日本橋と故郷をつなぐ同郷者の絆。和歌山の生産者たちと生み出す新しい地域みやげ 【つなぎふと TEAM B】平和どぶろく兜町醸造所×La Paix 開発プロセスリポート
日本橋と故郷をつなぐ同郷者の絆。和歌山の生産者たちと生み出す新しい地域みやげ 【つなぎふと TEAM B】平和どぶろく兜町醸造所×La Paix 開発プロセスリポート
日本橋の新しい食みやげをコラボレーションで開発するプロジェクト「つなぎふと」。今回ご紹介するのは「平和どぶろく兜町醸造所」と「La Paix」がタッグを組むTEAM Bの取り組みです。2022年6月に兜町でオープンしたどぶろくのブルワリーパブと、「ミシュラン東京 2023」で1つ星を獲得しているフレンチレストラン。一見、共通点やつながりがなさそうな両者がなぜ“つなぎふと”に参画することになったのでしょうか。このプロジェクトにかける意気込みや、開発プロセスをクローズアップします。
地域と東京をつなぐ場所『日本橋』
地域をテーマにした店やアンテナショップが多く存在し、個性豊かな地方出身者も集まる日本橋。五街道の起点であり、古くから全国の地域と東京をつなぐハブとしての役割を担ってきた歴史があります。しかし街を取材し続けてきたBridgine編集部(つなぎふと事務局)は、随所で歴史的な背景の話は聞くものの、現在の日本橋は外からの人やものを受け入れ消費する、一方通行の交流になりつつあるという課題を感じていました。
そこで今回つなぎふと2ndシーズンを始動させるにあたり、これを解消する手段の一つとして、日本橋にいながらも地域を大切にしている仲間と一緒に手みやげを作り、その工程で地域と日本橋に双方向の関係性がつくれたら、手みやげの新たな価値が生み出せるのでは?という案が持ち上がりました。
Bridgine編集部のそんな課題意識に対する一つの回答を提示してくれそうなのが、「平和どぶろく兜町醸造所」 と「La Paix」によるTEAM Bです。
日本橋でつながる同郷の仲間たちによる挑戦
今年6月に兜町にどぶろくのブルワリー「平和どぶろく兜町醸造所」をオープンした和歌山の「平和酒造株式会社」を経営する山本典正さんは「日本酒をもっと身近に届けたい」という思いから、クラフトビールのブルワリーにヒントを得て、日本酒の原点でもある「どぶろく」を出来立てで味わえる醸造所を作りたかったとのこと。
(古来より伝わる“どぶろく”で、日本酒カルチャーに新しい風を。和歌山の老舗酒蔵が日本橋・兜町で取り組む新たな挑戦とは。)
「平和どぶろく兜町醸造所」店内には醸造室があり、ここで常時数種類のオリジナルのどぶろくが作られている。
「江戸時代、日本酒の名産地であった関西地方で造られたお酒は、灘港から江戸に出荷されていましたが、その船着場が今の兜町や茅場町で、そこから江戸のさまざまな街に運ばれていったと聞きました。その歴史的背景を知って、東京でどぶろく醸造所を出店するなら日本酒との親和性がある日本橋界隈がいいと思っていました。ここがハブになることで、日本酒がより多方面に広まって行ったらいいな、と」(平和酒造・山本さん)
まさに地域と東京をつなぐ場所として“日本橋”を解釈し、この地でどぶろくのブルワリーパブという新しい挑戦をされています。
平和酒造株式会社4代目の社長である山本典正さん
一方、フレンチレストラン「La Paix」を営む和歌山県出身の松本一平シェフは “日本から発信するフランス料理”をコンセプトに2014年に日本橋にお店をオープン。各地で採れた食材や日本の器を取り入れ、日本の良さをフランス料理に融合した料理が人気で、2023年版ミシュラン東京の一つ星レストランにも名を連ねています。
「東京の中でも日本らしさを残しつつ、常に進化し続けている街である日本橋は、“日本らしさの発信”という店のコンセプトにもマッチしています。新旧さまざまなお店が共存している日本橋なら、フレンチと日本らしさを融合した、新しい“日本のフランス料理”に挑戦できるのではと考え、ここを選びました」(松本シェフ)
食材の収穫時期には、自ら生産地へ出向くことも。生産者の方とのコラボレーションディナーも人気の松本シェフ(画像提供/La Paix)
