Interview
2021.08.25

日本の中心から、人生100年時代の働き方を発信。人形町に生まれた「ニューホライズンパーク」が目指すこと。

日本の中心から、人生100年時代の働き方を発信。人形町に生まれた「ニューホライズンパーク」が目指すこと。

2020年10月、年齡や時間、場所などに活躍の場を制限されることのない新しい働き方を提唱する、ニューホライズンコレクティブ合同会社が設立されました。大手広告代理店・電通を早期退職した40~60歳のメンバー200名超が、新たな仕事や学び、仲間づくりを通じて、中長期的に社会に価値を発揮し続けることをサポートする基盤「ライフシフトプラットフォーム」のもと、さまざまなチャレンジを始めています。人生100年時代の働き方として注目を集めている同社は先日、人形町に活動拠点「ニューホライズンパーク」を設立。街に開かれたカフェやギャラリースペースを有するこの場所から、彼らは何を発信し、地域や社会とどんな関係を築いていくのでしょうか。共同代表の山口裕二さんと、メンバーの小川滋さんに伺いました。

ミドル世代の学び・仕事・仲間づくりを支援

ーまずは、ニューホライズンコレクティブが設立された経緯からお聞かせください。

山口裕二さん(以下、山口):電通にさまざまな変化がある中で、人生100年時代の働き方についての議論が社内で自発的に起こるようになりました。そこから、年齡や時間、さらに場所からも自由な働き方を通じて、本人の幸福、会社の利益、ひいては社会への貢献が実現できるような個人・企業・社会の関係性がつくれないかという話に発展し、「ライフシフトプラットフォーム」の構想が固まっていきました。そして、私と野澤友宏が共同代表となり、さまざまな専門性を持つミドル世代のビジネスパーソンが、中長期的に社会に価値を発揮し続けられるようにサポートをしていくための合同会社「ニューホライズンコレクティブ」を設立するに至りました。

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ニューホライズンコレクティブの共同代表・山口裕二さん。電通でクリエイティブ職に従事していた野澤友宏さんとの出会いが同社立ち上げの後押しになったという

ー「ライフシフトプラットフォーム」とはどんなものなのですか?

山口:40代、50代のミドル世代のビジネスパーソンが自立したプロフェッショナルとなるために、新しい「学び」「仕事」「仲間・チーム」づくりの機会を提供していく基盤です。これは電通に限らず多くの企業が抱えている課題だと思いますが、会社で一生懸命働いてきた人たちも50歳くらいになると定年へのカウントダウンが始まります。そして、子会社への出向や社内での異動などによって専門性が活かせなくなったり、培ってきたスキルの賞味期限が近づいてきたりと、パフォーマンスが発揮しにくくなる傾向があります。でも、人生を100年というスパンで見ると50歳はまだ中間地点で、ここからスキルをアップデートするような学び直しをしたり、兼業的な働き方を模索していくことが大切になってくると考えています。

ーニューホライズンコレクティブにはどんなメンバーが集まっているのですか?

山口:電通では2020年に早期退職者を募ったのですが、そこで手を挙げた200名超が所属しています。メンバーは、広告・コミュニケーション領域で実績を残してきた人材が中心で、メディア戦略、クリエイティブ、マーケティング、アカウントプロデュース、新規事業開発、DX、イベントキャスティングなど職種は多岐にわたります。ニューホライズンコレクティブのWebサイトでは、メンバーそれぞれの特徴を「メンバーズタグ」で紹介しているのですが、「#元プロラグビー選手」などさまざまな経歴の持ち主がいます。さらに居住地もバラバラで、遠くは石垣島、さらに中国や韓国のメンバーもいて、自分がやりたいことができる場所で暮らし、働いています。メンバーはそれぞれが個人事業主としてニューホライズンコレクティブと業務委託契約をしています。10年間一定の業務を提供し、その対価として固定の報酬をお支払いする仕組みになっており、「安定」を担保することで、新しい「チャレンジ」にも積極的に取り組めることが大きな特徴です。

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ニューホライズンコレクティブのWebサイトでは、メンバーたちの特徴を示す「メンバーズタグ」がランダムで表示される(画像:公式サイトより)

「安定」と「チャレンジ」を両立できる環境

ーニューホライズンコレクティブでは、どんなプロジェクトが動いているのですか?

