパリとの行き来を経て、2020年に日本に帰ってきました。

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nôl プロデューサー/シェフの野田達也さん

―その後、2021年4月に日本橋DDD HOTEL内にあるキッチンスペースnôlをオープンされます。ここ日本橋で開業するに至った経緯は?

野田:ちょうどパリから帰国する時に、もともと面識のあった武田さんというDDDホテルのオーナーから「日本橋に新しくできたシークレットキッチンスペースを見に来ないか」とお誘いをいただいて。それで空港に降り立ったその足で直接ここへ見に来ました(笑)。まだ運用方法は定まっていなかった段階でしたが、武田さんの馬喰町への強い思いや構想に興味をひかれる部分があり、ここでやることを決めました。だから僕が日本橋という場所を選んだというより、場所に僕が選んでもらった気がします。

僕たちはnôlを「レストラン」とは謳っていなくて、キッチンスペースと呼んでいます。もともとここは一般営業をしないレストランとして、料理人やパティシエが集まって新しい化学反応を起こす場所としてスポット営業をしていたのですが、その期間を経て一般のお客様にもお料理を提供することになりまして。なので実験的な要素を残す意味でも“キッチンスペース”という名前にして、いろいろなことを発信できる場にしていこうと思っています。

―nôlではどんなお料理がいただけるのでしょうか?

野田:フレンチを主軸に、野菜を中心にしたおまかせコースをお出ししています。二部制で、一部はコースのみ、二部からはアラカルト利用できます。(※最新情報はInstagramをご確認ください)

料理を作るにあたっては、シンプルなことですが食材を無駄なく使って美味しい料理をお客様に届けるということを大切にしています。いわゆるサステナブルという考え方なのかもしれませんが、食材に対する感謝、食べ手に対する感謝、自分が今こういうことに関われていることに対する周囲の人への感謝の気持ちを持っていると、自然とそういうスタンスになるのではと考えております。お店の厨房に並べている瓶には乾燥させた野菜の皮や切れ端が入っているのですが、これも料理で使ってお客様にお出ししています。実際にお見せして味わうという体験を通して思いを伝えると、やっぱりお客様に響くようですね。

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nôlのオープンキッチンに並ぶ、乾燥させた食材たち。単なるディスプレイではなく実際の料理にも使われる

遊び場だった調理場で学んだ、食材を大切にする心

―つづいて橋本さんにもお伺いします。日本橋とよだの歴史について、簡単にお聞かせください。

橋本亨さん(以下、橋本):一番古い記録では、文久3年(1863年)に屋台で鮨屋をやっていたことがわかっています。その後、明治5年に現在のコレド室町テラスがある一角にお店を持って、そこで100年ほど続きました。その当時は鮨と料理屋の兼業だったのですが、当時の料理屋の仕事はお店に来るお客に料理を出すのではなく、仕出しが中心。あの辺は大店や製薬会社が多いところでしょう。全国から買い出しに来る業者さんたちを大店が接待するために仕出しを注文するので、その出前で店が大きくなったそうです。それから昭和36年に、今の場所(2021年6月現在改装中)に移転したのをきっかけに日本料理専門の料理屋となり、現在に至ります。

―脱サラしてシェフになった野田さんとは対称的に、橋本さんは代々続く老舗の五代目でいらっしゃいます。料理人としての歩みをお聞かせください。

橋本:僕は子供時代から調理場が遊び場みたいなものでね。日本橋って子供の遊ぶところがあんまりないし、住まいが店の上だったから、学校から帰ってくると調理場で遊ぶのが一番楽しかった。早く包丁を持たせてもらいたいなとずっと思っていました。

―家業を継ぐかどうか、悩まれた時期はなかったのですか?

橋本:ありませんよ、だってくれると言われているものをもらわないなんて、そんな馬鹿な話ないでしょう(笑)。継げる立場にあるんだから、絶対やった方がいいと思っていました。それに子供の頃から料理人の仕事を見ていて、料理が好きでしたしね。 うちの親父(四代目)は料理人ではなく社長業に専念していたので、僕は早いうちから厨房に立つ形になりました。浅草の老舗料亭で修行させてもらったり、ドイツ大使館の公邸料理人を経験したりと、いろんなことをやらせていただきました。

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「割烹 日本橋 とよだ」五代目の橋本亨さん

―先代から受け継いできた歴史あるお店を運営していくにあたって大切にされていることはありますか?

