Interview
2021.05.26

東京生まれの野菜が地域を変える!? Ome Farmが実践する「農」を通した小さなまちづくり。

東京生まれの野菜が地域を変える!? Ome Farmが実践する「農」を通した小さなまちづくり。

都心から車で1時間余りの東京・青梅で有機農業と養蜂を営む「Ome Farm」。農薬や化学肥料を一切使用せず、自然の力を最大限に活かして育てられた西洋野菜や日本の伝統野菜は、星付きレストランのシェフたちから絶大な信頼を集め、ファーマーズマーケットなどでも大人気となっています。そんなOme Farmは昨年、浅草橋に「Ome Farm kitchen」をオープンさせ、早くも地元の人たちから界隈の料理人までが集う場所になっているようです。隣接する日本橋エリアの飲食店などにも取引先が多いというOme Farm代表の太田太さん、Ome Farm kitchenのシェフ・竹内真紀さんのおふたりにお話を伺いました。

アパレルから農業に転身した理由 

ーまずは、太田さんが農業に興味を持つようになったきっかけを教えてください。

太田:先天性の疾患を抱えていた娘の存在が大きかったですね。それまでは僕も妻もアパレルの仕事をしていたのですが、娘が生まれたことをきっかけに、自分がしてきた仕事や生活をこれからも続けていこうという気持ちがなくなってしまったんです。その頃にある会社からお声がけ頂き、それが農業のプロジェクトでした。以前格闘技をしていたこともあって食にはずっと関心を持っていて、食に関わる農業を突き詰めていった先に何かがあるような気がしたんです。農業の知識はほとんどありませんでしたが、アメリカにいた頃は週に3回くらい開かれていたファーマーズマーケットでよく野菜を買っていました。欧米では主要駅から次の駅に移動するまでの間、電車がずっと畑の中を走っていくような場所が多くて、そういう風景も好きでしたね。

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Ome Farm代表の太田太さん

ー食や農業に関する原体験、原風景のようのものが太田さんの中にあったのですね。

太田:そうですね。ファッションの世界にいた頃、葉山に農園を持っていた方のお手伝いをしていたこともありました。先ほど話した農業のプロジェクトが始まってからは、その農園で試験栽培をさせてもらうようになったのですが、当時は日本各地の農地で色々勉強したり体験したことを試験栽培に落とし込みながら、ほぼ休みなく働いていました。次第に自分たちがやりたいことが明確になっていき、青梅にある耕作放棄地が見つかったことがきっかけで自分たちの農園を開くことになりました。

ー農業を始めてみて、アパレルの仕事と通じる部分などは感じましたか?

太田:どちらもものをつくるクリエイティブな仕事ですよね。うちの農園のメンバーは農業や養蜂など各々がやりたいことを突き詰めているプロフェッショナルたちなのですが、こだわりをもって何かをつくっている人たちには皆どこか変わっていて、デザイナーやクリエイターと似ているところがあります。一方でファッションと農業では、つくったものを通して届けられる幸福のあり方が違うように感じています。わかりやすい例を出すと、ファッションの仕事には20万円のジュエリーを売って一人の人間を幸せにするようなところがありますが、仮にいま僕たちがつくった野菜を20万円分売ったとしたら、それで幸せになれる人は百数十人くらいいるはず。また、トレンドにも左右されず、美味しくて健康になるものを通して届けられる幸福感というのは、ファッションが提供するそれとはだいぶ種類が違うのかなと思います。

農園

東京とは思えない自然環境に恵まれた青梅市にあるOme Farmの農園(「Ome Farm」Instagramより)

顔の見える相手に届けたい  

ーOme Farmでは、農薬や化学肥料を一切使用しない有機農法にこだわっていますね。

太田:農業について学び始めてから、多くの農家が大量の農薬を使っていることを知って大きな衝撃を受けました。これはコンビニ食などにも通じる話ですが、日本人の大半は、食事をすればするほど不健康になるような状況を黙って受け入れているところがあるんですよね。一方で、自然栽培にこだわっている農家の中には、わかってくれる人だけに伝わればいいという排他的な考え方を持つ人も多く、そんなに意地を張らなくてもいいのにと感じていました。せっかく良いものをつくっても伝わらなければ意味がないですし、どれだけ偉そうなことを言っても、モノが売れなければその価値は証明できないと思うんです。

