おいしいクッキーで社会貢献?!小伝馬町から食の未来を描く「ovgo B.A.K.E.R」の挑戦とは。
おいしいクッキーで社会貢献?!小伝馬町から食の未来を描く「ovgo B.A.K.E.R」の挑戦とは。
オフィスひしめく日本橋小伝馬町・江戸通りの一角に、SNSで人気を博す「ovgo B.A.K.E.R(オブゴベイカー)」の初の路面店がオープンしました。ニューヨークを思わせるお洒落な店内に漂うのは、甘くて香ばしいクッキーの香り。実はこちらの商品、すべてヴィーガン(菜食主義者)。またできる限りこだわりのオーガニック食材を使い、なかには小麦を使用しないグルテンフリーで作られているものもあります。お店の代表兼店長を務めるのが、ミレニアル世代の起業家・溝渕由樹さん。大手商社を脱サラし、志を同じくする3人の仲間を誘いブランドを立ち上げたそのバイタリティと笑顔には、自然と周りの人々を引き付ける魅力があるようです。ヴィーガンという生き方から、街における役割、そして食の未来について語っていただきました。
食の選択肢を増やす「ヴィーガン」という生き方
―まず、ovgo B.A.K.E.Rがどんなお店なのか簡単にご紹介いただけますか。
ライフスタイルに「ヴィーガンをおいしく気軽に取り入れてほしい」というコンセプトのもと、環境にも優しいクッキーを作っている専門店です。小麦・米油・砂糖にはオーガニックの食材を使っていて、動物性原材料不使用だから、ベジタリアンの人はもちろん卵や乳製品アレルギーの方にも安心して召し上がっていただけます。「ovgo」という屋号はオーガニック(有機)、ヴィーガン(菜食主義者)、グルテンフリー(小麦抜き)、オプションズ(選択肢)の頭文字から採られていて、一般の人たちにもそういうものを知って食べてもらうことで、結果的に食に関する思想を持つ方々や食に制限がある方にとっても様々な食の選択肢が増えることに繋がればなと。
ovgo B.A.K.E.Rの代表を務める溝渕由樹さん
―溝渕さんがヴィーガンに興味を持つことになったきっかけは?
私は子どもの頃から漠然と「自分の力で何かをやりたい」という想いがあって、学生時代は「セーブ・ザ・チルドレン」というNGO団体に参加したり、途上国支援に関わってきたんです。ただ、いずれ起業するにしても、まずは社会人経験が必要だなと思って新卒で三井物産に入社しました。配属された「米州法務室」では、コーヒーのトレーディングやエネルギー事業、ベンチャー投資について学ばせてもらって、すごく興味を惹かれたんです。三井物産で3年勤めた後はDEAN & DELUCAに転職したんですけど、その直前の有給休暇を使ってアメリカや南米をひとりで旅をして、日本にはない食べ物とかカルチャーを探求していました。そこで出会ったのが、ヴィーガンというライフスタイルだったんです。
―ヴィーガンのどんなところに惹かれたのでしょうか。
ヴィーガンって日本だと美容的に捉えられることが多いので、ヘルシー/ダイエット寄りの要素が強い印象でした。それに対し近年の海外のヴィーガンの場合は、「環境負荷を考えて肉食を控える」、「工場畜産をやめる」、「食糧問題/社会問題として捉える」という思想が根本にある方も多いです。たとえば、一頭の牛が育つためには人が食べるより大量の穀物が必要で、現在家畜の餌になっている穀物を人間用にすれば、30億人もの人が飢餓から救われることになるという試算もあります。海外に滞在中はホステルを泊まり歩いたんですけど、現地の若い子と会話をすると、みんなそういった環境問題への意識がすごく高くて驚きました。私にとっては、これまで自分が関心を持ってきた支援の分野ともつながる部分に惹かれ、この思想はもっと広めていけたらいいんんじゃないかと思って。でもいざ帰国してみると、「社会問題として菜食を選ぶ」という考えがそもそも日本には根付いてない。その時点で「私ひとりでは無理だな」と感じたので、思い切って友人たちに声をかけました。
―ovgo B.A.K.E.Rのチーム編成はどうなっているのですか。
私が代表を務めていて、ブランドのデザインやPRを手がける松井映梨加、原料調達・製造の西川友理、そして資金調達を担当する髙木里沙の4人が創業メンバーです。松井ちゃんもオレゴンに留学していたときにオーガニックやヴィーガンの勉強はしていたから、すぐに興味を持ってくれましたね。さらにLUSH(100%ベジタリアン対応の商品を扱う英国生まれのナチュラルコスメブランド)に6年間務めていて、業界動向にも詳しかった友理ちゃんを誘いました。2人は小学校の同級生でもあるんですよ。その後、本格的に起業するにあたって、大学の先輩でメリルリンチに勤めていた里沙ちゃんにも合流してもらいました。