橋本:野田さんもおっしゃったけど、美味しいものを作ることはもちろん、食材を大事にすることは本当に大切だと思います。私が修行したお店では『使えるものを捨ててないか』という親方のゴミ箱チェックがあったくらい、厳しく叩き込まれました。気持ちを込めて大事な素材を綺麗に使い尽くすのは、料理人の一番重要なところ。それが野田さんのような若い世代にもしっかり受け継がれているのはすごく嬉しいというか、頼もしいと感じますね。

お客様の顔が見えるお店で、丁寧なコミュニケーションを

―それぞれのご経歴を辿ってきたお2人が共演されたのが、先日のSAKURA FES NIHONBASHIでのフードセッションでした(関連記事はこちら)。当日を振り返っての感想や、イベントで得た気づきを教えてください。

野田:「江戸の食の四天王」というテーマと料理自体も勉強になりましたし、関連した土地の文化や歴史を改めて知ることができました。僕はフレンチを主軸にはしていますが、これからに繋がるヒントも多く、あのイベントをきっかけに勉強して知ったこともたくさんありました。例えば馬喰町が鴨南蛮そばの発祥地ということも調べて初めて知ったことのひとつだったので、当日のお料理にも取り入れさせていただきました。あとは、橋本さんの風格にビックリしました(笑)。僕、お相手として人選的に大丈夫なのかなと不安になってしまいました。

橋本:いやいや(笑)。僕は、若い料理人の方の話を聞くのがすごく楽しかったですね。こうやってnôlの新しい厨房を見せていただくのもとても参考になるし。

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フードセッションにて。野田さんは調理パフォーマー、橋本さんは解説役として登壇

―橋本さんは先ほどお店に入ってきた際、「ここで働いてみたいな」とおっしゃってましたね。

橋本:だってカッコいいじゃない。アルバイトさせてもらえませんか?(笑)。今「とよだ」は改装中で長らく包丁を握っていないので、こうして調理場を見るだけでウズウズしてきますよ。ここは大きなオープンキッチンでお客様と対面できる設計になっていますが、とよだも1999年の大きなリニューアルでカウンター席を作っていて、お客様とのコミュニケーションが取れるという点は共通していると思いました。リニューアル前は全部個室で接待のお客様が多かったんですが、接待ってどうしても料理よりも接待先との会話がメインでしょう?そうするとさっきの野田さんのサラリーマン時代のお話じゃないけど、調理場で料理を作っていてもお客さんの顔が全く見えないし、自分の作った料理が喜ばれているのかもわからない。それが寂しいなあって、ずっと思っていたんです。だから今度のリニューアルでは思い切って席数を縮小して、さらにお客様とのやり取りを楽しめるようなお店にするつもりです。

キッチン

nôlのオープンキッチンを見学して、興味津々の橋本さん(編集部撮影)

新旧混ざり合う“場”があると、日本橋はもっと面白くなる

野田:僕からも橋本さんに質問して良いでしょうか?日本橋で生まれ育った方にとって、日本橋の街の変化というのはどういう風に映っているのかが気になりました。良いところ・悪いところも含めてお聞きできますか。

橋本:自分が子供の頃の景色とずいぶん変わったとは思うけど、案外寂しいとは思わないかな。実は今の方が一時よりも緑の空間が増えていて、たとえば福徳神社を再建して「福徳の森」として整備するとか、再開発の中で緑のスペースを意図的に作っているからだと思います。僕らが常盤小学校に通っていた頃よりも、街の緑は増えたし、川の水もきれいになりましたよ。 あと変わったのは、土日の人が増えたこと。以前は銀行や企業が休みになるのに伴って、土日の日本橋はまるでお正月みたいな閑散ぶりでした。住人の数は少ないし、当時はまだコンビニもなかったから、買い物ができる三越や東急が閉まると何も買えない。だから今のように土日の街が活気づいてるのを見ると、良い方向に変わったなと思うことの方が多いかもしれないですね。

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橋本さんの軽快な江戸っ子トークに、世代や料理ジャンルの違いを超えて話が弾みます

野田:日本橋で生まれ育って今でもここで商売をされている方たちが、僕らのように新しくこの土地で挑戦する人に大切にしてほしいと思っていることはありますか?