ーその話は、Ome Farmがファーマーズマーケットやオンライン販売などを通じて消費者に直接野菜を届けていることにも関係していそうですね。

太田:アパレルの仕事をしている時に感じていたことなのですが、いくら思いを込めてつくったものでも、売る人たちがそれを理解していなければ消費者にも伝わらないんですよね。僕らは最高の作品をつくるつもりで農業に取り組んでいるからこそ、仲介者を極力入れずに自分たちの手で届けたいと思っていて、JAにも参加していません。顔が見えない相手には売りたくないという思いがあるのですが、例えば農水省が発行している「有機JASマーク」などはその逆の考え方で、顔が見えない相手に対して有機野菜を売るためのものなんです。でも、この有機JAS認証はいくつかの農薬の使用を認めていて、それをオーガニックと言って売ることは自分たちの目指していることではありません。僕らは農園をお取引先にはオープンにしているので、もしどんなつくり方をしているのか知りたかったら、ぜひ直接来てもらいたいと思っています。

にんじん

収穫の様子(「Ome Farm」サイトより)

ーOme Farmでは、固定種、在来種のタネにもこだわっていますが、その理由も聞かせてください。

太田:野菜のタネは、安定的な生産を行うために改良された「F1種」と、自家採種を繰り返すことで土地の環境に適した遺伝子を蓄積してきた在来種を含む「固定種」に分けられます。僕らは当初、両方のタネを使っていたのですが、お隣の飯能市に「野口のタネ」として広く知られている野口勲さんというタネのスペシャリストがいることを知り、それをきっかけに固定種と在来種のみを使うことにしました。うちでは養蜂も行っているのですが、タネを育てる上でも受粉をさせてくれるミツバチは大切な存在になっています。他にも植物性の原料を中心とした環境負荷の少ない堆肥づくりをするなど、Ome Farmでは循環型農業を目指しています。

農業を通じてコミュニティに貢献する   

ーOme Farmの活動を通じて、太田さんが目指していることを教えてください。

太田:自分たちの活動を通じて日本の食環境を変えるなどといった大それた考えはないですし、そんなことはできないと半ばあきらめています(笑)。だからこそ、自分の周りのコミュニティを良くしていこうと割り切っているんです。僕らが農業を始めてから周辺の農業従事者は増えていますし、東京で有機農業をしようとする人の多くが青梅に来るような状況が生まれていて、少なくとも地域の農業に貢献できている自負はあります。また、農園の近くに幼稚園があるのですが、気づけば卒園アルバムの写真撮影が農園の菜の花の前で行われるようになったんです。菜の花は咲いてしまうと野菜としては売り物にならないのですが、僕らは養蜂もしているので花はいくらあっても良いですし、子どもたちのためにあえて収穫せずに残しているところがある。こうしたことも自分たちだからこそできる小さな貢献なのかなと思っています。

菜の花

「Ome Farm」Instagramより

ーOme Farmでは、「地産地消とまちづくり」ということも掲げていますね。

太田:農業用語で、1ヘクタール(=10,000㎡)のことを「1町」と言うのですが、僕らが掲げるまちづくりはこの「1町」とかけているところがあるんです。おそらく昔の町名も「1町」くらいの範囲ごとにつけられていたのではないかと思っているのですが、この1町という単位がとても大切だと考えています。独立する時に経営者の先輩から、「あれもこれもしようとせず、家族やスタッフなど周りの人間を何人ハッピーにできるかだけを考えなさい。そうすれば自ずとその周りも幸せになる」と言われたんです。その言葉に感銘を受けて、周りのコミュニティの中で小さな経済圏を成立させることに注力しようと考えるようになったんです。

