Interview
2023.10.31

未来の金融教育を日本橋から発信。 企業も子どもたちも幸せになる地域活動とは?

未来の金融教育を日本橋から発信。 企業も子どもたちも幸せになる地域活動とは?

江戸時代には「越後屋」などの両替商が活躍し、明治には日本初の銀行が生まれた街・日本橋。今も日本銀行や東京証券取引所をはじめ多くの金融関連施設が集まり、この国を代表する金融の街です。その目抜き通りの三井本館に店舗を構える三井住友信託銀行 日本橋営業部・東京中央支店は、街に根ざした活動を積極的に行っています。“金融”という、地域活動からは一見遠い存在に思える彼らがなぜ街に入り込み、その先に何を見ているのか? 同店財務相談室兼プライベートバンキング室調査役であり、「未来創りワーキンググループ」の中心人物である平岡祥一さんに聞きました。

由緒ある金融の街で、一人一人のお客様と向き合う

―信託銀行というと、一般の銀行に比べるとあまり馴染みがないように思いますが、会社としてはどんな業務をされているのでしょうか?

通常の銀行業務のほかに、お客様から“信託”を受ける業務、つまりお客様の財産(金銭・有価証券・不動産など)をお預かりして、運用・管理するのが信託銀行の特徴です。大切な財産を託していただくわけですから、私たちの行動は、厳格な規律と高い専門性が求められています。日本橋営業部は個人のお客様に特化し、会社の中でも中核を担っている店舗です。

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日本橋営業部が入居する三井本館は、国の重要文化財にも指定されている重厚感のある美しい建物。

―部内での平岡さんのご担当を教えてください。

私は事業性ローン(不動産の有効活用等を扱う)の専門チームにおります。たとえば、“住まい”以外の不動産の有効活用で、相続で受け取った土地に賃貸用マンションを建てる場合のお借入れ相談などを受けています。と言っても、特定のお客様を直接やりとりしているのではなく、お客さまを担当する社内の担当者や社外のハウスメーカーの担当者からの相談を受けてプランを一緒に考えるのがメインです。

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今回お話を伺った平岡祥一さん。取材場所は趣のある応接室。かつて日本の歴史を動かした要人たちもここで面会をしていたという。

コロナが明けて、 “社外とつながりたい”ニーズが追い風に

―融資を扱う通常業務のほかに、平岡さんは「未来創りワーキンググループ」の主要メンバーでもありますが、このチームはどんな経緯で生まれたのでしょうか?

三井住友信託銀行は来年創業100年を迎えるのですが、この100周年に向けて活動していくチームを作ろうと、2022年の4月に発足したのが「未来創りワーキンググループ」です。私は立ち上げメンバーとして声をかけてもらったのですが、発足時はわずか4人でのスタートでした。ただ、このチームを率いた上長が地域との繋がりをとても重視する方だったのもあり、初期から積極的に議論を重ねていきましたね。
現在は部内公募や直接の声かけで人数も増え、「未来創りワーキンググループ」は3つのグループに分かれて活動するようになりました。具体的には、地元のイベントやお祭りなどの対外活動をする、私も所属する「地域活動チーム」、100周年に向けたイベントやグッズ制作をする「100周年チーム」、社員向けのファミリーデーや施設見学等の対応をする「ハブ機能チーム」の3グループで、各10名ほどが参加しています。

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地域活動の一環で日本橋営業部が参加している「日本橋橋洗い」。夏空の下、揃いの法被で橋を磨いた。(画像:公式ブログより)

―部内公募での立候補参加の方もいるのですね。皆さん通常業務でお忙しいはずですが、積極的に手が挙がるものなのでしょうか…?プラスアルファの業務にはハードルがあるように感じます。

部内公募した時は、オンラインで私たちの活動を紹介したうえで参加希望者を募ったのですが、けっこう反響が大きかったんですよ。おっしゃるように日常業務でいっぱいいっぱいなことも多いですし、そんなに手は挙がらないだろうと思っていたので(笑)、部内のメンバーの関心の高さは意外でした。

―部内の皆さんの関心が高かった理由は思い当たりますか?

時期的なものは大きかったように思いますね。昨年の4月というと、ようやくコロナ禍が明けて、世の中が通常モードになってきたタイミング。外の世界や人の繋がりを皆求めていたと思うんですよね。と言うのも、コロナ禍の銀行は社内外の一切のコミュニケーションが断たれていた状況で、リアルでの商談や対外的なイベントもなければ、同僚と飲みにも行けなかったんです。銀行ってそもそもが関わる人が少ない、とても狭いコミュニティなので、外にネットワークを広げるチャンスがあるならぜひそこに参加したい!という気持ちがあったのではないでしょうか。

―なるほど。商談や窓口業務など、コミュニケーションを取ることが多いお仕事でしょうし、それが制限されていた反動が追い風になったのかもしれないですね。平岡さんはコロナ前から街と関わる機会が多かったのでしょうか?

