Collaboration TalkInterview
2023.05.09

日本橋を運気が上がる街に。榮太樓總本鋪と福徳神社が「一粒万倍もち」に込めた思い。

日本橋を運気が上がる街に。榮太樓總本鋪と福徳神社が「一粒万倍もち」に込めた思い。

近年、「一粒万倍日」や「天赦日」など運気がアップすると言われる吉日が注目されています。日本橋の老舗和菓子店・榮太樓總本鋪による「一粒万倍もち」は、文字通り一粒万倍日とその前日のみ購入できる限定商品で、2022年5月からは福を呼び込む神社として人気の福徳神社とのコラボレーションを開始しました。商品購入時に渡される一粒万倍絵馬に願い事を書き、福徳神社の専用絵馬掛けに吊るすと招福を願ってお焚き上げをしてもらえるという企画が好評を博し、いまや販売日には開店まもなく売り切れるほどの人気ぶりとなっています。地域の歴史ある和菓子店と神社によるコラボレーションの舞台裏について、榮太樓總本鋪の細田将己社長と細田真也副社長、福徳神社の真木千明宮司に伺いました。

楽しく賑やかな日本橋を取り戻す  

ーまずは、これまでの榮太樓總本鋪と福徳神社の関係についてお聞かせください。

細田真也(以下、真也):実は、古くからお付き合いがあったというわけではありません。と言うのも、日本橋の北詰エリアにある福徳神社さんに対して、私たちは南詰にあって、氏神様も赤坂日枝神社さんなんです。

真木:私の初任地が日枝神社だったので、そのことは存じておりました。初めてお会いしたのは、平成26年に福徳神社が再興された時だったと思います。
(※参考 : 福徳神社の遷座と現在の新社殿の竣工まで https://mebuki.jp/yuisyo/

細田将己(以下、将己):赤坂日枝神社や神田明神など、日本橋の中でも昔から神社さんのテリトリーのようなものがあるんです。でも、今回の一粒万倍もちは日本橋で生まれたお菓子であり、南北関係なく街全体を盛り上げていきたいという思いがあり、日本橋で願掛けと言えば真っ先に名が挙がる福徳神社さんにお声がけさせて頂きました。

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5月に榮太樓總本鋪の新社長に就任したばかりの細田将己さん

真木:お声がけ頂いて非常に光栄でしたね。福徳神社は歴史こそ古いですが、再興されてからは間もなく、いわば新参者なんです。以前はビルの屋上にあったため参拝客もほとんどおらず、再興してからは徐々に認知して頂けるようになりましたが、もっと自分たちのことを知って頂きたいという思いがあったので、とてもうれしいお話でしたね。

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800年代から日本橋に鎮座していたと言われる福徳神社で現在宮司を務めている真木千明さん

真也:近年新しいお店も増えている日本橋ですが、銀座までは来られたとしても、なかなか日本橋まで足を伸ばしてくれる方は少ないんです。どうにかして街にもっと人を呼びたい、活性化したいという思いがある中で、一粒万倍もちを通じて日本橋を運気が上がる街として盛り上げられないかと考えました。

将己:日本橋は街を南北に貫く中央通りと昭和通りが動線になっていて、現在多くの人が集まっているのは室町を中心とした北詰エリアです。こうした中で、もっと街の東西の移動を促し、新しい発見をして頂きたいという思いがありました。また、オフィスビルが集積している日本橋はビジネスの街だと思われることもありますが、江戸時代のこの街は商業の中心で、楽しく賑やかな場所だったんですね。近い将来、高速道路が地下化され、改めてこの街に光が当ろうとしているいま、日本橋本来の姿をもう一度取り戻し、多くの人たちに楽しんで頂きたいというのが私たちの願いでした。

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5月より榮太樓總本鋪の副社長を務める細田真也さんは、細田将己新社長の実弟

予想外だった神社からの提案   

ー一粒万倍もちはどのような経緯で生まれた商品だったのですか?

