老舗卸が、アートでまちとの関係を結び直す。エトワール海渡が「馬喰クラート」で叶えたいこと。
老舗卸が、アートでまちとの関係を結び直す。エトワール海渡が「馬喰クラート」で叶えたいこと。

2026年、馬喰町に地域に開かれた学び・制作・展示・交流の場として「アートベース / 偶然はない。」がオープンしました。1902年創業の卸問屋・エトワール海渡が、かつて商品部として使っていたビルを改修した拠点です。同社はここを起点に、馬喰町・東神田エリアを生活文化の共創区として編み直すエリア構想「馬喰クラート」を始動しています。
エトワール海渡は、これまでもショールームでは産地のものづくりを伝え、社員のまち歩きを機に地域との関わりを深めてきた企業。その彼らが今なぜ、新たにアートを介したまちづくりに挑むのか。代表取締役社長の早川謹之助さん、エリアマネジメントセンター センター長の青木隆之さん、卸事業企画部 副部長兼マネジャーの根井真美さん、カスタマーサポート部の髙橋友一さんにお話を伺いました。
「日常×気分上げ」を届けてきた、創業124年の卸問屋
─まず、エトワール海渡がどのような会社なのか教えてください。
早川:1902年に創業した、馬喰町の卸問屋です。創業当初は、帯留めやかんざしといった当時のファッションアクセサリーを扱っていました。当時から大切にしてきたのは、日常的に身に着けながら、気分を少し高揚させてくれるものを扱うこと。
現在も、そんな「日常×気分上げ」の商品を、ファッションから雑貨、食品まで、衣食住を問わず幅広く扱い、約2,500社の日本の中小メーカーから仕入れた商品を国内外の約1万7,500店舗に届けています。
日本橋には、約5万品目を展示する卸のショールームがあり、実際に商品を見て触れる中で生まれる「偶然の出会い」を提供しています。一方、EC化は以前から進めていましたが、コロナ禍を機に一気に加速しました。ECでは、目的の商品をすぐに見つけられる、いわば「必然の出会い」の場も整えました。現在は、それぞれの特性を生かし、リアルとデジタルを組み合わせたハイブリッドな仕入れ体験を提供しています。
私たちは、日常の中で気分が上がるモノを扱い、社員も自分たちを「モノ好き集団」と呼んでいます。デジタルチャネルでも、リアルな場で行ってきたことや商品の温度感をきちんと伝えることを大切にしています。ECサイト内のスタッフブログでは、「私の気分が上がるとき」という連載も組んだこともあります。現在も、特集企画やInstagramライブなどを通じて、バイヤーが自分の言葉で商品の魅力を継続的に発信しています。
─早川さんは2011年に7代目の社長に就任されています。どんな思いで引き継がれたのでしょうか?
早川:2004年に入社し、副社長として数年間引き継ぐ準備をしたのちに社長となりました。私はもともとグラフィックデザインを学んできて、CIやロゴデザインの仕事もしていたので、入社当初にまずやらなければと思ったのが企業理念の言語化でした。長い歴史のなかで、経営者だけでなく社員も含めて「海渡らしさ」のようなものが連綿と続いてきて、それが体に染みついているはずなのに、言葉になっていなかった。歴史をちゃんと再解釈して、今の組織にもう一度実装し直す。その使命感は、今も持ちつづけています。

エトワール海渡 7代目代表取締役社長 早川謹之助さん
馬喰町への恩送りから生まれた「ローカルサクセス」の取り組み
─エトワール海渡がまちと積極的に関わるようになったのは、いつ頃からですか?
早川:会社の歩みを改めて振り返る中で、馬喰町界隈へ移転してから約120年、この街に育てていただいた一方で、私たちは地域に十分な恩返しができていないのではないかと考えるようになりました。
コロナ禍で人との距離を取らなければならなかったからこそ、地域のつながりの大切さも改めて感じました。私たちのお客さまには地域に根差した小売店が多く、メーカーにも、その土地にしかない素材を使ってモノづくりをしている方々がいます。そうした地域に根差したものづくりや商いは、いわば「ローカルサクセス」を体現するものです。
そうした方々をつなぐ流通業である私たち自身も、この街のためにできることがあるのではないか。その気づきが、「ローカルサクセス」という考え方につながりました。