はい。私はここに着任する前、小金井支店で地元の青年会議所に参加していたのですが、青年会の皆さんはそれまでの信託のお客様とは全く違う価値観を持つ方々で。それが私にとってすごくインパクトが大きくて勉強になったんですよね。地域活動はそういう多様な属性の人たちと関わりを持つことでもあるので、「未来創りワーキンググループ」のメンバーには、ぜひ街でのコミュニケーションを通して視野を広げてほしいなと思っています。

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平岡さんは三重県出身。学生時代は野球に打ち込み、大の巨人ファン。

―組織ぐるみで力を入れられている「未来創りワーキンググループ」ですが、ボランティアではなく業務の一環としての活動だと聞きました。そのことも安心してチームに参加できる理由になっているように思います。

そうですね。業務に割く時間は、時期にもよりますが通常業務:地域活動業務=8:2くらい。もちろん、重要さは同じくらいです。時間を捻出するのは大変な部分もありますが、あくまで業務として扱われるので周囲の理解がありますし、個人の評価対象にも含まれるよう制度として設計されています。トップダウンで始まった活動がじわじわと広がり、今は店が一丸となって地域活動に打ち込む土壌ができてきている実感もあり、ありがたいですね。

組織ぐるみのイベント作りが生んだ副産物

―つづいて、具体的な活動について聞かせてください。昨年の「学びの森のママ祭り」への参加が地域活動を深めるきっかけだったとか?

実はそれよりも前に、まずは日本橋の街づくりについてもっと学ぼうと、チームメンバーが三井不動産さんに相談に伺ったことがありました。首都高速の地下化、川沿いの開発、宇宙産業が盛んなことからロボットカフェの話まで、それまで知らなかった話に驚きました。日本橋は今そんなに面白いことになっているのかと。
「学びの森のママ祭り」は、その時のお話の流れでお声かけいただいたイベントでした。

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地域の親子を対象に「ママと子どもの暮らしのSDGs」を共有できる場づくりのため、2022年11月に開催された「学びの森のママ祭り」。多くの企業や団体がさまざまなイベントを実施していた。(画像提供:三井住友信託銀行日本橋営業部・東京中央支店)

―子供たちに向けた体験内容はどのように決めたのですか?

「お札数えクイズ」と「1億円の重さ体験」を実施したのですが、どちらもこのイベントをきっかけに皆で相談して考えたものです。当時は中高生向けの金融教育プログラムはあったのですが、小さなお子様向けの内容は初めて。何をやれば良いのかもわからないゼロからのスタートで、試行錯誤しましたね。でも、蓋を開けてみたら参加者アンケートで第1位をいただいたそうで。正直あんなにうまくいくとは思ってませんでした(笑)。

―それは素晴らしいですね!チームの皆さんの反応はどうでしたか?

業務の一環とはいえ、時間を作って準備するのはけっこう大変でしたが、看板を手作りしたり、「お札のサンプルはアタッシュケースに入れようぜ!」「いいね!」なんて言いながら作業したのは楽しそうでしたね。特に新人メンバーにとっては、地域に出ていくこと自体が新鮮な体験だったと思います。コロナ禍で会社=通常業務だけをする場所、という時期に入社した世代ですから、世界が広がったのではないでしょうか。

―その後もプログラムの内容を発展させて、8月には「日本橋キッズサマーキャンプ2023」でワークショップを実施。また同イベントを振り返る形で「日本橋サステナブルサミット」にて次世代教育に関するトークセッションに参加されました。

はい。こうしたイベントに参加させていただくことで、地域の中で我々のプレゼンスが高まっていくと良いなと思っています。また、さまざまな企業や団体が集まる場でもあるので、参加をきっかけに社外の皆さんと関わることもできるのもありがたいです。
今はまだお声かけいただいたイベントに参加するだけで発展途上なのですが、ゆくゆくは自分達で主催して発信していく企画もやってみたいですね。
※関連記事「日本橋でワクワクする夏休みの思い出を。地域の取り組みを次世代に繋ぐ「日本橋 キッズサマーキャンプ 2023」レポート」

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キッズサマーキャンプでは座学に加えて銀行ツアーも実施。写真は地下の大金庫の様子。

―「日本橋サステナブルサミット」では、平岡さんが「教育の機会の提供だけでなく、自社の良さを見直し、自分たちの仕事に誇りを持つ機会だと考えます。」とおっしゃっていたのが印象的でした。活動の副産物が社内にもたらされるのは興味深いです。

