Interview
2021.07.21

“大人起業家”の拠点、「THE E.A.S.T. 日本橋富沢町」が誕生。 スタートアップを支え、化学反応を生むワークスペースとは。

“大人起業家”の拠点、「THE E.A.S.T. 日本橋富沢町」が誕生。 スタートアップを支え、化学反応を生むワークスペースとは。

スタートアップ企業専用のワークスペースとして2021年4月に誕生した「startup workspace THE E.A.S.T.(ジ・イースト)日本橋富沢町」。東京イーストサイドにスタートアップを集積するためのハブであり、"つながり"や協業を創出するべく、さまざまな工夫・仕掛けがなされています。「THE E.A.S.T.」が支援する「大人起業家」とは? 協業につながる化学反応を生むワークスペースとは? 同施設を運営する三井不動産株式会社ベンチャー共創事業部の山下千恵さん、塩畑友悠さんにお話を聞きました。

日本橋を「大人起業家」によるスタートアップの集積地にしたい

―まず、「THE E.A.S.T.」誕生の背景について教えていただけますか。

山下千恵さん(以下、山下):「THE E.A.S.T.」は、日本橋を含む東京イーストサイドをスタートアップの一大集積地にするための拠点となる、スタートアップ向けのワークスペースです。三井不動産に、既存事業強化と新規事業開発を目的としたスタートアップとの共創事業「31VENTURES(サンイチベンチャーズ)」というものがあり、その中のワークスペース事業として「THE E.A.S.T.」が生まれました。ちなみに「E.A.S.T.」は「Empowering Ambitious Startups in Tokyo」の略で、「東京の東側エリアにおける意欲的なスタートアップを勇気づけ、力を発揮してもらう」という意味が込められています。

塩畑友悠さん(以下、塩畑):この「E.A.S.T.」の意味はあまり知られていないのですけどね(笑)。スタートアップと大企業それぞれの強みを発揮して、化学反応・イノベーションを加速させるための「E.A.S.T.構想」というプロジェクトがありまして。スタートアップだけではなく、日本橋に多い大企業に所属する“起業を目指している社内起業家”も対象と考えています。当施設はこの構想にもとづいてつくられたものです。

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「THE E.A.S.T.」事業を担当する、三井不動産株式会社ベンチャー共創事業部の山下千恵さん(左)と塩畑友悠さん(右)

―背景にそんな計画があるのですね。「THE E.A.S.T.」のコンセプトや特徴について教えてください。

山下:「THE E.A.S.T.」は単なるオフィス賃貸ではなく、つながりの創出や協業を目的とした事業です。スタートアップ企業のご入居にあたっては完全審査制をとっており、代表の方の志やビジョン、社会課題解決への想いを重視しています。

塩畑:僕らは、ビル貸し事業をやるつもりはまったくないんですよ。賃料をいただくことが目的ではなく、目指しているのは入居される企業さんと一緒に事業をつくること。いくら立派な企業さんでも、我々が並走するのが難しいと判断した場合は入居をお断りすることもあります。そこが通常のビル貸し事業と大きく異なる点ですね。

山下:ビジョンに共感できる企業さんとの協業を通して、「THE E.A.S.T.」を成熟した価値観を持つ「大人起業家」のための場所にしていきたいと思っています。

―「大人起業家」、初めて聞きました。どのような起業家のことでしょうか?

山下:自身が育ってきた環境や、かつて企業に属していたときの経験のような“原体験”をもとに、そこで感じた課題を解決するためのパッションと、経験に裏打ちされた冷静な戦略の両方を持ち合わせた起業家を、私たちは「大人起業家」と定義しています。スタートアップの聖地と言えば渋谷などのイメージが強いですが、若さや勢いといった強みとはまた違う、日本橋らしい特徴を活かしたスタートアップの形はそのような“大人”であることなのではないかと考えたのです。

塩畑:大企業との協業やtoB向けビジネス展開をしているスタートアップを重視しているのが「THE E.A.S.T.」の特徴ですね。ちなみに、利用する「大人起業家」の方々に合わせて、内装デザインも落ち着いた雰囲気にしています。

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「THE E.A.S.T. 日本橋富沢町」7Fのシェアスペースフロア。「大人起業家」に適したシンプルで落ち着いた内装になっている(画像提供:THE E.A.S.T.)

地域に開かれ、街に新たな風を吹き込む「THE E.A.S.T. 日本橋富沢町」

―「THE E.A.S.T.」のフラッグシップである「THE E.A.S.T. 日本橋富沢町」はどのような場所なのでしょうか?

