Collaboration TalkInterview
2026.05.20

先生は街の大人たち。日本橋中学校とPTAがタッグを組んだキャリア教育とは?

先生は街の大人たち。日本橋中学校とPTAがタッグを組んだキャリア教育とは?

日本橋のオアシス、浜町公園の一角に中央区立日本橋中学校があります。2026年2月、同校で新しいかたちのキャリア教育「キャリア講演会」が開催されました。教壇に立ったのは学校の先生ではなく、この地域で事業を営む7社の社長や担当者たち。企画をけん引したのは、学校とPTAでした。この取り組みの指揮を執った和泉先生と、PTA会長・副会長として動いた(※講演会開催当時)井上さん・鴛尾さんにお話を伺うと、そこには日本橋ならではの温かくも力強いコミュニティの絆がありました。

明治座で合唱、三越前で吹奏楽。街とともにある日本橋中学校。

―まずは日本橋中学校について、簡単にご紹介いただけますか?

井上:いくつかの学校の統合を経て「日本橋中学校」という名前になってからは52年目を迎えた中学校で、ちょうど僕と同い年なんです。50周年記念のときには記念行事にも力を入れまして、明治座さんをお借りして合唱コンクールも開催しました。

―中学校の合唱コンクールを明治座で開催したのですか!

井上:贅沢ですよね(笑)。でも日本橋は、そういうことが実現する街なんです。

和泉:本校は部活動も盛んで、特に吹奏楽部とダブルダッチ部は街からお声をかけて頂くことも多く、お祭りで演技をしたり、パレードに出たり、三越さんの天女像の前や東京マラソンでの応援演奏などもありました。子どもたちは大舞台にもすっかり場慣れしていて、本当に堂々としているんですよ。

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地域のイベントで演技を披露するダブルダッチ部(日本橋中学校ウェブサイトより)

―学校の教育目標にある「みんなのために尽くす人になろう」という一文も印象的でした。“みんな”には日本橋の街も含まれているのですよね。

井上:地域の皆さんが、とにかくよく学校を応援してくださるんです。ご来賓としてお声がけすれば、皆さんちゃんと足を運んでくださる。そういう土壌があるからこそ、子どもたちも自然と「地域のために」という意識を持つようになっていくのかもしれません。

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キャリア講演会開催当時、PTA会長を務めていた井上政樹さん

「職場体験」から「ゲストティーチャー7人体制」へ

―今回のキャリア教育は、従来の取り組みとどう変わったのでしょうか?

和泉:キャリア教育は、中学校3年間を通じて行っているものです。1年生のうちにまずは自分のことを知り、得意・不得意などの特性を考えるところから始まります。そして働くこと自体について考え、身近な方にお仕事のお話を伺い、さまざまな職業の方からお話を聞く...という流れを積み上げていきます。これまでは1年生の2月に「職場体験」を2日間、2年生の10月にもまた別の会社様で3日間と、同じ形式の職場体験を2年間続けていました。ただ、せっかくなら1年生には違うアプローチができないか?と考えて、今回から1年生は「キャリア講演会」として、地域で働く方々をゲストティーチャーにお招きする会に一新したんです。その記念すべき第1回目が、この2月でした。

―学年の先生方から発案された取り組みなんですね。

和泉:大枠の日程は学校として決まっていたのですが、中身をどうするかは学年の教員で検討しました。「お一人から1年生全員向けにお話しいただく」かたちも選択肢としてはあったのですが、せっかくなら何人もの方に来ていただきたい、と。そこで校長に相談に行きましたら、「それは集めてみよう!」と即答で(笑)。頼もしいお返事をいただいて、そこからPTAの井上会長(当時)に話がつながっていきました。

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主任教諭の和泉広恵先生は英語科のご担当

率先して協力した、街の大人たち

―校長先生からの相談を受けて、井上さんはどう感じられましたか?

井上:「いい取り組みだな」とは思ったものの、正直なところ、「本当に集まるのかな?」とも(笑)。企業の皆さんは時間を割いてきてくださるわけですから、学校の意図がちゃんと伝わるか、どこまで響くのか、そこが最初の心配でした。

―実際にはどうでしたか?

鴛尾:さすが日本橋で、「日本橋中学校に言われたら行くよ」というノリで、皆さんすぐに「やります」って言ってくださって。校長が地元の重鎮の皆さんに声をかけてくださっていたので、僕からお声がけさせていただいたのは、三井不動産さん、山本海苔店さん、弁松さん、コネルさんの4社でした。

授業

実際の授業の様子(編集部撮影)

―人選の基準は何かあったのでしょうか?

鴛尾:老舗の方には日本橋の伝統を、三井不動産さんには今まさに動いている再開発の話を、コネルさんにはクリエイティブな仕事の世界を、子どもたちに届けてほしいと思って声をかけました。たとえば三井不動産さんのお話を聞いて街を歩けば、「あ、ここがあの時の話の場所だ」と、子どもたちが日本橋を俯瞰する視点を持てるんじゃないかなと。コネルさんはクリエイティブ集団で、他にはなかなかいらっしゃらないタイプの会社なので、日本橋には様々なジャンルの会社があるということを知ってほしかったんです。

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井上さんからPTA会長を引き継いだ鴛尾明さんは、老舗の鰻店の店主でもある

―ロイヤルパークホテル、内田洋行、ベアーズの皆様は、卒業生のつながりだと伺いました。

井上:そうなんです。日本橋中学校の卒業生の方からお願いしていただいて実現しました。ちなみにベアーズさんは社内に吹奏楽部があるそうで、日本橋中学校の吹奏楽部とも交流が始まったんですよ。いつかどこかの企業に入った子が「僕、日本橋中学校出身で、あの時の授業を受けたんです」って言ってくれたら最高ですよね。そんな未来も意識して取り組めたら良いなと思っています。

1クラスを7分割、全員が"代表"になる授業

―当日はどのように進行したのですか?