今年春にはラフォーレ原宿でポップアップショップを開催。左から髙木里沙さん、西川友理さん、松井映梨加さん、そして溝渕さん(画像提供:ovgo B.A.K.E.R)
―みなさん会社を辞めて溝渕さんに付いてきてくれたんですね。
ありがたいことですよね。今でこそ常設店を持つまでになりましたが、一番最初は都内の公園のフリーマーケットに出店したり、知り合いのカフェに置いてもらったり、地道な営業の日々で。当時はまだオリンピックに向けて訪日外国人のためにやろうという気持ちもあったんですけど、まさに「これから」というタイミングでコロナの影響を受けて、ファーマーズマーケットも中止になってしまった。私も絶望して「夏ごろまでお休みするしかないね〜」なんて話していたら、今まで不調だったオンラインショップに突然たくさんの注文が入るようになって(笑)。自粛期間中は狭いキッチンでクッキーを焼きまくっては、自転車でお店に配達もしていました。また同じ時期には、松井ちゃんの友人で料理ブロガーの樋口正樹さんという方が、うちのクッキーを紹介してくれていたんですよ。SNSの口コミを通じて、一気にovgoの認知が広がっていくのを感じましたね。
楽しんで仕事をすることのどこが“不謹慎”なの?
―6月1日に待望の路面1号店「ovgo B.A.K.E.R Edo St.店」をオープンしました。出店の経緯を教えていただけますか。
ずっと青山・原宿、渋谷あたりにお店を出したいと思っていたんですよ。でも、小伝馬町のフードコート「COMMISSARY(カミサリー)」に一時期クッキーを置いて頂いていた中で「小伝馬町もいいなあ」って思うようになって。それはたぶん、同施設に入っている「PIZZA SLICE」の店長で私が勝手に師匠と仰いでいる(笑)、猿丸(浩基)さんの影響かもしれませんね。「代官山にポップアップショップを出したい」って相談したら、「いや、これからは日本橋でしょ!」とアドバイスをいただいて。日本橋って地価が高いイメージがあったんですけど、実際は渋谷区とか港区に比べて家賃が安いこともわかり、次の日にさっそく高木たちを誘って、日本橋小伝馬町ツアーに繰り出しました。彼女たちはずっと日本橋周辺に住んでいたので、「このへんはオジさんの街でしょ」って懐疑的だったんですが……(笑)。その途中で今の物件が空いているのを見つけて、「ここいいじゃん!」ってピンと来たんです。
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周囲でもひときわ目を引く外観。サインペイントは「DUDE SIGNS」の田辺竜太さんが手がけた
―決して広くはないけれど、とても開放的な空間ですよね。小伝馬町のオフィス街にまるで別の国が混じり合ったような印象です。
前の居酒屋さんはベニヤ板で覆っていたみたいなんですけど、両側に大きな窓があって、入り口が斜めにカットされているのもすごくアメリカっぽいなあと思って。築年数は50年とかだったかな? 私も、まさか自分がこんな大通りに店を構えるとは想像もしてなかったんですけど……(笑)、賃料も現実的な価格だったので即決でした。なので、小伝馬町でお店を出したかったというよりは、この物件に出会ってしまったから、というのが何よりも大きいです。
―取り扱う商品や原材料にはついては、どんなこだわりがありますか?
うちはプラントベース(植物由来の食事を中心とした食生活のこと)の方針でやっているんですが、「ヴィーガンだったら何でもいい」ってわけじゃないんです。環境負荷を減らすことが前提なので、“ヴィーガンでできる限りオーガニック食材”であることにはこだわっています。国内の認証システムや申請の関係で、現状はまだ「100%オーガニックです」と謳うことができていないのですが、原料の味と製法をしっかり考えていらっしゃる農家さんの協力を得てやっているので、健康にも地球にも良い素材であることは間違いないです。
―もともとフェアトレードに関心が強かった溝渕さん。数あるブランドの中から「Verve Coffee Roasters」のコーヒーや、「長野園」のお茶をドリンクに選んだ理由は?