将己:きっかけは店頭スタッフから福を呼び込むような商品をつくってほしいという要望でした。そこから一粒万倍日をテーマにしたお菓子をつくることになり、私たちの大福の餅玉とこしあんを用いた一粒万倍もちが生まれました。発売されたのは2015年でしたね。

真木:実は、宝くじの願掛けで一粒万倍日によく参拝に来られる方が一粒万倍もちをよく持ってきてくれていたんです。私はつぶあん派なのですが、一粒万倍もちのこしあんは小豆が生きている感じがして非常に美味しく、前から好きだったんです。

将己:我々は千葉県の契約農家さんに勧められ、10年ほど前から自社で田植えをしてもち米をつくっているんですね。全体の使用量の1%にも満たない量ではあるのですが、毎年社員が田植えをしているので、文字通り一粒のもみが万倍にも実るということへの実感がありました。

真木:福徳神社は稲を象徴する神様である稲荷の大神様を祀っているので、お餅との相性も良いんですよ。

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榮太樓總本鋪では千葉県成田市の「おかげさま農場」と契約を結び、社員がもち米づくりに参加している(画像提供:榮太樓總本鋪)

真也:最初にご相談に伺った際に、できれば絵馬を神社にかけさせて頂けないかとお話ししたのですが、その場でご快諾いただき、さらに専用の台をつくってご祈祷までするとご提案頂いたんです。こちらとしては神社さんに対してあまり欲深く色々お願いはできないという気持ちがあったので、本当にお願いしたいことの半分くらいをお伝えするつもりだったのですが、宮司の方から色々と提案を頂き、驚くと同時にありがたかったですね。一粒万倍日にのぼりを立てるとも仰っていただき、すぐに行動に移してくださったんですよね。

真木:通常、神社ののぼりは赤が多いのですが、福徳神社では周囲の環境に合わせて紺にしていたんですね。でも、一粒万倍日は目立ってこそだろうと思い、あえて赤いのぼりにしました。

真也:しばらく経ってから本店にものぼりを立てたのですが、こちらの対応の方が後手に回るようなことも結構多かったですね(笑)。また、当初は一粒万倍日の当日のみ販売していたのですが、宮司から前日と翌日にも絵馬をかけられるようにしておくと仰って頂き、それなら商品もご用意しなければということで一粒万倍日の前日から販売するようになったんです。

将己:商売人はすぐに欲を出すので、「それならずっと売ればいいんじゃないか」という意見も社内にありましたが、「いやいや、それではありがたみがなくなってしまうだろう」と(笑)。

真木:お稲荷さんは商売の神様なので、日本橋にある神社としてこの地域で商売をなさっている人たちを応援していきたいという気持ちがありますし、うちにできることは何でも協力しようと思っています。

商品写真

契約農家とともに社員もお手伝いしてつくったもち米「マンゲツモチ」使用の餅玉と、北海道産小豆を使用したこだわりのこしあんによってつくられる「一粒万倍もち」。もち米本来の旨味と食感が楽しめる(画像提供:榮太樓總本鋪)

コロナ禍の社会を元気にしたい 

ー商品の販売開始から7年ほどが経ったタイミングで、福徳神社にコラボレーションを持ちかけたのはなぜですか?

将己:この商品を企画した当時は、一粒万倍日がまだあまり認知されていませんでした。この数年の間に一粒万倍日や天赦日といったものが急速に注目されるようになりましたが、ちょうど1年ほど前にスイーツジャーナリストのSNSで取り上げていただいたところ、一粒万倍日という言葉が大きかったようで、その投稿が拡散されたんです。翌週から突然商品が売れ始め、それまであまり見なかったような若いお客様がスマホ片手に来店されるようになったんです。これをさらに盛り上げるためにどうするかということを真也と話す中で、富くじの歴史でも知られ、福を呼び込むご利益があるとされている福徳神社さんとご一緒できないかという発想に至りました。

