Collaboration TalkInterview
2022.11.07

壁画がもたらす街の新たなコミュニケーション。街への想いや誇りを絵で表現した「Mural Project」とは?

壁画がもたらす街の新たなコミュニケーション。街への想いや誇りを絵で表現した「Mural Project」とは?

2022年8月、日本橋本町一丁目の再開発に伴うビル解体の仮囲いに、目を引く壁画が登場しました。界隈ににぎわいをもたらすために日本橋らしい壁画を描こうという「Mural Project(ミューラル・プロジェクト)」によるものです。どのような経緯でプロジェクトが生まれ、壁画にはどんな思いが込められているのでしょうか。また、プロジェクトによって街に生まれた変化とは?プロジェクト発起人の一人である日本橋本町一丁目町会・町会長の髙橋一祐さんと、壁画制作を請け負ったBnA株式会社の共同創業者、壁画プロデューサーの大黒健嗣さんに話を聞きました。

仮囲いに日本橋らしい壁画を描き、界隈に人の流れを取り戻したい。

―まず、「Mural Project」の概要や、プロジェクトが計画された背景について教えてください。

髙橋一祐さん(以下、髙橋):日本橋本町一丁目の「むろまち小路」界隈には、私がやっていた「大勝軒」をはじめ、かつては飲食店が何軒もあったのですが、再開発にともなって今は一時的に飲食店が少なくなっています。コロナ禍の影響もあって人通りが少なくなったので、人の流れを取り戻すために何かできないかと、日本橋室町一丁目・本町一丁目の地元有志でつくる「室一本一にぎわいの会」で話し合いをしました。工事の仮囲いが真っ白でさみしかったので、そこに日本橋らしい壁画を描いてもらおうということになり、誰かお願いできる方がいないかと方々相談したり探していたところ、ご縁がつながり、さまざまな地域で壁画制作を手がけている大黒さんをご紹介いただいたのです。

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生まれも育ちも日本橋という髙橋一祐さん。1933年創業、2019年4月に惜しまれながら閉店した中華料理店「大勝軒」の3代目。日本橋本町一丁目町会の町会長として、にぎわいあふれる街づくりに取り組む

大黒健嗣さん(以下、大黒):僕はその地域に根ざしてクリエイティビティを発揮する機会をつねに求めているので、お話をいただいたときはうれしかったですね。このエリアのことを深く知る機会にもなるので、「ぜひやらせてください!」と引き受けました。

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高円寺を拠点に、街なかに巨大壁画を制作する「Mural City Project」をはじめ、さまざまなプロジェクトを手がけるプランナー/プロデューサー。アートホテル「BnA」の共同創業者として、2016年に「BnA HOTEL Koenji」を開業した

―壁画アーティストはどのように選定されたのでしょうか。

髙橋:今回の趣旨は、日本橋らしさや、私たちの街への想いを絵で表してもらうということだったので、それに合うアーティスト候補を何人か出してもらいました。作品見本を拝見し、「室一本一にぎわいの会」のメンバーで検討したところ、満場一致で決まりました。

大黒:選ばれたのは、「WHOLE9(ホールナイン)」という二人組のアーティストユニットです。壁画制作とライブペイントを得意とし、大阪を拠点に国内外で活躍しています。

―壁画に何を描くか、モチーフをどのように構想・決定されたのか教えてください。

大黒:アーティストを交えて街の人々にオンライン・インタビューを行い、地域への想いをヒアリングしました。みなさんに共通していたのは、日本橋という街を大切にして、誇りに思う気持ちです。それを未来につなげていくにはどうしたらいいか、みなさん明確に言葉を持っていらっしゃった。そこから、地域の人々や来街者に親しみを持ってもらえるものは何か、モチーフを検討しました。みなさんのイメージが具体的だったので、スムーズに進みました。

髙橋:こちらからは、エリアの象徴としてやはり「日本橋」を描いていただきたいとお願いしました。桜や、着物姿の旦那からも、日本橋らしさが感じられますね。

大黒:日本橋は魅力的な人がたくさんいる街なので、アーティストからも人物像を描きたいという希望がありました。着物姿の旦那に特定のモデルはいないのですが、「あの人に似ている!」と噂になったようですね(笑)。このように、完成した後だけでなく、制作中に人々の話題になることも、壁画の効果だと思います。

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壁画に描かれた着物を粋に着こなす旦那。日本橋らしいモチーフとして阿亀桜もあしらわれている

―壁画制作で工夫された点を教えてください。

大黒:江戸の色使いというものを教えていただいたので、江戸の流行色を使っています。モチーフはもちろんですが、色使いから受ける印象も大きいので。青を基調としているのは、日本橋川の流れを表しているからです。また、モチーフとして明確には表現していませんが、この地域のみなさんは人のつながりを大事にされているので、それを意識しながら制作しました。