卸事業企画部 副部長兼マネジャー 根井真美さん
─社員の皆さんは、そのキーワードをどう受け止めたのでしょう?
根井:最初は「ローカルサクセスって何?」という状態でした。まちとの接点があまりなかったので、恩返しと言っても何をすればよいのか……そこで、まずはこのまちの人を知ることから始めようと「馬喰町を知ろう!プロジェクト」を立ち上げました。
それまで会社と自宅を往復するだけだった社員が、当時コロナ禍で社員食堂が廃止されたこともあり、昼食をとりにまちへ出るようになり、「こんなにいい店があったんだ」と驚くことも多かったです。
─このプロジェクトでは、具体的にどのような活動をされているのでしょうか?
根井:年齢や部署がばらばらな10人ほどをプロジェクトメンバーに任命し、企画を考えるために街歩きをしました。見つけたお店に「社員向けのワークショップをやってくれませんか?」と飛び込みでお願いするなどして、人気店パティシエとのお菓子作りや、スワッグづくりなどが実現しました。
2年目以降はメンバーを入れ替えながら活動の輪を広げ、江戸扇子作りや染めの体験なども行いました。3年間で、延べ100人ほどの社員がワークショップやイベントに参加しています。活動の自由度が高いので、楽しみながら、本業につなげていくということもしています。
─ 一方のショールームでは、「馬喰町を知ろうプロジェクト」とは別の文脈で、産地のものづくりを伝える取り組みも続けてこられたそうですね。
髙橋:はい、弊社では品群別にバイヤーがいて、常時30人ほどが日本各地のものづくりの現場を回っています。中小メーカーには、その場所でしか作れない強みがある一方で、生産背景や工程の苦労もある。その付加価値をいかに伝えるかが、今の流通業界では求められています。そこで、現場で集めた情報を馬喰町に持ち帰って展示するだけでなく、ものづくり企業の社長を招いたトークイベントや、青森産ブナ材を使った器づくり、手描き友禅染など、日本のモノづくりや伝統的な染色文化に触れるワークショップを開催してきました。

カスタマーサポート部担当部長 髙橋友一さん
─これらの活動を通じて、どんな変化がありましたか?
根井:私自身は、顔見知りが増えて、知り合いとまちでたまたま出会う機会が増えたことが本当にうれしいです。
髙橋:わかります。最近は一般の方にもご利用いただけるポップアップストアを期間限定で開催したのですが、週末に店頭に立っているときも、「いつもこの辺を散歩しているのよ」と、散歩ついでに立ち寄ってくださる方が本当に多いのに驚きました。散歩や散策が、ここに住んでいる方のキーワードなんだなと感じます。
根井:社員にも変化がありました。たとえば、何十年も会社と家の往復しかしていなかったベテランの男性社員が、参加後は一人で細い路地に入ってみるようになった、と話してくれたこともありました。他の社員も、「大通りから二本奥の道を通ってみる」といったことを試しては、偶然の出会いを楽しんでいるそうです。
─「ローカルサクセス」に向き合うことで、まちをどう見つめるようになりましたか?
早川:人と人の距離が近く、さまざまなつながりが生まれやすい街だと捉えるようになりました。
実際にこのエリアには、長い時間をかけて、さまざまな人や営みが重なってきた歴史があります。江戸時代には、両国橋付近の賑わいや往来があり、旅館や商い、人やモノ、情報の流れが重なる場所として発展し住む場所と働く場所が一体となっていました。近代以降は、墨田や台東のものづくり圏にも近いことから、問屋街やオフィス街としての性格が強まりました。そして現代は暮らす人が増え、子育て世代も多くなっています。
また、地理的にみると、江戸時代からの斜めの道と靖国通りのような東西南北の道が交わっているため、路地が多く、網目のようになっていて、歩くほどに発見があります。
卸×アートで、「関係を結びなおす力」をまちに広げていく
─2026年には、東京の馬喰町・東神田エリアを舞台とした「馬喰クラート」のプロジェクトがスタートしました。どのような構想なのでしょうか?
早川:「馬喰クラート」は、地場の問屋街を「生活文化の共創区」へと編み直していく構想です。アートとクラフトの新たな動きを起点に、働く・暮らす・探す・創るが、歩いてつながるまちを目指しています。「クラート」は、キュレーション(編集)、クラフト(工芸)、アート(芸術)、キュリオシティ(好奇心)を合わせた造語。アートベースの立ち上げを皮切りに、いずれエリア全体の呼び名として「馬喰クラート」が定着し、クラートなまちにしていくことを目指しています。

