Interview
2023.12.22

果物屋のこだわりが凝縮。茅場町で愛され続ける老舗が日本橋室町に開いた新店舗「フルーツビストロサブリエ」

果物屋のこだわりが凝縮。茅場町で愛され続ける老舗が日本橋室町に開いた新店舗「フルーツビストロサブリエ」

2023年5月に日本橋室町にオープンした「フルーツビストロサブリエ」は、人気のフルーツサンドなどで知られる日本橋茅場町の老舗果物店「イマノフルーツファクトリー」が営むビストロです。この果物店の上階で1984年から続く「ビストロサブリエ」の2号店となる新店舗は、「フルーツ」を店名に冠し、果物店としてのこだわりをより強く打ち出しています。1952年に茅場町の地で創業した果物店の3代目として、それぞれの形で家業を継いでいる今野家三兄弟の三男であり、長年「ビストロサブリエ」のシェフを務めてきた今野登茂彦さんに、これまでの歩みや茅場町をはじめとした日本橋との関係、新店にかける思いなどを伺いました。

老舗果物店がビストロを始めるまで

ーまずは、「イマノフルーツファクトリー」がビストロを始めるまでの経緯についてお聞きしたいのですが、創業当時の果物店はどんなお店だったのですか?

私の祖父が茅場町で果物屋を始めたのは戦後まもない時期で、木造の民家でお店を開き、栄養価が高いバナナなどを売り始めたと聞いています。現在お店がある場所に新たにビルを建ててからは、1階で果物を売り、2~3階はフルーツパーラーになりました。当時の茅場町にはまだ証券マンがたくさんいて、昼時は自転車で通れないほど街に人が溢れ、凄く活気があったみたいです。まだコンビニもない時代で、お店がちょうど駅前だったこともあり、果物のほかにサンドイッチやタバコ、アイスクリームなども売っていて、サンドイッチは祖父母が毎朝手作りしていたそうです。

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1961年当時の果物屋の様子(画像提供:フルーツビストロサブリエ)

ー現在も人気のフルーツサンドは、お店の歴史を象徴するものなのですね。ビストロを始めるようになったのはいつ頃だったのですか?

すでに父に代替わりしていた1984年です。その頃になると働く女性も増え、お酒も含めた夜の飲食需要が大きくなってきたんですね。フルーツパーラーの時代から、ランチにはパスタなどを提供していたのですが、そこで培ってきたことを夜にも活かせる業態に変えようと。そこで、以前にフルーツパーラーで働いていたフレンチのシェフに声をかけ、ビストロを始めることになりました。

ー登茂彦さんがビストロで働くようになるまでの経緯も聞かせてください。

ビストロを始めた頃、私は中学生だったのですが、将来はフルーツパーラーで働きたいと思っていたんです。小学生の頃にたまにフルーツパーラーに顔を出して、プリンなど甘いものをもらっていたこともあり、安易な発想から将来の夢はフルーツパーラーで働くことだと小学校の卒業アルバムに書きました。だから、ビストロに変わった時は、「あれ? 自分の夢は?」と(笑)。高校2年生くらいからアルバイトでビストロを手伝うようになったのですが、当時のシェフがとても気さくな方で、仕事になるとスイッチが入ったように顔つきが変わるところに憧れて、自分も料理人を志すようになりました。そして、料理学校を出てから東京やフランスの地方のレストランで働き、28歳の頃、ビストロの人手が足りなくなったタイミングで戻ってきました。

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フルーツビストロサブリエの今野登茂彦シェフ。登茂彦さんは今野三兄弟の三男で、長男の州彦さんは「イマノフルーツファクトリー」を手がける「株式会社いまの」の代表、次男の喜彦さんは「イマノフルーツファクトリー」の店長を務めている。

フルーツを軸にした料理にシフト

ーお店に戻られてからはどんなことに力を入れてきましたか?

私がビストロで働き始めた頃は、冷たい前菜などには果物を使っていましたが、いまほど全面的に使っているわけではなかったんですね。果物屋が運営している飲食店であることもあまり認知されていなかったので、兄弟たちと話し合って果物をもっと料理に取り入れていくことにしました。果物は温めることで味が落ちてしまう面もあるのですが、マリネにしたり、ソースに使うなどさまざまな調理法を試したり、料理との色々な合わせ方を試行錯誤しながら、果物を軸にしたコースなどもつくっていきました。メニューを変えてからは、野菜を摂るような感覚でさまざまな果物が食べられることを喜んでくださるお客様が増えました。なかなかご家庭でたくさんの種類のフルーツを揃えた料理をつくることは難しいですからね。