橋本:うーん、特にこれといってないけれど、街の人たちとの繋がりは大切だから、町会には入っていただいた方がいいかな(笑)。

野田:なるほど、それはわかりやすいアドバイスです(笑)。ここもホテルとしては町会に入っていて、オーナーはよく集会に顔を出しているそうです。集会でこんなことを話した、というのを僕も後から聞きます。僕も出てみようかな…。

橋本:江戸っ子はみんなだいたい、新しいものが大好きなんですよ。だから何かきっかけがあれば新しいお店を覗いてみたいと思っているけど、自分からは言い出せないんだよね(笑)。町会はそういう人たちと繋がるチャンスだし、僕らも新しいお店の方と町会を通して知り合えれば、そのお店に行きやすくなるし。古くからいる人が新しい人から刺激を受けることはもちろんだけど、その逆も大いにあると思うんですよ。町会のような新旧が混ざり合うような場所や、そこから生まれるネットワークは馬鹿にならないんです。

ちなみに町会での顔合わせが商売に繋がることも結構あります。例えば「山本さん、今度お宅で海苔を買いたいんだけど、ちょっと調整してもらえませんかね」なんて話も気軽にできちゃうから。野田さんみたいな地元に関心のある方には良い場だと思います。

お客様や街の文化と丁寧に向きあう店づくりを目指して

―さて、それではお二方に日本橋で今後挑戦してみたいことについてお聞きしたいと思います。まずは野田さんお願いします。

野田:日本橋の特に東側は、ちょっと歩いてみると「こんなニッチなものを生業にしてるんだ!」と驚くようなお店に出会ったりするので、街歩きが楽しい地域です。もちろん老舗の名店も多いので、せっかく日本橋でお店をやらせていただくのだから、地域の伝統とnôlの料理を一緒に提案していけないかなと思っていて。それで先日「小津和紙」さんでnôlのオリジナルの懐紙を作っていただきました。お店では布のナプキンの代わりにこの懐紙をご用意しているのですが、紙で使い捨てというのは図らずも今のコロナ時代にも合っていて、ご好評いただいてます。

橋本:とよだでも献立の紙や料理を包む紙なんかは小津和紙さんにお願いしています。うちの場合は地元の企業とコラボというよりは、横着だから近所で済まそうという魂胆ですが(笑)。

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小津和紙に発注しているnôlオリジナルの懐紙。お店のロゴ入りで、紙ナプキン等として使用されている

―橋本さんはこれからやってみたいことはありますか?

橋本:もし他業種とコラボするなら、川の流れる日本橋らしく、船で何かやれたら面白いですね。江戸時代の船遊びじゃないけど、船の上で美味しい日本料理をコースでお出しするクルーズなんて、どうでしょう?

―船の上でとよだのお料理をいただくなんて最高の贅沢ですね。リニューアルオープンを控える「とよだ」ですが、どんなお店にしていきたいですか。

橋本:先ほどもちらっとお話しましたが、リニューアル後は座席数を20席程度に小さくし、料理は店内での提供だけに絞ってやりたいと思っています。以前はお弁当の出前やケータリング、デパートへの出店もやっていましたけれど、もう年を取ると一つのことに集中したくてね(笑)。お店にいらっしゃるお客様に集中し、カウンター越しに会話を楽しみながらやれるお店にしていきたいです。 とよだに来てくださるお客様は、落ち着いて美味しいものを食べられる場所を求めていると感じます。以前は買い物は日本橋、食事は銀座というパターンの方が多かったけれども、ここ数年新しくいいお店がたくさんできてるから、お買い物の後そのまま日本橋で食事して帰る方が増えたように思います。日本橋はたとえば鮨屋だけ見てもたくさんのお店がありますが、それぞれに個性があって順繰りに行ってみたくなる。そんな食文化の豊かさが日本橋のいいところです。それを求めて来てくださるお客様を大事にしたいですね。

02調整

野田さんトリミング

日本橋で伝統的なプロダクトを作っている方(野田さん)

小津和紙さんに懐紙を作っていただいたように、地域の伝統と合わせてnôlの料理を合わせて提供していきたいです。

橋本さんトリミング

日本橋川で船を運航させている会社(橋本さん)

船に乗りながら日本料理のコースを楽しめるようなクルーズコースがあったら面白いなと思いました。

金鍔

榮太樓總本鋪の金鍔(野田さん)

季節限定の「甘夏の金鍔」というのを見つけて食べてみたら、すごく美味しくて。最近は食材の視察などに行く際の手土産を、よく榮太樓さんに買いに行きます。(写真は定番商品の「名代金鍔」。画像提供:榮太樓總本鋪)

日本橋(昼)

常盤橋公園と日本橋(橋本さん)

常盤橋公園は子供の頃からの思い出の場所。それと川や水辺が好きなので、やっぱり日本橋は特別な存在です。でも僕が小学生の頃は、日本橋川は鼻をつまむくらい臭かったんですよ。それが年々改善されて、今はたくさんの種類の生き物がいるんですって。

取材・文:中嶋友理 撮影:岡村大輔

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