真也:コロナ禍で社会全体が暗い気持ちになっていたからこそ、縁起の良い和菓子を食べ、福徳神社さんにお参り頂くことで皆さんの願いが実るようにという思いがありました。疫病封じの妖怪「アマビエ」が注目されたことと同じように、一粒万倍もちにも関心をお持ち頂けたのではないかと感じています。販売日にはInstagramでも一粒万倍もちの投稿が非常に多く見られますし、福徳神社さんもご自身のSNSで積極的に情報を発信してくださっているんですよね。

将己:和菓子屋と神社というSNSから最も遠そうに思われる両者が積極的に発信をしていることも面白いですよね(笑)。

発売日の様子

一粒万倍日前日から当日、翌日まで専用の絵馬掛けが福徳神社に設置される(画像提供:榮太樓總本鋪)

ーコロナ禍には、地域の人たちの拠り所としての神社の役割がより高まったように感じます。

真木:大きく変わったと感じるのは、一人ひとりのお祈りの時間が長くなったことです。コロナによっていつどこでどうなるかわからないという意識が高まったことが影響していると思いますし、家族など大切な人たちの健康を願う方たちが非常に多いと感じます。一時は街から人がいなくなり、ご参拝もなくなるのではないかと心配だったのですが、街に人が戻ってくるようになってからは朝早くお参りに来られる方が増えました。お話を伺うと、朝早くから仕事をされる方たちが、その前にわざわざ回り道をされて神社に立ち寄られているようなんです。

将己:福徳神社さんはずっとこの地にあったわけですが、再興されて多くの人たちが立ち寄りやすくなりましたよね。メディアなどにもよく出られるようになりましたし、地域にとって大切な存在になっていることを非常にうれしく思いますね。

真木:神社が再興した時に、地域の人たちの心の拠り所になれればと考えていたのですが、最近になってそれがだいぶ現実になってきたように感じています。

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継続的に街に人を呼び込むために

―一粒万倍もちはリピーターの方も多いのですか?  

将己:そう思います。企業の方が手土産としてまとめ買いをされるケースも多いようですし、商談でうちに来られた後に一粒万倍もちの絵馬を福徳神社さんにかけていかれるお客様もいらっしゃいますね。

真木:自ら行事に参加できることがこの商品の良さだと思うんです。榮太樓さんのお店で商品を購入して完結するのではなく、願い事を書き、労力をかけて神社まで歩いて絵馬をかけるということがポイントですし、そうすることで日本橋の街に長く滞在して頂けます。榮太樓さんの本店でおもちを買って福徳神社に来るまでにどこかでお茶をしたくなったりすると思うんですよね。

真也:冒頭にもお話したように、日本橋にもっと人を呼び込みたいという思いが強く、宮司とも当初からそうした話で盛り上がっていました。利益を上げることよりも、この街を良くしていこうというところから生まれた企画だったからこそ、多くの共感を得ることができているようにも感じます。

売り場

「一粒万倍もち」は開店後まもなく売り切れてしまうことが多いため、事前予約が推奨されている。混雑時には電話応対が難しい場合あり(画像提供:榮太樓總本鋪)

将己:最近は10時の開店と同時に売り切れてしまうことも多いのでご予約をお勧めしているのですが、当日購入が叶わなかったお客様には申し訳ない気持ちがあり、なんとか対策を講じないといけないと感じています。これだけご好評を頂いているのはひとえに福徳神社さんのお力だと感じています。我々だけがいくら「一粒万倍もち」と謳ったところで一企業が勝手に言っているに過ぎないわけで、福徳神社さんに関わって頂くことで商品に本当の命が吹き込まれ、お客様にも商品の意味合いや本物感が伝わるようになったと感じています。

真木:そうは言っても、やはりお菓子そのものが美味しいからこそ人気が出ているのだと思います。それこそ商品が本物じゃないといくらおまけをつけてもうまくいかないですよ。

将己:うちには色々な商品がありますが、開店と同時に売り切れてしまうようなものは他にないですし、すでにこうした状況が1年間続いています。一時の波で終わらず今後も長続きしていくだろうと手応えを感じています。