山下:特に工夫を盛り込んでいるのは、今いる2Fの「のれんルーム」ですね。仕切りがのれんで天井も抜けているので隣の声が聞こえてしまうのですが、それを良きものと捉えていただきたくて、あえてこのスタイルにしました。隣で議論が盛り上がっているのを聞いて「よし、自分たちもがんばらないと!」と思うように、“熱量”が伝播することで起業家同士が切磋琢磨できる環境になるのではないかと。「THE E.A.S.T. 日本橋富沢町」は、通常のオフィスのように閉鎖的な会議室があるだけではなく、施設内での偶発的な出会いやコミュニケーションを誘発するようなつくりにしているんです。

塩畑:ちなみに、のれんは日本橋の染め屋さんで染めてもらいました。日本橋のシンボルである麒麟と獅子をデザインしたオリジナルのものです。こういうところでも日本橋らしさを出せたらと考えました。

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2Fにある「のれんルーム」は、人数に合わせてのれんでスペースを区切ることで、柔軟な使い方ができるディスカッション用の空間。のれんを架け替えて2部屋つなげると、最大10人まで利用できる(画像提供:THE E.A.S.T.)

塩畑:1Fのカフェも特徴的ですね。日中はカフェ営業をしていますが、夜はイベントスペースとして利用できるようになっています。カフェを設けたのは、街に開かれた施設にするため。完全にクローズドなスタートアップの拠点にしてしまうと街との一体感が生まれません。地域の人々にとって、起業家やスタートアップというのは異質な存在かもしれませんが、たとえ直接的な交流はなくても、同じエリアにいる“ご近所さん”として互いに顔が見える存在でありたいと思っています。この施設にどういう人がいるのか自然に知ってもらいたくて、一般の人が入ってこられるカフェを設けたのです。

山下:ちなみに、「THE E.A.S.T. 日本橋富沢町」の目の前に「SAPIX」という塾があるので、カフェには親子の姿も。このようなスタートアップの施設に親子、という組み合わせはなかなかないので、おもしろいですね。その子どもたちが起業家を身近に感じて、自分たちも将来起業するぞ、と思ってくれたらうれしいです。

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「THE E.A.S.T. 日本橋富沢町」の1Fには「BYRON BAY COFFEE」が入っている。クローズ後はイベントスペースとして利用でき、リアル・オンライン配信のハイブリッドなイベントにも対応している(画像提供:THE E.A.S.T.)

―オープンから2か月ほどが経ち(取材時点)、利用状況や手ごたえはどのようなものでしょうか。

山下:3・4Fの少人数向けのスペースを中心に入居が進んでおりまして、だいぶ賑やかになってきました。利用者の利便性を重視しており、会議室にデジタルキーを導入したり、スマホのモバイルSuica・PASMO機能で入退館できたりと、便利にご利用いただいていると思います。また、私たちが1Fに常駐しているので、事業の相談を含めて入居企業さんから気軽に声をかけてもらえる関係性ができつつあります。

塩畑:受付や利用案内をするコンシェルジュではなく、事業の相談ができる僕らのような人間が常駐しているワークスペースというのはめずらしいと思います。雑談を含め、入居企業さんには積極的に声をかけますね。ちょっとしつこいくらい付きまとっているかもしれません(笑)。一方、創業したてのスタートアップに対しては、連携しているプロトスター株式会社さんが起業に関する総合的な支援を行っていまして、これも大変好評いただいています。

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塩畑さん・山下さんが常駐している1Fのコワーキングスペース。事業について気軽に相談したり、アドバイスやサポートを受けたりできるのが「THE E.A.S.T. 日本橋富沢町」の特徴だ(画像提供:THE E.A.S.T.)

スタートアップと大企業の化学反応を生み、人と人をつなぐワークスペースに

―「THE E.A.S.T.」では大企業との関係性を視野に入れた活動が印象的です。冒頭おっしゃっていた、スタートアップと大企業における“化学反応”とはどのようなものでしょうか。

塩畑:目指しているのは、スタートアップと大企業が相互に影響・刺激を受け合い、新しい取り組みが生まれていくことです。大企業に所属する方々には、スタートアップとの接点を持つことで、事業創出や起業は「自分たちにもできる」という発想を持ってもらいたいんです。起業してまず人形町などにオフィスを構え、会社が大きくなったら中央通りに進出し、そこの社員が独立してまた東側のエリアで起業する…。そういったエリア内での循環が生まれて、街全体が活性化していくのが理想ですね。地域の人々も、スタートアップが入ってくることで、街に新しい風が吹くことを期待されているのではないでしょうか。

