Interview
2023.11.13

バリスタ界のゲームチェンジャーへ。 摩天楼珈琲は、“失敗と挑戦”ができる場所。

バリスタ界のゲームチェンジャーへ。 摩天楼珈琲は、“失敗と挑戦”ができる場所。

2022年に、日本橋横山町・三合ビルの1Fに誕生した「摩天楼珈琲」。店主が日替わりで、日によってメニューも変わるシェアリングコーヒーショップです。そんな摩天楼珈琲集団を束ねているのが、自身もBarista Baseという名前で店主を務めることもある田上凛太朗さんです。今回は田上さんがなぜシェアリングコーヒーショップという業態を開業するに至ったか、今後どんな展開を目指しているのかをお伺いしつつ、摩天楼珈琲で週一回IKITSUKE COFFEEを出店している坂村優子さんにもこの街の印象などをお話しいただきました。

バリスタ版フードインキュベーションを作りたい

ーまず田上さんがコーヒーに興味を持ったきっかけを教えてもらえますか?

田上:大学時代にシアトルに留学していて、カフェで飲んだカフェラテの味に衝撃を受けたんです。それまでコーヒーにはほとんど興味がなくて、ブラックも飲めないからラテを選んだのですが、自分が知っているコーヒーと全然違う!と。あとから調べたら、バリスタの教本に出てくるような伝説的な人がやっている「エスプレッソ・ビバーチェ」という店だったのですが、その日から毎日のようにそこに通っていたら、バリスタだけでなくて、そこに通う地域の人とも仲良くなれました。日本でカフェへ行くとなると、ちょっとおしゃれに感じますが、シアトルでは日常の一コマでまるで公民館みたいな存在だったんです。そういうカフェのあり方が素敵だなと思って、帰国したらバリスタのアルバイトをしてみたいと思ったんです。

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今回インタビューの会場にもなった摩天楼珈琲の外観(画像提供:摩天楼珈琲)

―カフェでのファーストキャリアは学生時代だったんですね。

田上:シアトルはスターバックスコーヒーのお膝元で、エスプレッソ・ビバーチェで出会った人たちからも「日本に帰ったらまずスターバックスで働いてみたら?」と言われていたので、その通りにしてみました。日本のスターバックスでは半年くらいだけ働いて辞めたんですが、その後就職先も決まって大学生活があと半年というタイミングで、学生時代やり残したことはなかったかな?と振り返ったときに、もう一回コーヒーを学び直そうと思ったんです。そのときに飛び込んだのがブルーボトルコーヒーでした。
当時のブルーボトルコーヒーは「コーヒーで食っていく!」という意志の強い人たちばかりで、簡単にある程度バリスタの技術を学べるだろうと思っていた自分は、カルチャーショックを受けました。半年必死にその環境で学んだものの、まだまだ吸収できることはあると思い、結局決まっていた内定を辞退して、そのまま卒業後もブルーボトルコーヒーに残ることにしました。

―内定を辞退してまで、自分のキャリアを考え直した理由はなんだったのでしょう?

田上:もともと大学に入る前に専門学校に進もうか迷ったくらい「食」にはとても興味があって、将来的に「食」「ビジネス(起業)」「社会問題解決」この3つを掛け合わせたことをしたいと考えていました。ブルーボトルコーヒーで働いている中でこの「食」という言葉が、「コーヒー」に置き換えられて、この部分をもっと極めたい、コーヒーで社会問題を解決できるビジネスはないか、と考え始めたんです。

―バリスタとして働く中で、どのような社会問題があると考えたのですか。

田上:バリスタだけでなく飲食業界で働くことって、大変だと思われていますよね。夢に向かって修行をして、よし独立するぞ!と自分の店を立ち上げても、体力的・精神的負担の高さから、3年で7割、5年で8割が廃業していくのが現状です。食の仕事ってすごくクリエイティブなのに、廃業率の高さや労働環境の過酷さばかりがフィーチャーされて、“働きたい業界”になっていない。だから良い人材も入ってきにくくなっている。そんな飲食業界の根底にある問題を、まずはバリスタやカフェという分野から変えていけないかなと考えて、シェアリングコーヒーという形が浮かびました。