Verveはアメリカ西海岸のロースターなんですが、高品質なコーヒー豆に対してはきちんとした対価を払っていて、コーヒー農家をリスペクトしているのが伝わってくるんですよね。最近は、Verveの都内の店舗にもovgoのクッキーを置いてもらっています。もう一方の長野園さんにお願いしたのは、国産の紅茶にこだわりたかったから。日本ってお茶の国だし、和紅茶の世界も面白いんですよね。茨城県に農園があるから実際に見に行くこともできますし、*CFP(カーボンフットプリント)の側面でも意味があるなと思っていて。
(*商品やサービスの原材料調達から廃棄・リサイクルに至るまでのライフサイクル全体を通して排出される温室効果ガスの排出量をCO2に換算して、商品やサービスに分かりやすく表示する仕組み。)
日本でも4店舗を構える人気ロースター「Verve Coffee Roasters」のコーヒーを取り扱っている
―ovgoさんは『Let’s Be Friendly!(環境や自分たちの未来にも優しくフレンドリーであること)』をテーマに掲げていますが、ヴィーガンやオーガニックに関しても決して押し付けがましくないのが素敵ですよね。
私自身、押し付けがましいのが嫌いなんです(笑)。世の中がそもそもシステム的に不完全なんだから、ちょっと未完成な部分や粗があるのは当然だと思うのに、「完璧」を求めて押し付けたら何もできなくなっちゃう。それよりも、不完全な中で自分たちがどのレベルでできるのか?に挑戦するほうがよっぽど建設的ですよね。たぶん日本人って、「マジメなことを楽しくやったら不謹慎!」みたいな思考が根付きすぎだと思うんです。私もOL時代はいかに仕事を楽しくやるか?を常に考えて自由なスタイルで頑張っていたのですが、周りにそういう人はあまりいなくて(笑)。ただ、私がいた部署に出向してきていたアメリカ人の弁護士たちだけはすごく自由で、ラジオを聴きながら仕事してるんですけど、やることはキッチリやって17時には必ず退社してました。だから、楽しんで仕事をすることの一体どこが“不謹慎”なの?ってずっと疑問だったんです。
―そうやって溝渕さん自身が一番楽しんでいるからこそ、スタッフの皆さんも付いてきてくれたんだと思います。
そうかもしれませんね(笑)。仕事も環境問題も自分のペースでいいから、楽しんでやること。今でこそサスティナブルやSDGsに注目が集まっていますけど、楽しくやらないと続かないし、みんなも賛同してくれないと思うんです。たとえば、私ひとりが明日から100%ヴィーガンで、プラスチックフリーの生活をして、絶対にゴミを出さないし電気も再生エネルギーを使います! と宣言したとしても、地球にとっては大したプラスじゃないですし。だったら10%でもサスティナブルに興味を持ってくれる人が100人、1,000人、10,000人……と広がってくれるほうがいいなあって。ovgoはずっとそういうスタンスでやってきています。もちろん100%で取り組んでいる人たちには最大限のリスペクトを持っていますし、私たちの活動が広がることで世の中の食事の選択肢が増えれば、幸せな未来が待っていると思うんです。
小伝馬町からヴィーガンの魅力を発信していきたい
―「ovgo B.A.K.E.R」に訪れるお客さんも、やはりヴィーガンやSDGsに関心のある世代が多いのでしょうか。
もともと関心があった方もいらっしゃいますが、コロナの自粛期間中にNetflixなどのドキュメンタリーを見て、ヴィーガンやオーガニックというライフスタイルを意識するようになったという若いお客さんはすごく多いですね。コロナ禍でみんな自主的に色々と知識を得た上で、ヴィーガンという生き方を選択する人が出てきた。そういう意味では、日本でも急速に根付いてきた印象はあります。
カルチャー全般に造詣が深い溝渕さんは、日本の女性4人組バンド=CHAI(チャイ)の大ファンだという
―小伝馬町に出店して約1ヶ月、この街についてどんな発見や気付きがありましたか?
ほかの街からいらっしゃる方が多いのかなって思っていたんですけど、いざオープンしてみたら地元の方々がたくさん来てくださっている印象ですね。平日は男性のサラリーマンの方も目立ちますし、小さなお子さんのいるファミリー層も多いからか、保育園の送り迎えついでに来てくれたり……。ありがたいことに、毎日買ってくださる常連さんもいて、私たちが思っていた以上に歓迎してくださってるのかなと日々感じます。
―商業施設/飲食店などとの横の繋がりや、街におけるovgo B.A.K.E.Rの役割をどうお考えでしょうか?