山口:もともと、電通の仕事をそのまま受けるのではなく、新しい仕事をつくっていくということを掲げた上で集まっているメンバーなので、それぞれがさまざまな場所で提案をしていて、新しい仕事が生まれ始めています。例えば、若い社員しかいないスタートアップ企業などでは、事業の成長とともにミドル世代、シニア世代のマネジメント人材が必要になるケースがあり、そうしたところに関わるメンバーもいます。また、最近は地方自治体や地方の企業からの依頼なども増えてきていますね。

小川滋さん(以下、小川):僕は電通時代に都市開発のコンサルティングの仕事に長く携わっていたので、いまも近い領域の仕事がそれなりの割合を占めています。一方で、電通にいた頃からローカルの仕事に関わりたいという思いがありました。ただ、地域のプロジェクトというのは予算規模が小さいことが多く、会社として受けることが難しかったんですね。また、以前から個人的にメディアアートのプロデュースのようなこともしていたのですが、これらは会社を辞めたいまこそ本腰を入れて取り組める仕事だと思っています。

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山口さんとともにインタビューに応じてくれたメンバーの小川滋さん。電通時代は、都市開発のコンサルティング業務に長年携わっていた

ー個人事業主になったことで、電通時代にはできなかった仕事にチャレンジできるようになったのですね。

小川:はい。個人事業主の立場なので色々な融通が利くし、自分が投資をして何かを始めることもできるんですよね。些末な話ですが、出張など経費の用途も、会社にいた時よりも自分の判断で自由に決められます。その中で最近は、ローカルの事例を色々見に行っているのですが、失敗すらも楽しみながら、大胆なことに取り組んでいる人たちを見てうらやましさを感じています。山口代表からも話があったように、会社の制度によって固定の収入が保証され、リサーチや学びにお金や時間がかけられることは非常に大きいですし、その中で自分のやるべきことが徐々に浮かび上がってきている感じですね。

山口:学びに関しては、「ライフシフトアカデミー」という学びの場を運営しています。当初は、個人事業主になるにあたって必要なことを、マインドセット、時間、税金などさまざまな観点からお伝えする講義を主に提供していました。最近では、新しいビジネスのきっかけになるような学びのコンテンツを提供したり、いずれ実務家教員として大学や高等専門学校などで講義ができるように、これまでのキャリアで培ってきたことを棚卸しして、普遍的な教材に変えていくための講座などを開催したりしています。ちなみに、ライフシフトアカデミーでは、一緒に学び合える仲間の存在も大切にしているのですが、個人事業主として独立すると、孤立してしまうという問題があるんですね。そのため、このライフシフトアカデミーに限らず、メンバー同士の交流の機会をつくるようにしています。例えば、10名前後のメンバーでチームをつくる「ライフシフトコミュニティ」という制度があり、その中で情報交換や悩み相談、健康状態のチェックなどがお互いにできるようにしています。

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ライフシフトプラットフォームの構想が立ち上がったのは2018年。そこから2年以上をかけて電通社員有志が検討・準備を進め、2020年にこの構想を具現化する新会社として、ニューホライズンコレクティブが生まれた(画像提供:ニューホライズンコレクティブ)

人形町に生まれた新たな活動拠点

ー先日、人形町にできたニューホライズンパークについてもお聞かせください。

山口:個人事業主の集合である我々は、基本的にオフィスは必要ないのですが、メンバーが集まってアイデアを出し合ったり、さまざまな情報発信をしたりしながら、人、地域、社会とフレキシブルにつながっていける基地のような場所をつくりたいという思いがありました。縁あって借りられることになったこの建物は、もともとホテルだった4階建てのビルです。現在は、4階が会社としての事務作業をする管理事務所となっていて、3階は「社会とつながる」をテーマに、個別に会議をしたり、動画配信ができるような環境を整えています。2階は「仲間とつながる」場所としてオープンなミーティングスペースとなっており、「街とつながる」をテーマにした1階にはギャラリーやカフェがあります。そして、地下は「繋がりを深める」ことを掲げ、20~30名程度が集まり、イベントやセミナー、ミーティングなどができる空間になっています。