―そのアイデアはどのように生まれたのでしょう。

田上:まず飲食業界の廃業率の高さはなぜだろう?と考えたときに、例えばサンフランシスコなどではすでにフードインキュベーションという分野が確立されていて、飲食店を始めたい人がスモールチャレンジできる場があるんですよね。そういった仕組みがあれば、自分の店舗を構える前にさまざまな実験ができるし、課題を見つけることもでき、解決方法を考えるという習慣ができる。

でも日本にはまだそういった環境が少ないので、まず借金をしてお店を持つところから始めるので、いきなりたくさんのものを背負いながら、飲食店経営に向き合うことになるんです。レシピや技術は修行先で教えてもらっていても、それ以外の課題解決方法は自分で見つけるしかないから、壁にぶち当たった時に行き詰まってしまうんです。固定費を毎月垂れ流しながら課題は蓄積されるばかりの状況では、メンタルにも影響が出てきて、苦しさは増すばかり。この問題を解決しないと、開業しても廃業率が高くなるばかりなんです。
だから、自分がコーヒーに携わるなら、挑戦する人を応援できるようなスモールチャレンジの場、バリスタ版のフードインキュベーションを興したいと思いました。

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田上さん自身もBarista Baseというバリスタ屋号で活動中。今もケータリングや焙煎豆の販売などを手がけている

手応えを感じた、地下スナックに若い人が並ぶ光景

ーそれが「摩天楼珈琲」の前身となる、1店舗目の「蜃気楼珈琲」の開業につながったんですね。

田上:ブルーボトルコーヒーで下積みをしながら、自分でもシェアローストで豆を焙煎し、シェアリングコーヒーやイベントでのPOP UP出店、ケータリングを通してバリスタとしての経験値を積みつつ、「蜃気楼珈琲」の開業準備を進めました。
1店舗目は井の頭線・富士見ヶ丘駅近くの地下スナック街にある店舗を日中の時間だけ間借りし、これから独立する予定の“インディーズバリスタ”にそこを貸す形でスタート。現在は、この「蜃気楼珈琲(チカ)」と、焙煎機を導入して家族連れでも来やすい雰囲気の2店舗目・路面店の「蜃気楼珈琲」を構え、3店舗目として昨年横山町に「摩天楼珈琲」をオープンしました。

―インディーズバリスタたちの挑戦を目の前で見られていると思いますが、特に印象的だったエピソードはありますか?

田上:ブルーボトルコーヒーで働いていたときの同僚が「LIVING Coffee」という店舗を蜃気楼珈琲で出店してくれていたのですが、彼は最初コーヒーだけ出していたんです。お客さまはついていたものの、コーヒーだけだと単価があがらず、なかなか利益に直結しないという課題を感じた彼は、パートナーが作るベーグルを一緒に販売するようになりました。最初は売れ残って苦労もしていましたが、どんな商品で、どんな売り方なら興味を持ってもらえるのか、彼らなりに勉強してどんどんブラッシュアップしていったんですね。そのうちにベーグルやパンをメインに取り上げているインスタグラマー達が足を運び、掲載してくれたみたいで、そこからぶわっと人気が広がったんです。ある日様子を見ようとお店に行ったら、日中の薄暗いスナック街に若い人たちが行列をなしていて、その異様な光景にびっくり(笑)。

それには驚いたと同時にすごくうれしくて。彼は自分で利益が上がらないという課題を見つけて、それを解決するために自分だけでなく周りも巻き込んで、成功への道を見つけたわけですよね。その後、彼は独立資金を調達して今は松戸で「LIVING Coffee&Bagles」という店舗を立ち上げてがんばっています。この一件は「蜃気楼珈琲」としても狙っていた、インディーズバリスタの独立の仕方でもあったので、僕らがやってきたことが間違っていない!と気づきを得たターニングポイントになりました。

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(画像)LIVING Coffee and Bagels 公式Instagramより