やっぱり地域の方たちとの繋がりは大事にしたいですね。素敵なお店はたくさんあるけど、ヴィーガンに特化したお店はあまり無いと思うので、ちょっとずつヴィーガンやサスティナブルな魅力も街に発信していけたらなって。実は、ヴィーガンに特化したお店であることを今はまだ前面に出してないんですよ。別に隠しているわけじゃないんですけど(笑)、ある程度うちのクッキーが街に根付いてくれれば、「えっ、ヴィーガンって普通においしいじゃん!」って知ってくれる人も増えますよね。そうなってきたら、次は「どうしてヴィーガンが環境に良いことなの?」ということを、きちんと伝えていくフェーズに入るべきなのかなと思っています。そのあたりの“いつ何を伝えるか”というバランス感覚は、ちゃんと意識していたいです。
思わず目移りしてしまう店内のショーケース
ovgo B.A.K.E.Rのクラウドファンディングのページには、お店に対する溝渕さんの想いや、「なぜヴィーガンは環境にやさしいのか?」といったメッセージが丁寧に記されている(画像提供:ovgo B.A.K.E.R)
次の世代のために、より良い未来を
―今後はどんな活動をしていきたいですか?
いつかニューヨークに出店したいという夢は創業時からありますね。サスティナブルなビジネスという文脈においても、一歩進んでいるのはやっぱりアメリカとかヨーロッパなんです。もちろん日本国内でも素晴らしい取り組みをされている方たちはいらっしゃるんですが、食品というビジネスを通してとなると、現状は国外のほうに仲間が多い。コロナ禍が明けてまた海外へ気軽に行けるようになったら、そういった現地のノウハウとか空気感みたいなものを、ovgoにも持ち帰っていけたらと思っています。
―溝渕さん個人としては、どんな未来を思い描いていますか。
今はヴィーガンというトピックに特化していますが、その背景にある食料や環境問題、人権問題にも絶えず目を向け続けることが大切かなと思います。海外だともう「地球温暖化」とか「気候変動」なんて言葉じゃ言い表せなくなっていて、「Climate Justice(気候正義)」が叫ばれているんですね。でもそれって、日常の些細な行動から変えていけるものでもあるんです。「自分は環境に良いものを食べてるんだ」という意識を持ってもらうことで、家族や自分の周囲の人々だけじゃなく、次の世代により良い未来を残してあげたい……と言ったら大袈裟ですけど(笑)。
―ovgo B.A.K.E.Rのクッキーには、そんな溝渕さんの想いが込められているんですね。
クッキーってカジュアルに友達とシェアできるし、「おいしい」とか「かわいい」っていうのはポジティブな感情だから、ovgoのクッキーが入り口になって、ヴィーガンの輪が広がってくれたらいいなって思います。極論を言っちゃえば、カーボンフリーとか原材料がどうとか、難しいことは私たちが全部やっておくから考えなくてOK。ただovgoのクッキーを食べるだけで、あなたも社会に貢献できるんだよ!ってことですかね(笑)。
日本橋のアートギャラリー
ギャラリーが点在している街なので、アート系のイベントを企画して、そこにovgo B.A.K.E.Rとして関わってみたいです。若い世代のアーティストの方に商品をプロデュースしてもらうのも面白そうです!
COMMISSARY
朝はCITANに寄って、休み時間はCOMMISSARYに行って談笑するっていうのが私のルーティンです(笑)。COMMISSARYの存在が無かったら小伝馬町にお店は出していなかったかもしれませんね。
取材・文 : 上野功平 撮影 : 岡村大輔
ovgo B.A.K.E.R
『Let’s Be Friendly!』をテーマに、アメリカンなヴィーガンの焼菓子を展開するovgo B.A.K.E.R(オブゴベイカー)の初の路面店。まるで本場NYにあるような店内で、大人気のヴィーガンクッキーに加え、新作のマフィンやスコッキーをはじめとするヴィーガンの焼き菓子を提供する。また、カリフォルニア発のスペシャルティコーヒー「Verve Coffee Roasters」の豆を使ったコーヒーをはじめ、国産の和紅茶「長野園」のクラフトティー、ライスミルクを使用したメキシコ定番の「オルチャータ」など、クッキーと相性の良いドリンクも多数ラインナップ。