ー「まちづくり」と聞くと地域創生や都市計画などもっと大きなスケールの取り組みをイメージしがちですが、「1町」という単位で街を捉える視点も大切なのかもしれません。

太田:地域や都市という大きな枠組みの中で、各々が周りの小さなところをつくっていくことが大切だと思っています。また、まちづくりと一口に言っても色々な分担があって、農業を通して地域に影響を与えていくことが自分たちの役割。特に東京という都市において自分たちに提案できることがあると考えています。東京で農業を始めると言った時は多くの人に笑われましたが、野菜を売るという観点ではとても理にかなっているんです。東京で良いものがつくれるならわざわざ遠くから野菜を取り寄せる必要がなくなるし、当然鮮度も全然違う。僕自身、生まれてこのかた都市以外で暮らしたことがないからこそ、どうすれば都市が良くなるかということは考えています。

マーケット
野菜マーケット

全国から多くの農業従事者が集う東京・青山のファーマーズマーケットでもOme Farmの野菜はトップクラスの人気を誇る。国内外から有名シェフらが訪れることも(「Ome Farm」Instagramより)

浅草橋にオープンした小さなキッチン  

ー昨年、浅草橋にオープンしたOme Farm kitchenのお話も聞かせてください。

太田:高校時代の同級生で、アメリカで暮らしていた時期も重なっていた友人が焼鳥店を始めることになり、その2階で自分たちのキッチンを開くことになりました。以前から知り合いだった(竹内)真紀さんがちょうど独立してお店を出そうとしていたタイミングだったこともあり、みんなのリソースをシェアするような形でお店を運営しています。最近は、地場産のフレッシュでオーガニックな食材を使用する「Farm to table」を謳うお店も増えていますが、自分たちは自家採種をしているので「種からテーブルまで」をコンセプトにより一貫した体験を提供したいと考えています。

竹内:もともと私は、この近くにある北出食堂(北出食堂の記事はこちら)で働いていたのですが、そこでもOme Farmの野菜を使っていたんです。お客様の中にはOme Farmの野菜は全然違うと仰る方が多く、私自身も野菜にはそれぞれこんなに個性があるのかと驚いた記憶があります。その野菜がどんなところで育てられているのかが気になって農園にお手伝いをしに行くようになり、太田さんと知り合いました。多くの人たちが食の大切さに気づき始めている中で、この場所を通じて食材の大切さやOme Farmの野菜のことをもっと伝えていけたらと思っています。

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以前に北出食堂で働くなど、日本橋エリアにも縁があるOme Farm kitchenのシェフ・竹内真紀さん

太田:コロナ禍で本質的な価値があるものに目が向けられるようになり、食に対する意識や価値観も変わってきていますよね。この界隈には有機栽培の野菜を提供するようなお店はほとんどなかったですし、そういう場所で料理を出したり、野菜を売ることに意味があると思っています。

竹内:お料理を提供する時に野菜の説明もしているので、自然と食材に関するコミュニケーションが増え、みなさん興味を持ってくださいますね。カウンター5席のみの小さなお店なので、隣り合わせになったお客様同士で話が盛り上がることも多いです。

太田:周辺の飲食店のシェフや料理人も毎週のように来てくれていて、これまでオーガニック野菜に興味を持たれていなかった方も僕らの野菜を美味しいと言って使ってくれるようになりました。また、日本橋エリアには以前からうちの野菜を使って頂いているお店も多いので、ここにまとめて野菜を持ってきて皆さんにピックアップして頂けたら配送料なども削れるなと考えています。いずれはお店の周りのスペースを使ってファーマーズマーケットや生協のようなこともしたいですね。あと、先日マーケットに女性ボクサーの方が来られたのですが、格闘家の食生活をバックアップするというような取り組みもできたら面白そうだなと個人的に思っています。

料理

Ome Farmの野菜を使ったタパスやカレー、オリジナルドリンクなどが楽しめるOme Farm Kitchen(「Ome Farm」Instagramより)

東京の野菜文化を未来につなぐ  

ーいまお話に出た日本橋は食の文化や歴史がある街ですが、どんな印象をお持ちですか?