ー特に人気のお料理やこだわっている点なども教えてください。

果物の種類にもよるのですが、基本的にはフレッシュ感を残した状態で料理に合わせることを大切にしています。また、料理の味はもちろんですが、見栄えにもこだわっていて、前菜などでは華やかさを意識していますね。メインとなる肉や魚はしっかりしたベースのある料理に、ソースなどで果物を合わせるようなイメージです。最近は食材が仕入れにくくなっているのですが、フォアグラのソテーとあまおうのリゾットはリピーターが多いですね。また、季節は限定されますが、桃を使った冷製スパゲティやスープも人気があります。

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ジューシーな甘味が特徴の苺「あまおう」と、高級食材・フォアグラを用いた「ビストロサブレ」で大人気の一皿(画像提供:フルーツビストロサブリエ)

ーお店にはどんなお客さんが来られていますか?

茅場町はランチ需要が多いのですが、約8割のお客様は近隣で働かれている女性の方です。ディナーは飲み放題をやっていることもあり、最近はパーティ需要が増えてきています。茅場町のお店は2、3階にあるので、初見の方だとなかなか入りにくいところがあるんですね。いまも完全に解消されたわけではないのですが、最近は果物屋が運営している飲食店という認知が高まりつつあって、それを前提に予約をしてくださる方、お料理を注文してくださる方が多くなりましたね。

地域のつながりから生まれた新店

ービストロの方向性についてご兄弟で話し合われたという話がありましたが、普段はどんな関係性でお仕事をしているのですか?

長男は会社全体を見つつ、最近はフルーツサンドの展開などに力を入れています。次男は果物店の店長、そして三男の私はシェフなので、基本的に役割は分担されています。ただ、大田市場に仕入れに行っている次男から、旬の果物を料理に取り入れる提案などをしてもらうこともよくありますし、話をする機会は多いですね。

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スペインバルだったお店を改装した「フルーツビストロサブリエ」。カジュアルな雰囲気の1F(写真上)はアラカルト中心、落ち着いた雰囲気の2F(写真下)では旬の食材を生かしたフルーツコースがいただける(画像提供:フルーツビストロサブリエ)

ー室町に新店舗を出すにあたってもやはり兄弟でお話をされたのですか?

そうですね。以前からゆくゆくは2店目を出したいと考えていたのですが、 2022年11月頃にいまのお店の隣にある蛇の市本店さんから、隣が空いているという話が長男の方にあったんです。形状的に細長い物件だったこともあって、初見では難しいかなと感じたのですが、図面を見ながらあれこれ考えていくうちに、「できるかな?」「やってみようかな」と思うようになったんです。以前はスペインバルだったこともあり、1階は立ち飲みスペースにすることも検討しました。でも、当初からフルーツを使ったカレーを売りにするという話を兄弟間でしていたこともあり、さすがに立ってカレーはないだろうということで椅子を置き、現在のような形に落ち着きました。

ー物件を紹介してくれた蛇の市本店は同じ三四四会(日本橋料理飲食業組合の青年部)のメンバーでもありますよね。

はい。蛇の市の寳井英晴さんは同い年で、気楽に話せる間柄なんです。それもあって、お店をつくるにあたって入口をどうするかといったことを色々相談できたのは心強かったですね。そういえば、先日のハロウィンでは常連のお客さんなんかとふざけて仮装をしていたのですが、そこに仕事を終えた三四四会の仲間である「いずもや」のがんちゃん(日本橋いづもや三代目・岩本公宏さん)が、ピカチュウの帽子を被ってスーッとお店の前を通ったんです(笑)。その後お店に入ってきてくれたのですが、室町のお店はこういういろんな人たちが集まってくるような楽しい場所になれるといいなと思っていますね。カウンター席の1階はアラカルトが中心なのでカジュアルで楽しいスペースとして、2階はコース料理を提供しているので、落ち着いて楽しめる場所といった使い分けができるといいなと。

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寿司、そば、天ぷら、うなぎなど日本橋らしい老舗の名店から、西洋料理、酒処まで多様な日本橋の飲食店が名を連ねる三三四会。メンバーは約60名に及び、街のイベントや催事などにも積極的に参加している。

(関連記事:名店の料理人たちが“次世代の食材”と出会う。 「つながる未来弁当」開発の舞台裏。)https://www.bridgine.com/2022/03/30/mirai-bento/

果物店としての発信を強化する

ー室町界隈は、茅場町とは異なる歴史や雰囲気がある街ですが、出店されてみてどんな特徴を感じていますか?