子供たちに向けた金融教育を提供することで、私たちの方も“自社を見直す機会”を与えてもらえていると思うんです。普段いくら商談をしていても、自分の会社のことを説明する機会はなかなかないですよね?でも何も知らない子供たちや街の人たちに説明するとなると、改めて考え直しますし、その過程で「あれ、自分の会社って良いな」「この仕事がやっぱり好きだな」と思えるんです。子供たちが驚いたり感心したりする様子を見て、いつも当たり前にやっていた仕事が実はすごいことだったんだと気付かされることもありますし。
だから通常業務を離れて違う角度から会社を見ることは、実は自分たちのモチベーションにもつながっていると思いますね。

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「日本橋サステナブルサミット」のセッションでは、中外製薬株式会社・株式会社コネルと“企業発の次世代教育”をテーマに話した。(画像提供:日本橋サステナブルサミット事務局)

―平岡さんの熱量は、部内の他の方々にも波及しているのでしょうか?

「未来創りワーキンググループ」のコアメンバーは私と同じくらいこの活動に力を入れていますよ。地域活動に関心あるメンバーは想いがこもるので銀行ツアーの案内も上手です。
一方でチームに所属していない人たちは「大変だね、頑張ってるね」と応援してくれるものの、まだそこまでの熱量が共有できてない面もあるかもしれません。なので、今後はチームの再編成を行なって規模を拡大したり、新たにサポーター制度を作って全員がどこかのチームに関わるようにするよう検討しているところです。

―それは良いですね。自分がどこかに所属しているという意識があるだけでも、活動の捉え方が変わってきそうです。

本当にそうだと思います。最初は関心がなくても、やってみると面白くなってくる部分はあると思いますし、自社を見直す機会があまりない人こそ参加する価値が高い気がします。

それと、実は私たちの活動はリクルート面でもすごく意味があって。最近の就活生には、こうしたサステナブルな活動に関心や好感を持つ人が多いんです。私も少し採用活動に関わっているのですが、「未来創りワーキンググループ」の話をアピールしたらとても好感触でした。それで入社希望者が増えた部分もあると信じています(笑)。

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金融教育と地域の未来

―社会的にも高校の教育カリキュラムに金融知識が盛り込まれるなど、金融教育の機運が高まってきているようですが、一方でまだまだ日本では金融教育が浸透していないようにも感じます。

たしかに、ある調査では18歳以上の75%がこれまでに金融教育を受けたことがないと回答しています。日本の金融教育が遅れを取っている理由は大きく2つあると感じていて、ひとつは、もともと日本人は金融への関心が低く、アメリカだと8-9割がやっている投資についても日本では「怖い」「やりたくない」というネガティブなイメージがあること。そういう大人世代を見て育った子供たちは、どうしても関心を持ちにくいですよね。
もうひとつは教育の中で金融に触れる機会自体が少ないことで、これはまさに我々が変えていこうとしている部分です。金融機関側はいつでもそのノウハウを提供したいと思っていて、学校など教育機関側もやらなきゃと思ってくださっているのに、お互いにハードルが高いと感じてしまっている。双方をつなぐ人がいないんです。

―そうなのですね。横のつながりが強い日本橋なら、その壁を乗り越えて何かアクションを起こすこともできるかもしれません。実際、地元のホテルと協力して英語教育に力を入れている公立小学校の事例もありますし、同校はキャリア教育の一環で金融にも関心を持っていると聞きました。

それは良いですね。しかも公立小学校というのが素晴らしいと感じます。金融教育って、それを受ける機会均等も課題なんですよね。今は一部の私立高校で取り入れられているのが現状で、それだと広く行き渡らずに情報に偏りが生じてしまう。教育の機会は広く平等に作られるべきなので、ぜひ応援したいです。

―将来的には、金融の街・日本橋の子供たちは皆すごく金融リテラシーが高い!という状況が作れたら素敵ですね。

本当に。小学生からアプローチしていけば、子供の頃から親しまれて存在を知ってもらえるということですから、銀行にとってはその点でもメリットが大きいはずです。私たち日本橋営業部もまだ本格的に地域の子供たちに関わり始めたばかりですが、まずは社内にしっかり金融教育の重要性を浸透させて、認知と関心を上げていきたいです。それと並行して、社外でも引き続きさまざまなイベントを活用させていただきつつ、日本橋らしい横のつながりを強めていき、いずれは他社とコラボブースを出すようなチャレンジもしてみたいですね。

取材・文:丑田美奈子(Konel)  撮影:岡村大輔

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