真也:例えば、「一粒万倍だし」や「一粒万倍海苔」「一粒万倍茶」など日本橋のさまざまな老舗が一粒万倍日にちなんだ商品をつくることで、一粒万倍日には日本橋の老舗に寄ってみようかなと思ってくださるお客様が増えるといいなと思うんです。我々の取り組みが火付け役となり、日本橋が運気の上がる街として認知されるようになったらこんなにうれしいことはない。それがこの取り組みを長続きさせることにもつながるだろうし、街の人たちにとっても良いことになるのではないかと思っているんです。

真木:街に長く滞留して頂くことで日本橋の良さを知って頂けると良いですよね。そうすればまた足を運んでくれるだろうし、街が盛り上がれば神社も賑わうはずです。私たちはまだまだ新参者ですが、いつかは福徳神社をお参りした後、あちこちに足を運んで頂くような人の流れが生まれることを夢見ているんです。

神社

日本橋再開発による建て替えに伴い、2014年に現在の新社殿が竣工した福徳神社。以後、地域内外の人たちが絶えず参拝に訪れ、隣接する福徳の森とともに地域の憩いの場、心の拠り所になっている(画像提供:福徳神社)

神社をハブに広がる地域のつながり

ー先ほどSNSの話もありましたが、古くから地域に根ざす両者が時代とともに変化し、新しいチャレンジをされているという点も非常に日本橋らしいコラボレーションだと感じます。

将己:やはり地元だからこそ実現できた企画だったと思います。日本橋には私たちより歴史がある企業が数多くありますが、数百年単位で商いを続けている人たちが集まっている場所は他になかなかないですし、それぞれに仲が良いんですよね。それが日本橋の特徴ですし、そうした人たちがみんなでつくり出す雰囲気というものが街の魅力になっていけばと思っています。

真也:日本橋の老舗には江戸文化の精神が引き継がれていて、新しいもの、流行りものを自分たちでどんどん生み出そうとする気概があるし、祭り事も大好きでこぞって神輿を担ぎたがる(笑)。そんな江戸っ子気質をいまも大切にしているし、それぞれに日本橋の企業だという自負があります。それは我々も同様ですし、10個のうちひとつでも成功すれば良いというくらいの思いで常に新しいことにチャレンジしていきたいと考えていますね。

真木:まずは何でもやってみて、ダメだったらあきらめればいいんですよ。私たちも常に何かできないかということを考え、動いているところがあります。

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一粒万倍日には「ものを大切にする日」という意味も込められていることから、一粒万倍絵馬は回収コットンを50%使用した紙でつくられている。

真也:日本橋の老舗は歴史こそ長いものの、一つひとつを見ると規模はそれほど大きくないので単独でできることは限られています。だからこそ大切になるのは横のつながり。例えば、日本橋の老舗企業のSNS担当の若い人たちを積極的につなげるようにしているのですが、それによってデジタルツールで日本橋を盛り上げていこうという機運が高まってきています。

将己:1対1で何かに取り組むだけがコラボレーションではないと思うんですよね。先ほども話に上がったように、一粒万倍日の企画も福徳神社さんを中心に放射状に取り組みが広がっていけば、日本橋の老舗巡りなど楽しみが増えるはずです。日本橋には協力してくれそうな食関係の企業がたくさんありますし、福徳神社さんがハブとなってみんなで楽しい街の雰囲気をつくり出していけるといいですよね。

真木:福徳神社には、徳川秀忠公がお参りの際、鳥居に春の若芽が出ていたのをご覧になって、「芽吹神社」という別名がつけられた歴史があり、その由来から若芽がトレードマークになっているんですね。このトレードマークをフリー素材のように開放しているのですが、多くの方たちがこのマークを色々なところで使って頂けるようになると良いなと思っているんです。

真也:そう言っていただけるのは本当にありがたいですよね。とりあえず日本橋の老舗企業はみんな、宮司のところに相談に行くべきだと思います(笑)。

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取材・文:原田優輝(Qonversations)  撮影:Adit(Konel)

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