“日本らしさの発信”の一つとして松本シェフが大切にされているのは、各地の生産者から直接食材を仕入れること。
「生産者とお客さまの橋渡しの役割になりたいという思いで、季節ごとに一番ふさわしい生産者から食材を仕入れています。四季がある日本だからこそ時期によっておいしい食材が違うので、そのときベストな状態のものをおいしく調理してお客さまに提供したいんです」(松本シェフ)
その一環で、シェフの地元・和歌山県の食材も四季折々で登場。例えば夏の風物詩となっている「桃コース」には、和歌山・豊田屋さんから仕入れる桃をふんだんにコースに組み込み、これを楽しみに毎年足を運ぶファンもいるほどです。
「La Paix」夏の風物詩の桃のコースに使われる豊田屋さんの桃。このコースを毎年楽しみにしている方はとても多いそう
(日本橋のレストランが橋渡し。 生産者とお客様をつなぐ料理に込められた想い。)
和歌山県で100年近く続く酒蔵の4代目を務める山本さんと、和歌山県出身の松本シェフ。それぞれに今回の「つなぎふと」を通して日本橋が地域とつながることから新たな価値を生み出し、広くその価値を発信していく取り組みができないかと話をしていく中で、実はお二人が旧知の仲だったことがわかりました。
「松本シェフの素材を大事に生かしながら、王道のフレンチに遊び心を加えている料理が大好きなんです。もともと東京にくるタイミングで寄ることも多かったのですが、こんな近くに自分たちも出店できるとは思ってもいなくて。こんな偶然が起きるのも、様々な地域から多くの人が集まる日本橋ならではの縁ですよね」(山本さん)
「私自身、和歌山県出身にも関わらず地元の食材に接することが少なかったのですが、生産者さんたちとお付き合いするようになり、和歌山食材の良さを再認識できたんです。せっかく同郷の山本さんと東京で一緒になにか作れるチャンスなので、これを機に日本橋から和歌山の魅力をもっと発信できるようなものを手がけたいですね」(松本シェフ)
日本橋の地で同郷の仲間がタッグを組み、地域を意識した取り組みができるのは面白そうと、今回の手みやげづくりが始まりました。
日本橋生まれのどぶろくに、和歌山のエッセンスを
日本橋から発信される手みやげを作るのであれば「日本橋で造られたもの」にしようという意見のもと、ベースは日本橋・兜町の醸造室で仕込まれているどぶろくを使おうということになりましたが、今回松本シェフと山本さんがこだわったのは「二者だから作れるもの」かつ、「和歌山を知ってもらえるもの」であること。
現在、日本酒として市場に出ている“清酒”の元にもなっているどぶろくは、山本さんいわく「日本酒の入り口」。その入り口を知ってもらうことで日本酒をもっと身近に感じてほしいという思いから、「平和どぶろく兜町醸造所」では馴染みのある果物や穀物、ハーブなどを使ったフレーバーどぶろくを常時3種類ほど提供しています。
松本シェフが訪れたときのフレーバーどぶろくは、十八穀米・洋梨・紫芋。季節ごとにフレーバーのアイデアを試しているとのこと
「平和どぶろく兜町醸造所」の醸造室でどぶろくを仕込む醸造家の宿南さん。開業時からここでどぶろくを仕込んでいる
今回の取り組みでは、この“フレーバー”部分にお二人のルーツである和歌山のエッセンスを加え、地域と日本橋とのつながりを表現してみようという案が初回のミーティングで持ち上がりました。
「シェフが作るものだから美味しいのは大前提ですが、せっかくコラボレーションするのだからどぶろくって飲みやすい!こんな味わい方もあるんだ!というポジティブなイメージを持ってもらえるようなものにしたい」という山本さんに対し、松本シェフは「ただ入れる素材を考えるだけでなく、アレンジを加えるなど自分ならではのエッセンスを加えたい」とのこと。
意気込むお二人と「平和どぶろく兜町醸造所」の醸造長をつとめる宿南俊貴さんを加えた3人による初回の話し合いは、「食材を提案するだけでは面白くないから、なにか一捻りを加えたい」という松本シェフが、プレーンのどぶろくとの相性を考えてレシピ提案をするというところでお開きになりました。
真剣に話し合う宿南さん・松本シェフ・山本さん(右から)
和歌山の仲間を巻き込んだどぶろくづくり