―まさに田上さんが考えていた“挑戦を後押しする場”が具現化した瞬間ですね。

田上:今、蜃気楼珈琲には2つ貸し方があって、「蜃気楼珈琲本店」(チカ)はチャレンジデーという名称で不定期や単発利用の人に使ってもらっています。1F路面店の「蜃気楼珈琲 カフェ&ロースタリー」は曜日固定の年間契約者のみで、より独立に近い人たちが集まっていて(チカ)である程度の経験を積み、売り上げを立てた人が使っています。
まるで地下闘技場のようですが(笑)、この仕組みにも意図があり、まずは立地が良くない(チカ)で、人が来ないことを立地のせいにするのではなく、どんな工夫ができるのかを考えてほしいなと。(チカ)で売り上げを立てるために沢山考えを巡らせて人を呼べるようになったら、その人の自信にもなるだろうし、どんな局面になっても課題を見つけてトライ&エラーをしていけると思うんです。その経験を経て、今度は路面店ならどんな工夫ができるのかを考えてもらう。
借金して独立してからだと、お店を回すことや固定費を払うことに精一杯となり考える余裕がなくなりますが、ここでは“挑戦”も“失敗”も繰り返して、都度考えながら自分のスタイルを確立していってほしいとの思いがあります。

普通のシェアリングとは一味違う?!“蜃気楼・摩天楼ファミリー”

―借りているバリスタさん達のカラーもさまざまですよね。

田上:バリスタの世界は狭いので、すでに出店している人の繋がりで入ってくる人たちも多いですし、例えば横山町の摩天楼珈琲だと、蔵前や森下などコーヒーカルチャーが盛り上がっているところに出店を考えているから、その前に横山町でチャレンジしてみたかったという方もいます。
今日入ってくれているのは、蜃気楼珈琲と摩天楼珈琲の両方で「IKITSUKE COFFEE」を出店してくれている(坂村)優子さんです。彼女もバリスタ同士の横の繋がりから仲間になってくれました。

―坂村さんはどんな経緯で、所属されたのでしょうか?

坂村:前職のカフェでストアマネージャーまで務めていたのですが、その会社ではキャリアを重ねるにつれて現場に出ることが減ってしまう仕組みになっていました。自分としては前職で培ったマニュアルのエスプレッソマシンを使う技術を磨きつつ、お客さまと接する現場に居続けたいと思っていました。でもまだ自分の店舗を持つという考えには至らず、ケータリングやPOP UPで活動していて、そんな中でバリスタ仲間から蜃気楼珈琲を紹介されました。

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「私は蜃気楼・摩天楼ファミリーのお母さんみたいな感じ」とご自身で笑う坂村さん。若いメンバーから頼られることも多いそう

―他のシェアリングコーヒーの場でもPOP UPの経験がある坂村さんに伺いたいのですが、摩天楼珈琲の特徴はどんなところにあるのでしょう?

坂村:オーナーの(田上)凛太朗さんの在り方や考え方だと思います。横の繋がりが一切なく、ビジネスライクなシェアリングコーヒーが多い中、“蜃気楼ファミリー”“摩天楼ファミリー”と呼ぶくらいに仲間意識が強く、所属するバリスタ同士の情報交換も活発。かつ、オーナーが親身に相談に乗ってくれるというのは他にはないですね。

―田上さんは、借りているバリスタさんとどんな接し方を心がけていますか?

田上: “人”同士として接することを意識していますね。例えば、モチベーションが下がっているときって、営業時間が短くなっていたり、オープンの時間が遅れがちになることがあります。そんなときには何かあった?何か悩んでいる?と声をかけて飲みに誘うこともあります。もしそこで売り上げが伸びない、とか、これからどうしていこうか悩んでいるというような答えが返ってきたら、一緒に今までの営業を振り返りながらその人の強みを見つけたり、この場所の生かし方をアドバイスします。

―客観的にアドバイスをもらえることで、視野を広げることができるんですね。

田上:悩んでいるとどうしても内側にしか目が向かなくなるので、別の方向を向いてみると解決方法もあるかもよと促すようにしています。今後、同じように壁にぶつかったときにそういう考え方が身についているのと、ついていないのとでは行動の仕方が違うと思うので、単に今どうするかに目を向けるのではなく、今後も見据えて話すことが多いです。

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IKITSUKE COFFEEで販売している坂村さん手作りのお菓子。この他に食事メニューのナポリタンも人気!