和泉:7名のゲストティーチャーにお越しいただいたので、クラスを7つのグループに分けたんです。それぞれのグループが「クラスの代表として話を伺ってくる」という任務を持って、7つの教室に散らばって、お話を伺いました。授業後は事後学習として、「◯◯さんからはこういうお話を伺いました」とグループごとにスライドにまとめて、クラス内で発表し合いました。結果として、7社すべてのお話がクラス全体で共有される、というかたちです。

―一人ひとりが「代表」になる授業設計、素敵ですね。

和泉:受け身ではなく、主体的に聞く姿勢がおのずとできあがる設計でした。自分の言葉で持ち帰ってきた話を、自分の言葉で仲間に届ける。生徒たちも、とても前向きに取り組んでくれました。

―生徒さんたちの反応はいかがでしたか?

和泉:私は全クラスを回らせていただいたのですが、どの生徒も本当に聞き入っていました。中学生って、大人の「本気」にすごく敏感に反応するんです。ゲストの皆さんが、中学生のために本気で準備をしてきてくださっていたので、それが子どもたちにも伝わっていて。

集合

ゲストティーチャーの皆さんと日本橋中学校関係者(編集部撮影)

―先生方が普段から教えている学校での学びが、大人たちの仕事に活かされていることを見せてくれた、という感じでしょうか。

和泉:まさにそうなんです。皆さん最終的には「今頑張っていることが、社会に繋がっていくんだよ」というメッセージで締めてくださって。実際に活躍している方々が言うわけですから、説得力が違いますよね。「ほら、私たち教員が言っていること、本当だったでしょ?」って(笑)。私たちから何か言う以上に、子どもたちの"引き出し"には確かに入ったと思っています。

井上:僕も一社ずつ、すべての授業を拝見したのですが、皆さん本当に素晴らしい授業をされていて、感動しました。わざわざこの授業のためにスライド資料を用意してきてくださった方も多くて、「あ、これは子どもたちに伝わるな」と思いながら聞いていました。

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キャリア講演会から始まる、次の一歩

―今回の手応えを受けて、これから一緒にやってみたいことはありますか?

鴛尾:今回の講師を務めてくださった方から、中学生と企業とで新しいクラブを作れたらというアイデアが出ていたのですが、そういう関わりはぜひ持っていきたいですね。部活の外部顧問や指導員というかたちで、地域の企業の方に関わっていただけたら、子どもたちにとってすごくいい学びになるはずで。今回のキャリア講演会のようなきっかけがあれば、動き出していくんじゃないかなと思っています。

和泉:部活の地域移行という大きな流れもあるなかで、外部の方に入っていただける可能性は広がっています。本校ではまだ完全移行まではいっていないのですが、外部指導員の方に入っていただいている部活もあります。ただ、お願いする方はやはり地域でご縁のある方や、お知り合いを介して紹介していただくかたちが中心ですね。人となりが分かっている方にお願いしたいので。その意味でも日本橋らしい横の繋がりは大切だと感じています。

―公立中学校という立て付けのなかで、企業との連携には難しさもあるのでしょうか?

井上:ありますね。授業のカリキュラムはある程度決まっていますし、そこは先生方にお任せしていく部分です。それ以外の人間性の幅を広げていくような部分を、僕らPTAや地域の企業がお手伝いできればと思っているんです。PTAが子どもたちに直接何かできる機会って、実はそれほど多くないんですよ。だからこそ、学校からこういうお話をいただいたときに、「すぐやろう」という感じで動けた。その気持ちが、きっと企業の皆さんにも伝わったんだと思います。

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校舎の一角には、生徒が描いた原案を3Dプリンターで形にしたオリジナルキャラクター「バシリン」が飾られていた

―最後に一言メッセージをお願いします。

和泉:日本橋中学校はこの2月に、本当にありがたい時間をいただけたと思っています。日本橋でなければ集まっていただけない方々に、本気でお話をしていただいた。「これは普通のことではないんだよ」と、子どもたちにも何度も伝えました。中にいると日常の風景になってしまうけれど、外から見ると、この街と学校の関係はとても稀有なことだと思います。その宝物を、子どもたちはしっかり受け取ってくれたと思います。

鴛尾:企業の皆さんも「楽しかった」と言ってくださって。活動を続けていけば、学校と街の顔の見える繋がりが、もっと強く、もっと豊かになっていくはずです。今回のキャリア講演会に参加した生徒がいつかゲストティーチャーとして日本橋に戻ってきてくれたら、これ以上嬉しいことはないですね。

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取材・文:丑田 美奈子(株式会社コネル) 撮影:岡村大輔

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