エリア名とタグラインはクリエイティブ・ディレクターの小池一子さん。ビジュアルアイデンティティはCentral East Tokyoのプロデューサーでもあった佐藤直樹さんが手がけている(画像:公式サイトより)

画像:公式サイトより
青木:きっかけは、東京ビエンナーレの総合ディレクターであり、当時東京藝術大学の副学長をされていた中村政人さんとのご縁でした。「アート」と「学び」と協働し、新たな商流と動線をつくる。そのための場づくりを目指して、構想を練ってきました。
早川:とはいえ、アートと流通だけでは視点が偏ってしまいます。そこで、構想を練る前段階で中村さんと一緒に専門家を招いた勉強会を6回開催。座学だけでなく、一緒にまちを歩くフィールドワークも行いました。

「アートベース / 偶然はない。」センター長 青木隆之さん

小池一子さんによるエリアコンセプト勉強会の様子(画像提供:エトワール海渡)
─そこから構想を練っていったと。ここで気づいたことはありましたか?
早川:アートの文脈でこのまちを見直すと、1980年代からアートやデザインの実験的な場づくりが重ねられ、2000年代以降は「Central East Tokyo」「3331 Arts Chiyoda」「東京ビエンナーレ」など、地域の文脈を、時間をかけて有機的に育てていくということをしてきました。私たちの取り組みにおいても、それは大切にすべきことだと感じています。
─そもそもなぜ、エトワール海渡がアートに取り組むべきだと考えたのでしょうか?
早川:卸問屋の仕事は、商品を右から左へ流すことだけではありません。ものの価値を見出して引き出し、売り場づくりや発信を通じて、お客さまに新しい価値を見つけてもらう。価値を見出し、関係を結ぶ力こそ、流通業として培ってきたものです。
その力を地域に生かそうとしたとき、アートには、さまざまな関係を結び直す力があると考えました。アートが流通やものづくり、地域の架け橋になる。それをこの場所で実践するのが、私たちの挑戦です。
だからこそ大切にしているのは、完成した作品を飾るのではなく、アーティストが制作している場所をつくること。そうすれば、制作のプロセスに多くの人が関われるはずです。ものづくりやアートの現場がまちに開かれている状態は、小池さんが1983年に江東区に開設した「佐賀町エキジビット・スペース」で先駆的に取り組まれていたことにも通じます。今この場所でそれに取り組むことは、私たちの使命でもあると考えています。
─「馬喰クラート」の拠点である「アートベース / 偶然はない。」は、どのような場所なのでしょう?
青木:もともとは当社の商品部のビルで、私自身も20数年間ここで仕入れをしていたのですが、メーカーさんと商品の魅力や価値を見極めながら、価格を巡って真剣に交渉するシビアな商談の場でした。その遺伝子を引き継ぎながら、アートの拠点として生まれ変わらせました。
シャッターで閉じていた1階はガラス張りにして、開け放てるようにしています。中央には多国籍スパイス料理のお店「マリシャック」があり、ギャラリーやワークショップ用のフリースペース、デジタル工具を備えたスペースも設けました。地域の子どもたちが集まる場所になればと思っています。