松本シェフが“和歌山エッセンス”を加えるにあたり重視したのは、シェフ自身が独立してからずっとこだわり続けてきた「生産者の顔や思いが見えること」。
「せっかく同郷の二者で取り組むから、二者だけではなく和歌山で食材をつくる生産者さんたちも巻き込んで、みんなで和歌山の魅力を伝えたい」という意思のもと、松本シェフだからこそできる素材を組み合わせたレシピを考案。どぶろく醸造を担当する宿南さんの元に届いたのは、和歌山県のはないちご農園の田淵さんが作る「まりひめ」という品種のいちご果肉と、藏光農園の藏光さんによる和歌山県を発祥とする柑橘「ゆら早生」の皮をブレンドしたフルーツベース。ここには、このどぶろくがお披露目される“SAKURA FES”にぴったりな桜の塩漬けもアクセントとして入っており、まさに松本シェフ特製のペーストでした。出来立てのどぶろくにこのペーストを混ぜ込むことで、桜の季節にぴったりなピンク色のどぶろくが完成。
まりひめのジャム感と、柑橘の皮がフルーティーさを演出。「女性に喜ばれそう!」との声も上がった
「和歌山県で作られている“まりひめ”はまだあまり知られていませんが甘味が強く大粒のいちごで、宿南さんが作るどぶろくにきっと合うと思ってベースに使いました。イメージ通りの味が生まれてうれしいですね」(松本シェフ)
「松本シェフが作ってくれたペーストはなめらかすぎずに、いちごの果実感が残っているので、つぶつぶした食感も楽しめるどぶろくに仕上がっていると思います。どぶろくとペーストとの割合はこれからもっとブラッシュアップできそうです」(宿南さん)
試飲のタイミングは冬に差し掛かる冷え込む日でしたが、まるでその場に春がやってきたかのようなやさしいフルーティーさが特徴的などぶろくは試飲会に参加した一同が大絶賛する味でした。さらに松本シェフは「このどぶろくがきっかけで和歌山の生産者がつながれているのもうれしいこと。和歌山のみんなで作り上げたので、どんな生産者が関わっているか顔がわかるようなリーフレットがあるといい」というアイデアもシェアしてくれました。和歌山食材を使った、日本橋生まれのどぶろくを通じて、地域の魅力を発信していくことはもちろん、和歌山の生産者さんや地域の人たちにもこのどぶろくを味わってもらうことができたら、日本橋と和歌山の双方向の交流も促される予感がします。
オリジナルのどぶろくを試飲する松本シェフと宿南さん。ベースとどぶろくの配合もいくつか試している
飲食店同士だからこそできる取り組みにも挑戦
「和歌山には良い生産者がたくさんいるのに、うまくアピールできていない人たちも多いんです。そういう中では『La Paix』や『平和酒造』は、良い意味で県内において注目されていると思っています。我々が新しいことにチャレンジすることが刺激となり、和歌山の仲間にももっと積極的になってもらえればうれしいですし、東京では和歌山の人たちが何か面白そうなことをやっているぞ!というイメージも持ってほしいですね」と話す山本さん。
松本シェフも「和歌山には、しらすやいちごなど、全国に出たらもっと人気になるのに・・・と思う食材がたくさんあるんです。それを広めていくのが自分たちの役目だと思いますし、この取り組みも“どぶろくを作って終わり”ではなく、お互いの店での提供の仕方などを考えて、より多くの人に知ってもらえるようなプラスアルファの価値を考えたいです」とのこと。
松本シェフはオリジナルどぶろくに合う、和歌山の木村さんが手がける「山利」のしらすを使ったアミューズも検討中。
2者のコラボレーションによって生まれたどぶろくを“手みやげ”として販売するだけでなく、例えば「平和どぶろくkabutochou 醸造所」では松本シェフの和歌山産食材を使ったおつまみとのマリアージュを楽しめたり、「La Paix」では和歌山の生産者をフューチャーしたコースにどぶろくを組み込んだりと、地域と一緒に生み出した価値を発信していくためのさまざまなアイデアも検討されています。
Bridgineでは、その具現化のプロセスや、和歌山の生産者さんとのやりとりなどを引き続き発信していきますので、今後の展開にご注目ください。
構成・文:古田 啓(Konel) 撮影:岡村大輔/Adit