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「仲間とつながる」をテーマにした2Fのミーティングスペースはオープンな空間になっている

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「社会とつながる」をテーマにした3階には、個別のミーティングスペースが用意され、オンライン会議や動画配信の際にも使うことができる(画像提供:ニューホライズンコレクティブ)

小川:山口代表から拠点をつくりたいという話は聞いていたのですが、いくつかの候補物件を見せてもらって意見を聞かれた時には、絶対にここ(人形町)が良いと即答しました。普段の仕事で、コワーキングスペースなどをつくる際には、ストリートレベルに顔が向いていた方が良いという話をするのですが、この場所も1階が路面とつながっているのが良いと思ったんです。その後の進捗には関わっていなかったのですが、いざ空間ができて来てみたら、代表も同じことを考えていたんだと (笑)。路面にあると地域の人たちと近い距離でつながれるし、中に面白い人たちがいるということも街から見えるんですよね。

山口:ニューホライズンコレクティブを立ち上げた頃から、個人・企業・社会の新しい関係を築いていくためにはオープンなコミュニティが必要だと考えていて、この場所はそれを活性化させるための場所です。コミュニティには、先に話した「ライフシフトコミュニティ」のような精神的なつながりとともに、地域や社会との物理的なつながりも必要です。だからこそ、小川さんも話されていたように街に開かれた空間がつくれるこの場はとても良いと思いましたし、場所が持っているエネルギーのようなものも含めて、この人形町の物件が自分たちの考え方と最もマッチしたんですよね。

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ニューホライズンパークの一階は路面につながっており、開放的な印象

多様なつながりが、街に変化をもたらす

ー今後この場所から、街とどんな関係を築いていきたいとお考えですか?

山口:街に開かれた1階のギャラリーでは、メンバーに関係した展示を中心に、毎月何かしらを開催していきたいと考えています。また、同じ1階のカフェスペースには、メンバーのつながりで京都宇治の老舗製茶問屋である「山政小山園」さんによるプレミアム抹茶カフェ「ATELIER MATCHA」に入っていただくことになり、さまざまな抹茶ドリンクやトシヨロイヅカ氏によるスイーツなどが楽しめます。こうしたメンバーの関係性やご縁によって生まれたものを通じて街とつながっていけたらと考えています。すでに街の人たちもこの場所のことを気にしてくださっていて、先日は町内会の方も来られました。例えば、人形町の商店の皆さんに向けてマーケティングセミナーのようなものを開くことも我々にできることかもしれないですし、これから色々なつながりをつくっていきたいですね。

小川:先日、出身地でもある群馬県の桐生市に行ったんですね。桐生は、京都の西陣に並ぶ絹織物の生産地としての歴史があり、いまも国内外のさまざまなアパレルブランドと仕事をしています。こうした文化的な蓄積がある桐生は、いま改めて見るととても面白い街だと感じます。かたや日本橋には呉服の街という側面があり、馬喰町には繊維問屋さんも多い。また、ファッション関連のベンチャー企業も入ってきているようですし、百貨店などの売り場もあります。それにもかかわらず、全体としてファッションのイメージがあまり強く感じられない現在の日本橋の街に、地域の資源をリソースとして使うことで面白い流れがつくれないかと妄想しています。

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ニューホライズンパークの1階にあるプレミアム抹茶カフェ「ATELIER MATCHA」では、さまざまな抹茶ドリンクやスイーツが提供される(画像:ATELIER MATCHAプレスリリースより)

ーニューホライズンパークが、全国各地に点在している技術や知恵と、日本橋の街をつなげていくひとつの拠点になったら面白いですね。

小川:もともと日本橋には、五街道の起点という街のストーリーがありますよね。そこに各地のストーリーやリソースを掛け合わせていくことで、街に変化をもたらせると良いですね。