こんなことを言ったら茅場町の人たちに怒られてしまうかもしれませんが(笑)、この界隈は商業施設などが多かったりすることもあって、目的を持って街を訪れる人が多いですよね。それもあってか、お店にも遠くからお越しになるお客様が結構いらっしゃって、近隣のワーカーの方が中心の茅場町のお店とは少し違います。最近は1階のカウンターで食事をしてくださる若いお客様も増えていて、フルーツを使った料理が写真映えすることもあって、SNSに投稿されている方も多い印象ですね。

ーメニューも茅場町のお店とは異なるのですか?

こちらのお店では、店名に「フルーツ」を入れていることに加えて、「イマノフルーツファクトリー」の名前も併記するなど、果物屋が運営しているビストロであることをより強調していこうと考えているんですね。それもあって、ランチではフルーツをふんだんに使ったカレーを売りにしたり、夜も茅場町のお店で出していた果物のスムージーにお酒を加えて、カクテルとして提供していたりします。スムージーのカクテルはとてもフレッシュで、女性のお客様からの人気も高いですね。ウォッカで割っているのですが、フルーツの甘みでアルコール感が消されるところがあり、思わず飲みすぎてしまって翌朝に後悔するような方も多いみたいです(笑)。

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「フルーツビストロサブリエ」で人気のランチメニュー「フルーツカレー」。果物がふんだんに使われ、見た目も華やかな一皿になっている(画像提供:フルーツビストロサブリエ)

ーイマノフルーツファクトリーが1階にある茅場町のお店とは環境が異なるからこそ、果物店としての発信をより強めていくことが大切になりそうですね。

そうなんです。最近はInstagramなども有効に活用して、積極的に発信していきたいと考えているところです。いまお店に入ってくれている若いスタッフがSNSの活用に長けていて、自分でもグルメアカウントを持っているのですが、そのスタッフが一生懸命発信をしてくれています。最近はディナーでも1階のカウンターが埋まることが増えていて、効果が感じられるので今後も続けていくつもりです。2階で提供しているフルコースのディナーの方も、フルーツという食材を最初から最後まで使った他では見られないコースになっているので、もっと多くの方に知っていただけるといいなと思っています。

変わりゆく街の中で

ー創業時よりお店がある茅場町では、地域に根ざした活動も続けているそうですね。

新店をオープンしてからはあまり顔が出せていないのですが、茅場町では町会青年部の活動を続けています。もともと茅場町は住民が少ない街ということもあって、父が茅場町一丁目の町会長を務め、青年部に関しても長男が中心になって数名で立ち上げた経緯がありました。その後、近隣の会社の人たちや新しくお店を出した人たちも青年部に関わってくれるようになり、だんだん活動が広がっていきました。茅場町、兜町の3つの町会で構成される「日本橋七の部連合町会」というものがあるのですが、お祭りの時には各町会からお神輿を出したり、お祭りに向けてクリーンデーを設けたり、さまざまな活動に取り組んできました。

茅場町での地域活動の写真

ー近年の街に変化を感じることはありますか?

茅場町というよりは、隣の兜町の再開発によって週末の人出が凄く増えましたね。現在は茅場町の方も開発の話が進んでいて、10年後くらいには街の風景が大きく変わっているかもしれません。どんな形になるのかは想像できませんが、スタートの地である茅場町はこれから先もずっと大切な場所ですし、開発に向けては町会長である父も色々話をしているみたいですね。

ー変化の時期を迎えている茅場町、新しくお店を出された室町、それぞれの街での展開を楽しみにしています。最後に、今後のお店の展望についてもお聞かせください。

室町のお店に関してはオープンしてまだ半年なので、まずはしっかりお店づくりをしていきたいですね。最近は土日を中心にコース予約もしっかり入り、回転するようになってきています。若いお客様もディナーにお越しいただけるようになってきているのですが、今後の課題は2階の方に上がっていただくことですかね。隣に蛇の市さんもいるので、暖かくなったら路地を使ってコラボイベントができたらいいねという話もしています。茅場町のお店は任せられるシェフがいるのですが、新店の方がまだ人出が足りないこともあって、最近は室町にいる時間が長いんですね。ゆくゆくは両店舗に信頼して任せられる人がいて、自分は工場も含めた3ヶ所を行き来できるような体制にしていきたいですし、そのためにも後継者をしっかり育てていきたいと思っています。

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「フルーツビストロサブリエ」の開店後まもない時期の写真。入口に暖簾がかかっている左隣のお店が、江戸前鮨の老舗「日本橋 蛇の市本店」だ(画像提供:フルーツビストロサブリエ)

取材・文:原田優輝(Qonversations)  撮影:岡村大輔

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