豆だけ持って旅に出られるのが理想。バリスタの地位向上へ

―ゆうこさんは蜃気楼、摩天楼どちらも出店されていると聞きましたが、街によってお客さまの層は変わりますか?

坂村:蜃気楼珈琲は、住宅街が近いということもあって家族連れのお客さまがメインです。一方摩天楼珈琲は、横山町近辺で働いている方が一息つきにいらっしゃいます。お話しているとクリエイティブな人が多いなと感じますね。ちょっとマニアックなことを知っている方も多くて、先日とあるお客さまと革製品についてお話していたら、後から入ってきたお客さまもそこに加わり、革製品のディープなトークになったり。カウンターだけのお店なのもあり、そこに居合わせた人同士が共通の話題でコミュニケーションがとれるのも、この街の特徴かもしれません。

田上:まさにそういう部分も狙って、横山町に摩天楼珈琲を出店しました。この辺りは問屋街のど真ん中だけど、空いたテナントにどんどん新しくて面白い事業者が集まってきていると聞いていて、そういう人たちと繋がれたらいいなと思って。たまたま僕がバリスタ駆け出しのころからケータリングでお世話になっていたMIDORI.soも近くて、そこで繋がった事業者や人も多いのですが、街の中でのつながりを感じられる地域で、誰かがこんな面白いことをやろう!となると、まわりのみんながそこに乗っかるようなフットワークの軽さや前向きさがある場所だと感じています。

あと、この街の人たちって未来の話をしている人が多くて、集まって話すだけで刺激をもらえるんです。すでに「日本橋さんかく問屋街を面白がる会」というグループが立ち上がっていて、この辺りの人たちが集まる機会などもあるので、今後はそんなまわりの事業者さんたちと、何か面白いことを仕掛けていけたらいいなと思っています。

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摩天楼珈琲の建物は以前のデザインを残してリノベーションされており、問屋街に溶け込む(画像提供:摩天楼珈琲)

―摩天楼珈琲が横山町のコミュニティの中心地になる日も近そうですね!最後にお二人の今後の展望などをお聞かせいただけますか。

坂村:ここで働いてから、「お店を持たなくてもいろいろできる!」と気づけたのが、ブレークスルーポイントだったんです。いろんな形の出店スタイルがあるなと。お店は来てもらう場所だと思っていましたが、POP UPのように自分から会いに行く形があるんだなという気づきも得られましたし、外に出ていくからこそ広がる出会いもある。今の週1回の摩天楼や蜃気楼の活動を基盤にしつつ、いろんなことを吸収して、自分ならではの“カタチ”を構築していきたいですね。

田上:バリスタ界のゲームチェンジャーを目指したいと思っています。3年間シェアリングコーヒーという業態をやってきて、ここを巣立って行く人や、新たな挑戦へと向かう人を見ると、社会的にも意義があることだと感じています。だからこそ国内・海外問わずに拡大して、店舗を持たないバリスタをニュースタンダードにしたいなと考えています。例えばNYに僕らの店舗があれば、バリスタは豆だけを持って数ヶ月NYで働ける。そんな働き方をしているバリスタがいたら、職業価値も絶対上がると思っていて、バリスタになりたい人が増えるはずなんです。飲食業界が直面している課題をまずはバリスタから解消していくべく、長期的な目でスケールしていきたいと思います。

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スクエア

ovgo Baker Edo St.EAST

東日本橋にあるヴィーガン対応のアメリカンベイクショップ。オーナーの由樹さんとは古くからの付き合いで、実はovgo Bakerが店舗展開前は蜃気楼珈琲でクッキーを売っていたことも。そんな関係もあり、よく遊びに行っています。

取材・文:古田啓(Konel) 撮影:岡村大輔

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