太田:ファッションの仕事をしていた時に知ったのですが、日本橋は日本で初めて路上ファッションショーが行われた街なんですよね。日本橋はあらゆることが始まった場所だというイメージがあるし、やっぱり歴史の街ですよね。一方、歴史がある地域だからこそ新しいことにも挑戦できる場所だと感じていて、実際に僕らのお取引先を見ても、開店2年目でミシュランの星を獲得した「アサヒナガストロノーム」、昆虫食のコース料理を提供する「アントシカダ(関連記事はこちら)」、ファッションブランドのミナ ペルホネンによる食材や器などを扱うライフスタイルショップ「エラヴァ」など個性的なお店が多いんですよね。新旧色々なものが混在している環境がとても良いなと思っています。

竹内:私は東京の人間ではないのですが、東京の中心部にある日本橋には、銀座と並んできらびやかで敷居が高い街だというイメージがありました。でも、料理の仕事などを通じて街の中に入ってみると意外に下町的な雰囲気があって、一見とっつきにくそうに見える老舗の方たちも話してみると良い人が多い。しかもそういう人たちの方が新しいものに敏感だったりするし、自分たちがこれからやろうとしていることにも耳を傾けてくれるんですよね。

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Ome Farm Kitchenでは、農園で採れた野菜や非加熱の蜂蜜も販売されている。蜂蜜のラベルには、その年の瓶詰めされた順番を示す番号や蜜源となった花の名前などが記載されている

ーOme Farmでは在来種の江戸東京野菜を栽培していますが、江戸から続く東京の野菜文化を発信していく場所として日本橋以上の街はないような気がします。

太田:そうなんですよね。アサヒナガストロノームさんは、400年以上続いている寺島ナスをはじめ僕らの江戸東京野菜を使ってくれていて、評判も良いですね。一方で、和食の料理人はこれまで野菜というものをあまり重視してこなかったところがあると感じています。良い和食店は築地から最高の魚を仕入れていますが、野菜にはフレンチやイタリアン、スパニッシュのシェフほどはこだわらない傾向があって。本当はたくさんの種類があるナスひとつとっても、和食の料理人の中にはナスと水ナスの違いくらいしか気にしない方が多いんです。和食の料理人の方たちが、「ぜひこの野菜を食べてみて」と僕らの野菜を出してくれるような状況がつくれると良いなと思っています。

ーそれは少し意外な話ですね。地域の食文化と地場の野菜の距離がもっと近づき、お互いに影響を与えていけるようになると良いなと思います。

太田:そうですね。東京や京都、奈良、大阪など多くの人たちが集った都やその周辺の街は、野菜の種類がダントツで多いんです。それだけ需要があったということですし、在来種の野菜はその土地の気候や風土に合っているものなので、美味しくないわけがないんです。江戸東京野菜はなかなかタネを手に入れるのが難しいところもあるのですが、僕らとしてもこうした在来種を残し、増やしていきたいという思いがあります。そのためには、しっかり野菜の美味しさを伝えて、使ってもらえるようにすることが何よりも大切だと思っています。

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利久庵

昔から蕎麦が大好きなんです。10代の頃から父親と一緒に東京の下町で蕎麦を食べ歩いていましたし、妻もそば打ちを趣味にしていて、結婚前のお出かけではほとんど毎回蕎麦屋に行っていましたね。その中でも利久庵は大好きなお店で、ここのお蕎麦はひとりで5枚くらい食べられます(笑)。庶民的な雰囲気ですが、お蕎麦はとてもしっかりしているんですよね。(太田さん)

AIRビル

THE A.I.R BUILDING

自分の活動の拠点にもしているTHE A.I.R BUILDINGは大好きな場所で、ここで生まれたご縁もとても多いです。「Artist In Residence」をコンセプトに、常にクリエイティブな活動をしている人たちが集う場所で、料理人もアーティストとして見てくれています。日本橋の新しいカルチャーが生まれている場所でもあると思っています。(竹内さん)

取材・文:原田優輝(Qonversations) 撮影:岡村大輔

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