―制作で苦労された点は何でしょうか。

大黒:なんといっても暑さですね(笑)。制作時期が7月末~8月頭と真夏だったことに加え、今年は例年にない猛暑でしたから……。アーティストは朝と夕方に分けて作業していたのですが、それは実はブラジルでの制作時間帯と同じで(笑)。そんな中でも地域の方から気さくに話しかけていただいたり、差し入れをいただいたりと、温かく見守っていただいたので、アーティストもすごく励みになったようです。居心地のよい環境でやらせてもらえたことに、感謝しています。

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壁画制作の様子(画像提供:Mural Project)

壁画制作を通して生まれるもの、壁画が街にもたらすもの。

―壁画を見た街の人々からはどのような反応がありましたでしょうか。また、壁画の登場によって、街にどのような変化が生まれたと思われますか。

髙橋:壁画の制作風景は今まで見たことがなかったので、真っ白なところから壁画ができ上がっていく過程を見られたのは、私を含め、街の人々にとって貴重な体験でした。また、日本橋のほかの町会の人たちからは「発想がすごいね!」と言われました。工事の仮囲いに壁画を描くこと自体はめずらしくないと思いますが、絵柄が斬新だったのでしょうね。わざわざ前を通る人も増えたので、人の流れが多少なりとも変わった気がします。真っ赤な車でわざわざやって来て、壁画と一緒に写真を撮る人も見かけました。口コミで広がったり、雑談で話題になったりしているようです。

大黒:そんなふうに人々の話題に上るということが大事ですね。僕が壁画プロジェクトでフォーカスしてきたのは、外へのPRやどう見せるかということよりも、内部のコミュニケーションなんです。壁画制作という、日常にない要素が入ってくることで、街の中のコミュニケーションが活性化します。また、壁画制作そのものよりも、そこに至る過程の中で、街の人々の想いが言葉になって伝わることが重要だと思っています。その積み重ねの中で、街の文化ができていくのではないかと……。ですので、一度きりのプロジェクトではなく、今後も何らかの形で「Mural Project」が続いていってほしいですね。

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「完成した壁画を見て、世界でひとつしかない絵がここにあるということに感動しました」と話す髙橋さん

―「Mural Project」は街によい刺激をもたらしたのですね。大黒さんは壁画と街の関係性について、どうお考えでしょうか。

大黒:壁画を描くということは、街に向き合って人々と関わりながらつくり上げていく、非常にアナログな行為です。街の歴史や文化、大切にしているものを、クリエイティビティを発揮して表現することで、その街のプライドに触れ、土地の色を感じることができる。壁画は、街と関わり街を紡いでいく、新たな形・手法だと考えています。

―“仮囲い”という有限なものに壁画を描くということにも、何か時間軸での意味もありそうです。

大黒:そうですね。“今まで”と“これから”の間にあるものが仮囲いの壁画だと捉えられるので、仮囲いで表現することは、未来に向けた表現でもあるんです。
アーティストの立場からしても、彼らは今自分たちがやったことが今後どう社会に還元されるかを探している。未来に向けてアートに何ができるか?を模索するときに、その地域の人々と何かを作り上げていく行為は彼らにとっても意義があることだと思いますね。

―今回の壁画が本町一丁目にもたらしたものを、今後どのように活かしていきたいと思われますか?

髙橋:壁画のおかげで多少なりとも人の流れが戻ったので、さらなるにぎわいを作っていきたいですね。コロナ禍でなければ、イベントをやりたいんですよ。本来は、夏祭りや日本酒のイベントなどで盛り上がる地域なので。日本橋界隈は世代交代が進んでいて、若い人たちを中心に、みんなで新しいことをやっていこうという機運が高まっています。今回の壁画プロジェクトも、そのような中で実現しました。ただ、新しさだけではなく、古きよきものも大切にしたいですね。たとえば、日本橋は昔ながらの路地が魅力なので、路地で屋台イベントなどができたらと思っています。

大黒:今回のプロジェクトに対して、この街の方々は非常に前向きで協力的だったので、仮囲いの壁画がシリーズになっていくとよいなと思っています。

―今後、日本橋でコラボレーションしてみたいお相手がいらしたら教えてください。

髙橋:特定の相手というわけではないのですが、これからの時代、地域のにぎわいをつくっていくには、地元の人間だけではだめです。ほかの町会の方々や、三井不動産さんのようなディベロッパー、街の外の人たちも一緒になって、街をよくしていきたいですね。そこに、今回のようにアートの要素を掛け合わせることも、積極的にやっていきたいと思います。

スクエア高橋さん

すふぃーる

隠れ家バー。街の人のたまり場なので、行けばだれかに会えます。人を紹介してもらったり、情報交換をしたりと、街の社交場になっています。(髙橋さん)

スクエア

ミカド珈琲 日本橋本店

店員さんがフレンドリーで、親近感を持ちました。日本橋という街の温かい雰囲気が感じられます。(大黒さん)

取材・文:小島まき子 撮影:岡村大輔

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