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「起業家同士の化学反応を生み出すためにも、イベントなどを行って交流を促進していきたい」と話す山下さん

―なるほど。エリアの中で大企業とスタートアップが循環する流れがあれば、すごく創造性の高い街になりますね。

塩畑:そうした化学反応や協業を生むには、オフィスとしてのハード面が整っているだけではだめで、“人”が介在することが大事です。介在する“人”がいることによって、起業家同士の連携が生まれる。そこに、「THE E.A.S.T. 日本橋富沢町」に僕たち2人が常駐している意味があります。人柄がわかるようなコミュニケーション、人と人のつながりがあってこそ、化学反応や協業が生まれるのです。

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「入居するスタートアップ企業さんと僕たちは同志・仲間なので、スーツは着ないようにしているんです」と塩畑さん

山下:コロナ禍で「オフィスはほんとうに必要なのか?」という声もありますが、スタートアップにアンケートを取ったところ、特に創業間もないスタートアップは、自分たちの企業文化をつくっていくためにオフィスが重要だと考えていることがわかりました。メンバーが一堂に会して意思疎通をする場が必要だと。ですので、私たちも自信をもってこの「THE E.A.S.T. 日本橋富沢町」の運営を行っています。

塩畑:やっぱり社長としては社員にオフィスに来てもらいたいんですよね。その人がどういう人間なのか、どんなバックグラウンドがあるのか、顔を合わせて雑談をしないとわかりませんから。でもオンライン・ミーティングだと雑談はなかなか生まれない。オフィスでのちょっとした雑談のような、“余白”の時間が重要だと思います。これからは「なぜオフィスが必要なのか?」を、より突き詰めていかないといけませんね。

―「THE E.A.S.T.」が目指すこと、これからチャレンジしたいことを教えてください。

塩畑:僕らが目指す協業は、企業の集積がないと生まれないので、まずは日本橋にもっとスタートアップを呼び込みたいですね。このエリアはオフィスビル賃料が意外に安いので、実はスタートアップ向けなんですよ。「ここはスタートアップの街!」とアピールするために、「THE E.A.S.T. 日本橋富沢町」のエントランス前にのぼり旗を立てたいなと秘かに目論んでいるんです(笑)。スタートアップのロゴマークのようなものを付けたりして。

山下:スタートアップが集まってきたら、次はコミュニティづくり。そこから協業が生まれていきます。私たちとしても、コミュニティをつくるために、これから積極的にイベントを行って交流を促進したいと考えています。入居企業さんからも、「イベントがあれば登壇したい」と既にお声がけいただいたりしていますので、どんどんやっていかないと(笑)。

塩畑:イベントには対外的な発信の意味もありますので、東京イーストサイドの魅力やおもしろい動きも伝えていきたいですね。東京イーストサイドにスタートアップが集まり、協業の事例が増えていけば、スタートアップのみなさんもそれぞれ発信してくれる。それが口コミで広がっていくのです。実は、「THE E.A.S.T. 日本橋富沢町」の営業はほぼしていなくて、スタートアップが仲間を呼び込んでくれているんですよ。彼らのカジュアルな発信の仕方や口コミ力は、勉強になるところが多々ありますね。

山下:そうそう、起業家同士がカジュアルに交流できるように、起業家向けの“居酒屋”をつくりたいとも思っています。くだけた場のほうが、つながりや協業が生まれたりしますので。日本橋はお料理もお酒も美味しいお店が多いですから、近隣の飲食店にご協力いただいて、まずはONE DAYイベントとして開催できたらおもしろそうだなと…!そんなコラボレーションも進めていきたいですね。

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円形の本棚がユニークかつシンボリックな、インスタ映えスポットにもなっている「THE E.A.S.T. 日本橋富沢町」1Fのライブラリーにて

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日本橋の居酒屋

「起業家向けの居酒屋」を実現するため、ぜひ地元の美味しい居酒屋さんに協力いただきたいです。

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BYRON BAY COFFEE

「THE E.A.S.T. 日本橋富沢町」1Fに入っている「BYRON BAY COFFEE」で、よくカフェ・ラテを飲みます。このカフェは入居企業さんにも人気で、ランチボックスのスパイシーカレーもおいしんですよ。また、馬喰横山にある「ビーバーブレッド」のミルクフランスもお気に入りです。

取材・文:小島まき子 撮影:岡村大輔

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