山口:人形町、日本橋が拠点として良いと思った理由のひとつも、これからも変化していく街だということでした。40~60歳のメンバーが中心となる我々にとって、流動的な変化を感じられる場所であることは非常に重要なんです。今後は私たち自身もさまざまなプロジェクトを通じて、人や仕事、情報が行き来する状況をつくり、それをこの場所から発信していくことで街の変化の一翼を担えたら良いなと思っています。また、年齡に関係なくやりたいことを実現していける働き方を実践し、これまでもこれからも日本の中心であるこの街から、新しい働き方を全国に広げていきたいという思いもあります。

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ニューホライズンパーク1階のギャラリースペース「エンガワ」での最初の展示として行われた「はじめまして、ニューホライズンです」展。ニューホライズンコレクティブのメンバーたちがパネルで紹介され、それぞれを象徴する作品も展示された(画像提供:ニューホライズンコレクティブ)

日本橋の芸者さんをブランディング!?

ーニューホライズンコレクティブのメンバーの中にも、何か「変化」は生まれているのでしょうか?

山口:現在55歳のあるメンバーは、これまで定年になったら何をしようかとばかり考えていたそうですが、いまでは80歳まで働くとしたら、あと25年もあると考えるようになったと言っています。そのようなマインドに変わると、学びをはじめそれまでは考えてもいなかったような行動に時間やお金を投資するようになるんですよね。実際にメンバーの中にはニューホライズンアカデミー以外にも自ら投資し、学びに行っている人も多いです。今後も我々はメンバー・企業・社会の三方良しを実現できるようにより良い仕組みをつくっていきたいですし、ゆくゆくは電通だけでなく、同じような課題を抱いている企業の方たちも乗っかれるような形がつくれたらと考えています。

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ライフシフトプラットフォームでは、個人・企業・社会の「三方よし」を目指している(画像提供:ニューホライズンコレクティブ)

小川:人形町の街の人たちにもどんどん乗っかってきてもらえるような場所になったらいいなと思っています。ここにはさまざまな職能を持っている人たちが集まっているので、何か困った時の駆け込み寺ではないですが、気軽に立ち寄って与太話でもしていってほしいですね(笑)。

山口:ニューホライズンコレクティブの中には、同じ趣味趣向を持つ人たちが集まっているさまざまなサークルがあるんです。中には「人形町の会」というサークルもあるのですが、共通した興味関心を持つ面々によるコミュニティと街の人たちがつながっていくようなことも起こると面白いなと思っています。

小川:少し話が飛躍しますが、人形町周辺は江戸時代「芳町」という花街だったんですよね。僕は前々から、京都に比べて認知度が低い東京の芸者さんのブランディングをしたいと思っているのですが、以前にニューホライズンコレクティブのメンバーたちにこの話をしたら、「芸者さん」「お座敷遊び」という言葉を聞いた途端に手を挙げたおじさんたちがたくさんいました(笑)。また、和装や着物などをテーマにしたサークルもあるので、興味があるメンバーを募って、具体的に話を進めていけたらいいなと思っています。

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Maiko (Geisha in training) dancing with 'Sensu' folding fan in Japanese tatami room

日本橋の芸者さん

以前に、通り一遍のお座敷遊びをさせてもらったことがあるのですが、文化的な豊かさにあふれた体験で、芸者さんたちは日本のエンターテインメント文化の正当な継承者だと感じました。日本橋にはホテルや飲食店が多いですし、お客さんになりそうな人たちも少なからずいるはずなので、お座敷遊びの間口を広げ、芸者さんたちの活躍の場を増やしていくような取り組みがしてみたいです。(小川さん) 画像:Getty Images

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浜町~東日本橋界隈

日本橋にはさまざまな文化的スポットが点在していますが、特にイーストエリアが面白いと思っています。グローバルで成功し続けている木工家具メーカー「マルニ木工」のショールームは、意外とその存在が知られていませんが、世界基準の発信を続けている凄い場所ですし、他にも知る人ぞ知るコミュニティオリエンテッドな音楽系コンビニなどがある。日本橋の東側を当てもなくウロウロすることが好きです。(小川さん)

取材・文:原田優輝(Qonversations) 撮影:岡村大輔

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