1Fにはカフェやギャラリーのほか、ワークショップやイベントができるスペースも

2階はもともと商談室として使われていたスペースを改装した3坪ほどのスタジオが22室。3階はアーティストを応援したい方が借りてアーティストに提供する「パトロネージュ」のような使い方も想定されている
子どもたちに、このまちの温かい記憶を
─オープン後の反応はいかがですか?
青木:夏休みに「3331 夏の子ども芸術学校」としてワークショップを行い、250人近くの方に来ていただきました。アンケートで期待することを聞くと、約半数が挙げた「創造力・発想力」が1位。2位が「表現力」、3位が「家や学校ではできない体験・経験」でした。手触り感のある、既製品ではない創造を期待して来てくれているという点で、私たちの思いと一致していると感じました。

画像:公式サイトより
根井:一方で、社員が使いこなせているかというと、まだこれからですね。仕事で詰まったとき、マリシャックにふらっと行って、ご飯を食べながら飾ってあるアートをぼーっと眺めたり、本を読んだりといった使い方もしてみてほしい。プロジェクトを通してイベントをやれば、社員もどんどん近寄っていくと思うので、今後もきっかけづくりをしていきたいです。また、11月の創業イベントでは、会員の小売店様やサプライヤー様への感謝の会をこの場所で開く予定です。
─これまでやってきたローカルサクセスの取り組みと、馬喰クラート、そして卸としての事業は、今後どのように交わっていくのでしょうか?
早川:たとえば、アートベースでアーティストが子ども向けにワークショップを行なっていますが、今後はショールームで企画してきたメーカーさんたちとワークショップやトークイベント等の取り組みとも掛け算していきたいですね。アーティストをはじめ、職人やメーカーなども含めた多くのものづくりの担い手たちが、子ども向けにワークショップを提供するようなプログラムをつくっていけたら、より生活文化の共創区としての色が出していけると思います。そうやって、だんだんとそれぞれの取り組みを相互につないでいけると思っています。
もし、最初からアートと私たちが扱う商品を表面的に掛け算するだけに留まってしまうと、一過性の取り組みで終わってしまうでしょう。最近は、メーカーがアーティスト・イン・レジデンスを提供し、アーティストにものづくりに深く関わってもらってからコラボレーションするケースも増えています。私たちも、それくらい深くかかわりながら、新たな取り組みを生み出していきたいですね。

─最後に、長い時間軸で見たときに、このまちで実現したいことを教えてください。
早川:まちづくりというものは、一企業だけではできないものです。しかし、アーティストをはじめ、さまざまな方々と相互に影響し合いながら、私たち自身も「創造性の酵母菌」のようになることができれば、「ローカルサクセス」や「日本各地のものづくり」がまちに浸透していき、まち自体に創造性があふれるはず。このエリアにお店を出したい、関わりたいと思ってくださる方が増えて、まち歩きが楽しい場所にしていけたらと考えています。
そして、もっとずっと先の話をすると、今ここで育った子どもたちが大人になったとき、地元への愛、それこそシビックプライドのようなものが生まれていくのが一番いいですね。何十年先も、この場所で育った温かい記憶が残っていくこと。我々は、そのきっかけづくりをやる機会に恵まれていると思っています。
取材・文:宇治田エリ 撮影:隼田大輔(幽玄舎)
エトワール海渡
1902年創業、東京・日本橋馬喰町に本社を置く卸売企業。日本初の現金卸店舗の開設やセルフサービス方式の導入など、業界に先駆けた取り組みを重ねてきた。「日常×気分上げ」をキーワードに、ファッションから雑貨、食品まで衣食住にわたる商品を扱う。
馬喰クラート
